乖離

 

 

 軍中央司令部で、将官は自分の部下について、かなりの人事権を持つ。大佐兼・准将『代行』である焔の錬金術師、ロイ・マスタングも業務上の権限は将官なみに優遇されていた。幕僚を指名して側近を構成し、一棟を丸ごと司令室として使う。

 大総統府に直属の参謀本部から派遣された参謀少佐が唯一、はばかられる存在ではあるが、国家錬金術師の掌握という特殊業務の前には手も足も出せず、平常勤務はともかく作戦行動時には、大人しく見ていることが多い。

 その日、ロイ・マスタング准将『代行』の執務室には来客があった。金の瞳と明るい金髪の、東方司令部時代からここの腹心たちとは顔なじみの。

「……大佐、居るッ?」

 建物に入るなり遭遇したブレダ少尉に、少年は怒鳴りつける勢いで尋ねる。ブレダはいつもよりのっそりした表情で、

「居るけど、なんの用だ?」

 尋ねる。その手首に、青い袖に隠れるようにして湿布が巻かれていることに、興奮しきった少年は気付かない。

「結婚、するって聞いたぜ。マジ?」

「あぁ、大佐な。そうだ。……その前に、ハボックと中尉もな」

 刷き棄てるようなブレダの台詞に重なって、

「おめでた続きでしてね」

 細目のファルマンが、いっそうにこにこと、目を細めながら言った。

「……、んな、馬鹿な……、ナンのジョーダンだよ、それ。大佐、何処。話があ……」

「よぉ、大将。にぎやかだな」

 騒ぎを暗に揶揄する口調で、やって来たのは背の高い金髪の少尉。左の目尻に、うす青い痣がある。

「あんたにゃ用はねぇよ。大佐、何処だよ」

「いいから、こっち来いって」

「触んな、馬鹿野郎ッ」

「大声出すなって言ってんだよ。来い」

 最後の台詞が真剣な威嚇で、負けたという訳ではないが少年はひとまず、大人しく少尉の後に続く。何か事情があるのかもしれない。騒ぎ過ぎて、そこから疎外されるのはゴメンだった。

「これに関して、受付窓口は俺になってんだ。用件先に言いな」

「大佐が結婚とか、あんたと中尉が結婚とか、マジかよ」

「式は挙げないから祝いは気持ちだけな。俺と中尉の話の方は」

「……、エイプリルフールじゃねぇぜ、今日は……」

「大佐はまだ先の話だ。一周忌済んでないからな、相手が。その前に大佐は大佐で、身辺、整理しとかねーといけない訳だ。バツイチ子モチ未亡人でも、お相手は南方司令部司令官ご令嬢だし」

「出世とか閨閥とか、そういうんで結婚なんてするほど、腐ってねぇよな、あんたも、大佐もさ」

「俺と中尉は納得してる。他人が口出すことじゃない。まぁでも一言だけ言うと、俺たちは『片付け』られたくなかったんだ」

 幕僚を追放され、側近から削られるくらいなら明らかな形で身を引く。その為の、結婚。