春になると痴漢や強制猥褻犯の検挙数が増える。

「違うって、冤罪だってぱ。ホントに触ったならこんなに大人しく引っ張って来られてねぇよッ」

 今日も手錠を掛けられた男が取調室で罪状を認否して喚いている。

「誤解だから、話せば分かると思ったから大人しくしてたんだ。なのにいきなりこんな、容疑者扱いはねーだろ、さっきの子と話し、させろよっ」

 喚く声には聞き覚えがある。うんざりしながら、真撰組の副長は取調室へ入った。

「出やがったな黒幕。ナンですかコレは、銀さんを陥れてどーしよーってんだコノヤローッ!」

 でかい声で喚かれる。うるせぇな、と、黒髪の二枚目は顔を背けながら容疑者の向かいに座る。手元にさっと、灰皿と湯飲みが置かれるのは、監察の責任者である山崎退の指導が行き届いているから。

「捨てた女に、恨まれでもしたか」

 ぎゃうぎゃあと喚いていた白髪頭の万事屋は、そんな風に問われてピタリと口を閉じた。意外と頭は悪くなく、言葉の裏を察するのも早い。

「……覚え、ねぇよ」

「そういう復讐が流行ってるらしい」

 混雑した電車やバスの中で痴漢の冤罪をかけられて身柄を拘束されることは、まともな身分の男にとってかなりのダメージになる。かつて警視総監が似たような美人局に引っかかり、警察機構が大恥をかいたことがあった。

「被害者は行方不明だ」

 真撰組を牛耳る目尻の艶な二枚目は、ゆったりと椅子に座る。手足が長くスタイルがいいせいで、普通に身動きしているだけでも妙に格好がいい。

「逃がすなよ」

「オレが逃がした訳じゃねぇ」

真撰組には女性隊士が居ないので警視庁で事情聴取することになった。そこの手洗いから行方知れずになったのだ。被害者の身柄をそうきつく見張る訳にはいかない。

「ハメられる身に覚えは?」

「……ねぇ、って」

「いきなり元気なくなったぜ、万事屋」

「女の子に恨まれる覚えはマジでねぇって。ただ、ベツクチの代行なら、まぁ、イロイロ」

「どんな色々だ?」

「仕事がらみだ。くわしか言えねぇよ」

「どんな仕事だか」

 二枚目が薄く笑う。からかうような表情の、目尻にうっすら、奇妙な艶が浮かぶ。

「二・三日、うちで泊まってけ」

 気持ちよさそうに煙を吐きつつ、二枚目が言って。

「捜査協力だよな。日当は?」

 万事屋は打てば響くように答える。

「待機は最低時給だ。ただし睡眠・休憩時間もカウントする。用があったらたたき起こすからな」

「24時間かけるとまぁ、日当としては悪くないねぇ」

「特別捜査に協力したら、そっちは別に手当てを出す」

 なにやらアテがありそうな、やり手の二枚目の口調がふと引っかかって。

「山崎クンは?」

 いつもそばに居る側近が見当たらないことにいまさら気がついた。

「非番だ」

「どんな非番なんだか」

 女装が上手なあの監察なら本庁の女子トイレにもしらっとした顔で入れるだろう。

「オタクがこんなに気合いれてるって事はアレか、ゴリがパクられて留置中とかか?」

「答えられねぇな」

「いいぜ、手伝ってやる」

 仕事とは別の意欲で、万事屋は二枚目に協力を申し出る。

「痴漢の冤罪なんざ手段がゲスすぎる。痴漢してねぇ男にもホントにされて怒ってる女にもシツレーだ」

 珍しく真面目な表情で万事屋が言ったのに二枚目は煙草の煙を吐く息で同意。

 その時の万事屋はまともな男に見えた。少なくとも人ごみで見知らぬ女に痴漢をするような男には見えなかった。

 

 

 なのに。

 

 

「準強制わいせつの現行犯です。22時28分」

 日に二度も、性犯罪で逮捕されることになる。

「ちょ、ジミー君、ちょっと待って、あのね」

「事情は取調室でお伺いします」

「まだナンにもしてないよ、ちょっとぉーっ!」

「眠ってる人間の体に触るのは、人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じてわいせつな行為をした者に該当します」

「待ってってば、これから起こして、口説くとこだったんだ、ホントにっ!」

 抗弁が墓穴を掘っていることに本人は気づいていない。

「……、なん、だぁ……?」

 ここ数日の激務の疲れで夕食後、私室の炬燵でごろりと横になり、うたた寝をしていた二枚目がようやく目を覚ます。

「アンタもアンタ、ですよ」

 山崎退の声は怒りで震えかけていた。

「あ?」

 二枚目はまだ訳がわかっていない。やべぇ、と、万事屋がようやく気がついて、顔色を変えた。