後悔・11

 

 

 おでんという日本のポトフは薄味だがしっかり出汁がきいて美味かった。透明感のある昆布出汁に薄く染まったはんぺん、ジャガイモ、スジ肉にタコ、等などに、片手で行儀悪く喰らいつきながら、少し話をした。ボンゴレと同盟関係にあるマフィア組織の幹部の息子として生まれた獄寺隼人とごく若い頃からボンゴレ中枢部に居た銀色の鮫とは奇妙に話があった。というよりも、獄寺が、父親を陥れた一派の話を聞きたがり銀色の鮫にねだった。

「なんだぁ、復讐してぇのかぁ?」

 情報を聞き出されようとしていることを承知で銀色の鮫は笑い。

「自分がどーしてぇのかは、まだ分かんねーんだけどよ」

 デキャンタに上手に移された赤ワインを飲みながら、獄寺は正直に答える。

「色々あったけどアレは父親で、アレが居なきゃオレも居ないのは決まりきったことでさ。母親に関しちゃ色々あったんだけど、オレを正妻の息子ってことにして引き取ったのは、それなりに責任とったってことかもしんねーとか、最近、なんとなく思ったりしてな」

 もっと酷い話は沢山ある。もっとひどい男がしらっとした顔で世の中には生きている。だまされていたことは確かだが愛されていなかった訳ではない自分がいつまでも、父親を一方的に憎んでいるのも大人気ないような気がする。父親関係で腹違いの姉にも素直になれないで生きてきたが、姉が自分を愛して庇護しようとしてくれていたのは純然たる事実だ。ポイズンクッキングのオマケつき、どちらかというと迷惑ではあったが。

「いー加減カタつけて、オトナのオトコになりてぇと思ってるところだ」

 獄寺隼人の居間のソファはベッドにもなる三人掛けが二つ、向き合う形でローテーブルを挟んでいた。ふかふかのソファにもたれながらワインの酔いを目元に浮かべて、息と一緒にそんな台詞を呟く獄寺を、銀色の鮫は好ましく眺めた。ボンゴレ本邸の中枢に相応しい上玉だと思いながら。

「なにジロジロ眺めてんだぁ?」

「いいタマだなと思ってな」

「ハン」

 獄寺隼人は早崎で笑う。容姿を含めた格好のよさも確かに、マフィアとして必須の素質だから、それを褒められて不機嫌にはならなかった。ならなかったが、見る見る表情を暗くして。

「味見するか、っては言わねぇぜ俺は。味に自信がねぇからな、あんたと違って」

 ボンゴレの若い十代目をからかったことを言われて銀色の鮫は苦笑。

「冗談交じりでもあーゆーこと言えんのは自信があっからだろ。いいよなぁ、ちゃんと喜ばせてやれるヤツは」

 獄寺隼人がグラスに唇をつけながら深い目をして嘆く。その目尻と唇の艶やかさはどう眺めても美味そうで甘そうで、見た目だけの見かけ倒しにはどうしても見えない。

「不感症でもよぉ、楽しませてはやれっだろぉ?」

 グラスを重ねながら真剣な嘆きに同情して、銀色の鮫は立ち入ったことを口走ってしまう。目の前に居るアッシュグレーの美形の『恋人』は弟子のように思っているもと刀のガキ。ガキでなくなった今でも可愛げを感じている。それがこんなことで苦しんでいるのは可哀想だった。

「やれることあるな。あんまり知んねーけど、たまにはしてるぜ。でも喜ばねーんだよアイツ。なんか……」

 獄寺が言葉を切って酒を飲む。続きがなんとなく銀色の鮫には分かった。オトコと言うのは変態のくせにロマンチストで甘えてくるくせに支配したがる、本当に厄介な生き物。奉仕されるだけでは満足できずにこっちをヨがらせたがる。

「やっぱ俺がヨくねーと、アイツもつまんねーみたいでよ」

発情したメスを抱きたいのはオスのごくまっとうな本能。潤んだ中に沈みたいと思うのは仕方がないこと。快楽だけを与える娼婦なら性の技巧だけでなんとかなるが、ベッドの中だけではなく付き合っている恋人が発情してくれないのはオトコにとって、辛いことだろう。

遺伝子を欲しがる価値のない相手だという烙印を押されるに等しい。

「あんたみたいになりてえよ」

「オレがどんなに知りもしねーで言うなぁ」

「知らなくっても見当はつくぜ。ザンザスと長々付き合ってた上に、今の跳ね馬ののぼせよう見てれば、さぞあんた美味いんだろなってことぐらいは分かる」

「この世にモノズキが二人居たってだけだぁ」

「白々しいこと言うなって。女優でもモデルでも高級娼婦でも選り取りのが二人、揃ってモノズキかよ?」

「不自由してねーとイロモノに走りたがるんだろぉ」

「よく言うぜ」

 獄寺隼人がまた笑う。痛々しいけれど透明で、奇麗な形の目元に浮かぶ寂しさは、自分が『オス』ならさぞそそられるだろうと、銀色の鮫に思わせる色香があった。

「見えねぇなぁ」

 酔ったかもしれない。銀色の鮫は正直にコメントする。二十歳を超えた目の前の青年はガキの頃から小奇麗だったのがそのまま端麗に育ちあがって、水揚げされた真珠のようにキラキラ輝いている。奇麗な艶で、実に美味そうだ。

「もったいねぇなぁ」

 獄寺隼人が新しい瓶の中身をデキャンタに移す。そうしてグラスに真紅の液体を注いでくれる。長い睫が間近に来て、銀色の鮫は思わず手指を伸ばしてしまった。獄寺は避けない。つるんとした若い頬に触れさせながら、笑う。

こっちも少し酔っている。珍しく素直な笑い方でほころんだ美貌は芙蓉の花が咲いたようだった。

「かな。個人的にゃあセックスなんかどーでも良くって、大したこっちゃねぇんだ。でもアイツのこと気持ちよくさせてみてーってのは思う。やっぱオトコって抱いてキモチいいオンナにゃ負けるだろ。あんたみたいな強い立場に、いっぺん立ってみたいとは、思う」

「強くねぇぞぉ、ぜんぜん」

「ウソつけ」

 鍋一杯のおでんを食べ終えた後で、クラッカーにゴルゴンゾーラを載せて齧りながら飲み続けた。だんだん話題が『オンナ』同士の、内緒話になっていく。

「跳ね馬は愛想いいけど結構こえー奴だ。それがあんたにハラ見せて転がるのを見るたびに、いーオンナって得だなあって思ってるぜ。十代目もヒバリに全面降伏だし、あんたら見てっとすっげー羨ましい」

「てめぇも随分、ヤマモトにゃ強いと思うぜぇ?」

「見た目だけさ。実際は全然だ。ガキの頃は強かったこともあったけどな。キスしかしてなかった頃は」

 獄寺は昔のことを懐かしむ表情。

「まあでも、俺はいいんだけどよ。あいつに悪いってずっと思ってる。床に転がって降参したくなるぐらい気持ちよくさせてやりてぇなぁ。いっぺんでいいから」

「あんま思いつめてっと逆効果だぞぉ」

「セックスでキモチイイ、ってことが俺にゃ想像できねーんだけどよ、実際どーなんだ?ドライオーガズムとかって実際、ホントにあんのかよ?」

 マジな目つきで尋ねられて、つい。

「……ある」

 教えたがりの銀色は真面目に答えてしまう。

「マジかよ。どんなんだ?女と同じよーなもんか?」

「そりゃ分からねぇ。女だったことないからなぁ。ただまぁ、似たよーなもんなんじゃねぇかぁ。多分なぁ」

「どう違うんだ、普通に吐き出すのと?」

「長いのと、底なしってことだなぁ」

「底なし?すげー。体験してみてぇな、一度」

「あんまりよぉ、いーことばっかでもねぇぜぇ」

 ワインをあけてしまってから獄寺の黒糖焼酎で乾杯。砂糖きびの絞り粕をアルコール発酵させて作る酒は、同じく葡萄の絞り粕で作るマールに似てこくがあり、香りがよく、銀色の鮫は気に入ってしまった。勧められるままにロックで杯を重ねて。

「興味あるな。アンタが、どーゆー風になるか」

 途中から記憶は薄れた。ソファにそのままもたれて、銀色の鮫が酔いつぶれる。婀娜な酔態を獄寺隼人はじっと眺めていた。

 

 

 そして。

 

 

「……なにやってんの、獄寺」

 夜半。

「ンだよ、泊まるんじゃなかったのか。十代目は?」

 恋人の部屋へ忍んだ山本武は思いがけないものを見る。

「一緒に帰ってきた。ヒバリがどーしても部屋で眠りたいって言うから。ホテルの枕がお気に召さなかったらしい」

「ああ、なんだ。アイツが一緒かよ」

 真夜中だったが、主人が帰宅したなら挨拶をと、ソファから立ち上がりかけた獄寺はまた屈む。掌を撫でていた肢体へと戻す。指で狭間を弄られて胸に顔を寄せられて舐められ、愛撫を受けている銀色はびくびく、カラダを波打たせ悶える。

「なに、やってんだよ、ごくでらぁ」

 山本武の台詞の語尾が情けないものになった。

「見りゃ分かるだろ」

 悪びれた様子もなく獄寺隼人は答える。確かに見れば分かる。酔いつぶれたらしい銀色は裸に剥かれ、愛撫され肌を上気させている。

「いーとこなんだ、邪魔すんな」

 それも見れば分かる。銀色の鮫は両腕は脱がされたシャツで背中に拘束され、浅く喘ぎながら瞳を潤ませている。酔いと快楽に意識を掻きまわされて山本の存在も認識できているか怪しい。

「さっきまで怒鳴ってやがったのがやっと大人しくなったとこだ。もーちょっとで泣き出す」

 それも見れば分かる。びくびくっとカラダが波打つたびに唇を噛み締めて辛うじて声を漏らしてはいないけれど、長い睫の間にたまった水滴は今にも溢れそう。

「……、レイプは犯罪だぜ?」

「俺の部屋に来て横になったんだ。俺を好きだったんだろ」

 白々しく獄寺は答える。白々しくてもそう解釈したのだと、責められれば抗弁するつもり。止める気はないらしい。

「ドン・キャバッローネの、だぞ?」

「あんなヘタレ、ちっとも怖かねぇ。一緒に抱かねーんなら出てけ。しらける」

 形のいい唇がぬらりと吐いた、その一言が。

「……」

 山本の意思を定めた。