あの日あの時、なくした君を・7
F1シーズンが終わって、結局。
注目を集めた日本人ドライバー二人の勝負は結局、新人の藤原拓海に軍配があがった。
三位が二度、四位が一度、五位が一度。総合では八位。大した戦績だった。
高橋啓介も激しく追随した。先輩のプライドをふりすてた我武者羅さで。しかしわずかに及ばなかった。表彰台は三位で一度だけ。総合で九位。
シーズンが終わって、もっとも多く契約の申し込みが来たのは。
「行ってしまうのか、スウィーティー」
「相手の条件が良すぎるから、行かないでって言えないのが辛いーッ」
「いつて行きたいけど向こうがお呼びじゃないーッ」
「でも来年も、サーキットで顔見たら手ぇ振らせてーッ」
「振ってるの見たら笑ってーッ」
女たちから渡された花束に埋もれて、花より美しく笑っている人。
笑顔で別れの挨拶をすませ、
「藤原拓海」
仏頂面のレーサーに近づく。
「……はい」
「契約更新は一年ごとにしておけ」
日本語の早口で囁かれる、言葉。
「どうしてですか」
「俺がそのうち、チームを作るから」
「は?」
「既成を乗っ取る方が早いが、出来ればイチから自分で立ち上げたい。どっちみち、そう長くは待たせない」
「本気?」
世紀の美貌がうっすらと笑う。
迫力に、拓海は息を呑む。
「本気じゃねー筈ないか。そういえば、涼介さんってそんな人でしたね」
「総合ベストテンに入るレーサーが手元に二人、居るんだ」
「俺まで勝手に手元に置かないでよ」
「これでチームを作らないのは勿体無い」
「あんな大手を単身で、乗っ取るつもりで行く人も珍しいですよ」
「スポンサーだけ戴いてくる手段もある」
「そういうのは史浩さんの担当でしょ。またHPたちあげたって聞きましたよ」
「まだプレビューだ。でもカウンターが廻る廻る」
「広告料、凄いんでしょ」
「凄いぜ」
くすくす笑う人は、
「悪党……」
手がつけられないほど、綺麗だ。
「ねぇ、俺との賭け、ちゃんと覚えてますか」
「俺は人との約束は忘れないよ」
「じゃあ、いいです。手元に置かれても。迎えに来てくれるの待ってます」
花束を肩に担ぐようにして、高橋涼介は藤原拓海にくちづけた。
チームメイトの口々から、ため息、悲鳴、口笛、嬌声。
抱えきれないほどの花束を持ってテストコースの、関係者出入り口から出る。
横付けされている、真っ赤なオープンのスポーツカー。
「送ろうと思って」
いつから待っていたのか、サングラスの形に日焼けしかけた、弟。
「親切だな」
「たまには」
花束を、形だけつけられたリアシートに置いて横に乗り込んだ麗人の、横顔を盗み見ながら。
「外に出すと、いつもこうなるんだ。だから嫌い」
いつも遠くに行く。誰もが彼と、一緒に夢を見たがる。
「安心しろ」
「どーやって」
「俺が愛しているのはお前だけだ」
「……どっか寄ってかねぇ」
「勝つまで触らないんじゃなかったか?」
「まぁでも、シーズン終わったし。次のシーズンまでには間があるし」
「意志薄弱な男だ」
「そういう意見もある」
「風がキモチイイ」
吹き抜けていく、流れに彼は服ごと、身体を晒す様にする。
いつか。
それを欲して、求めて、いつも。
いつか、必ず。
望みは全て、叶うだろう。