着ていたスーツの上着を脱ぎ捨てネクタイを外す。ベルトを緩めてシャツもアンダーも、まとめて脱いで、素っ裸になって。

「詰めろよ」

 嫌がって、まだ逃れようと足掻く銀色の鮫を、撫で回す恋人に言った。ベッドではなくソファの上。背もたれは立てられたままで狭い。座面と背もたれの間に押し込まれて身動きがとれないまま、狭間に差し入れられた指先に嬲られて銀色の鮫が肌を慄かせる。

「ひ……ッ」

 涙に霞んだ瞳は何も見えていないだろうが、新しい体温が迫ってきたことを悟って思わず漏らした、悲鳴は可憐なほど透き通っていた。

「すげぇ、肌」

 ぎゅ、っと改めて抱きしめて、獄寺は長い髪を掻き分けてやりながらその生え際の耳元に囁く褒め言葉は世辞ではない。肌理の細かい白い肌は艶めいて吸い付く。上等のぬいぐるみのように、いつまでも頬を寄せていたい気分になる。

「それによ、なんだこの手ごたえ。すっげー抱き心地。さっすがにアレだ、ボンゴレ御曹司のオキニ長々やってただけあるぜ。マジきもちいー。おもしれぇ……」

 囁きながら脚を絡めてカラダを擦り付ける愛撫を繰り返す。肌を貪る心地よさに目尻を溶かしている。その表情に山本は胸を衝かれた。気持ちよさそうだった。見たことがないくらい。

「抱く、のか?」

「まだ決めてねぇ。とりあえずイカセっけどな。すっげぇおもしれぇ。なぁ、知ってるヤツがヨガリ出すのって、マジおもしれーなぁ。こーふんスル、ぜ……」

 獄寺隼人の目が本気だった。呂律がうまく廻らないほどイキリ立つのを山本ははじめて見た。その瞬間に心が決まる。覚悟が、と言ってもいい。したいようにさせてやろうと思った。させてやりたい、と。

「ウグイス鳴き」

「んー?なんだ、そりゃ」

「オンナ善がりさせたいなら、弄る場所が違うぜ」

 自分の恋人の腕の中で身悶えて泣き出しそうな、憧れの相手の素晴らしいヌードを眺めながら。

「もっと、ウシロだ」

「あー?タマかぁ?」

「より、後ろ。……、ココ」

 だ、と、山本武が言いながら手を伸ばす。銀色の鮫の細い肩に手を掛け背後から起こして、獄寺と前後から挟む姿勢を取る。

「な、せ……、ッ」

 縛られた腕ごと背中を捩って憐れな獲物は逃れようと無駄な抗いをしたが。

「ヒん……、ッ、ぁ、あ……」

 山本の固い掌が、指先が、狭間の奥を、ぎゅ、っと。

「あ……、ァあ、ア……、ぁ……」

 押さえた途端、その動きは止まった。

「あ、っ、ア……」

 それまで声だけは必死に堪えていたのに。

「ア……、ぁあ、あ、ぁ……」

 全身を仰け反らせ、白い喉を正面の獄寺の目に鮮やかに晒しながら、唇を震わせながら漏らしたのははっきりとした、嬌声。

「……」

 ビュウ、と、獄寺が口笛を吹いた。感嘆符の代わりに。山本が口元だけで笑う。恋人にすげぇと感心されるのは悪い気分ではない。どんなことであっても。

「テキメンだな」

「弱点、なのな」

 双玉のさらに後ろ、女の子なら花弁が開いている場所。そこはオトコの前立腺にも近い。グニグニとその、蟻の門渡りと呼ばれる皺を弄られ揉みこまれ、快楽を知っているカラダが正気でいられる筈がなかった。

「う、ぁ……、@、A……、ぉ……」

 悶え狂う姿を獄寺は目を細め観賞する。背中を反らして突き出された胸の突起に手を伸ばし指先で擽る。

「ふぁ……ッ」

 指先から逃れようとして銀色の鮫が肩を揺らす。けれどもそうすれば背後の男の腕の中により深く入るだけ。うう、と悶えるカラダを男がぎゅっと抱きしめる。その腕も息も銀色の鮫に負けないほど既に熱い。男もひどく興奮している。発情に喘ぎかけている。そのことは銀色の鮫を奇妙に安心させたが、同時にそのせいで自身の欲情を押さえ込むことが出来なくて苦しむ。

「す、っげぇいー、オンナ」

 獄寺隼人は欲情というほどではないが興奮はしている。

「イロっぺぇ。知ってるヤツがヨガってんのって、マジ、ホントに面白ぇ。すげぇ」

 自分が興奮していることに一番、驚いているのは獄寺自身だった。セックスにはしらけた気持ちしか持たず、自慰さえ精液を吐き出す生理的な必要を感じて嫌々に、うんざりしながら行う浅ましい行為に過ぎなかった。なのに。

「あんたおもしれぇよ。……すくあーろ」

 心からの賛辞だった。少なくとも獄寺自身は。本当に面白い。最初はこのヤローだのふざけんなだのと怒鳴り散らしていたのが途中で黙りこみふるふると震えだし、呼吸が浅くなって嬌声が零れて、そして。

「も……、ろ、ぉ……」

 きれいな顔を涙と唾液で汚しながら、とうとう快楽に負けて、嬌声は愛玩の言葉になる。

「い、け、ねぇの、に、いじん、なぁ……。いて、ぇ……」

 肌は血を薄めたように上気して狭間も胸元も唇も、指先まで赤く、発情の証拠に染まっているのに銀色の鮫はなかなか吐精出来ずに苦しむ。痛い、苦しい、やめてくれとはるかに年下の二人に向かって声を震わせながら願う様子は艶っぽい。生唾をごくり、飲み込む音を、山本は隠さなかった。

「ホントだよなぁ。なんでイケねーのかなぁ。んー」

 背中から抱きしめ狭間に廻した手で奥近くを嬲りながら、耳たぶに唇を押し付けつつ山本武が息を吹きかける。その息も、さっきから銀色の鮫の肉付きの薄い尻に当たるオスの生殖器も、上気した肌を凌ぐほど熱い。

「かわいそーに、いけねーのに可愛がられんの辛いよなぁ。飲ませ過ぎだぜぇ、ごくでらぁ」

 辛いお預けは男も同様。イかせて脱力させて貪り食いたいのに、吐き出せないでびくびくしているせいで食いつけずイライラしてきている。

「ムリには飲ませてねぇよ。自分で呑んだんだ」

 獄寺隼人はまだ落ち着いたもの。気に入ったらしい胸元の飾りにしつこく吸い付きながら答える。薄くて平らな胸だがそれでも、性感に凝った乳首はぷくんと張り出して尖って硬いゼリーのようで、母性と縁の薄かった獄寺の気持ちをそそった。唇で吸い付いて舌先で舐めて歯で押しつぶすと鳴き声が上がる。甘い悲鳴を耳に心地よく聞いた。

「かわえー……」

「かわいいよりかわいそーだ。ちょ、おい、場所代われ、獄寺」

「あー?」

 鳴き咽ぶ顔をチラチラ上目遣いで眺めながらお気に入りの乳首に吸い付いていた獄寺が不満の声を上げる。

「後ろから弄ってろ。オレもー限界。吸う」

「ヤりゃいいじゃねーか。暴れそうなら押さえといてやるぜ?」

「バカ。こんなガクガク震えてんのに挿入できるわけねーだろ」

「広げて捻じ込みゃいーじゃねーか。オレもこの顔がヤられっとこ見てぇ」

「ほんっとーにバカだな獄寺。ヒトの分身なんだと思ってんだよ。鉄筋入ってる訳じゃねーんだぞ。こっちだって生身だ。無茶なことしたら痛いし、折れたりするんだぞっ」

「てめぇにバカバカ言われるとなんか、マジ傷つくぜ……」

「いいから代われ。吸い出すから」

「フェラすんのか?ふーん」

 ちゅ、っと音をたてて獄寺が銀色の鮫の胸元から顔を離した。離れられた瞬間、白いカラダがぶるっと震えたのは唾液に濡れそぼった突起が外気に突然冷やされて、寒かったからだ。労わるようにそこに掌を当ててやりながら、獄寺隼人は広げられさらけ出されて震える蕊を見つめる。

「なんか、よぉ……」

 胸元に当てていない方の手を伸ばす。珍しい銀色のアンダーヘアを梳くように指先に絡める。金髪やプラチナヘアの人間でも下までその色なのは滅多に居ない。獄寺自身、髪と眉は天然のアッシュグレーだがアンダーはブルネット。

「かわえー……」

 アルコールのせいで血行がよくなり全身の血管が開ききった状態では局所に血が集まりにくい。性感にびくんびくんと腰を浮かして痙攣しているのに海綿体が充血しきれずに半勃ちで、おかげでイけずに苦しみ喘ぎ啼き足掻いている、同性の生殖器をそう称したのだったが。

「可愛いのはわかったから代われって。かわいそーだろ」

 山本武は意味を理解しない。

「オレがやる」

「……え?」

「フェラだろ、オレがやる」

 言って屈もうとした獄寺の後ろ髪を。

「ちょ、オイ、ちょいマテッ」

 慌てた山本がわし掴む。そんな真似をされたことのなかった獄寺はカッとした。すぐに顔を上げ手を振りほどいて睨む。普段なら獄寺に睨まれればすぐに目を反らして退く山本武が。

「なんでだよっ!俺のは嫌がるくせにっ!」

 眼光に負けず怒鳴りつける。

「言ったろ。かわいーから、だ」

 迫力に気おされたわけではなかった。なかったが、気迫に負けて、獄寺は答える。

「俺のはオマエ、いつも、イヤイヤそーにしか、してくんねーくせに……」

 胸を喘がせて真剣に傷ついている山本に。

「てめぇのはカワイくねぇ」

 半分呆れつつ、獄寺はすりっと、銀色の鮫に頬を摺り寄せ再び気分を出そうとする。

「初心者にてめぇのはデカ過ぎんだよ。き……、怖ぇ」

 気持ち悪いと正直なことを言いかけて、途中で獄寺は言葉を言い替えた。表面に静脈が雄々しく隆起したソレが視界に入るたび、眉を顰めて目をそらしていたのは事実だった。

 それで傷つけていたなんて思いもしなかったが。

「なぁ、アンタも怖ぇよな。ヤリ壊されねーよーに、いっぺん吐き出して楽になろうぜ?」

 囁いて顔を伏せようとする。今度は山本も邪魔しようとしない。こちらはこちらで新しいショックを受けている。強がりで見栄っ張りの獄寺の口からまさか、怖い、なんていう言葉が出てくるとは思わなかったから。

「……、よ……、せ、ぇ……」

 年下の相手に咥えられることを恥ずかしがった銀色の鮫が、避けようとして退いた尻はすぐに山本武の逸物に触れてびくん、と動きを止める。唇が震えるのが怯えのせいだと獄寺には分かった。オンナにとってオスはいつでも恐怖の対象、自分を蹂躙しようとする敵でしかない。

「……あんたでも、そーか」

 カラダに自信満々で大物二人を手玉にとっている、少なくとも獄寺にはそんな風に見えていた、銀色の鮫も自分と同じだと知って獄寺は安堵の息を吐いた、心から。

「舐めるだけじゃ、ダメだぜ?」

 背後からしなやかな長い脚を抑え、腿を掴んで押し広げながら山本が獄寺にそっとアドバイス。

「吸い上げて、喉で絞って、血を集めてやるんだ。できっか?」

「ひ、ッ、ヤ……、っあ……、ッ」

「んー、ふんー、んー」

 咥えた獄寺は声を出せなかったけれど。

「もっと深く。出来ないなら代わる」

「んんー、んふんー」

「そうだ。もっと。そう、で、喉で、モノを飲み込むみたいに、ごくって。唾のみこむよーな気で動かせ。……、そう」

「ヒ……っ、ん、ぁ、ア……」

 銀色の鮫が跳ねる。逃げようとするのを山本が背中から、かなり本気の力で抑え込んだ。腕の中で細いけれどしなやかなカラダが跳ねる。手ごたえが本当に素晴らしい。弾力とすいつくような肌に目を細めつつ肉付きのその薄い尻を揉む。

「あ……、ァ……」

 ちゅーっとされて血が集まって、楽になったらしい。鳴き声がかん高くなる。それほど持たずに可哀想なオンナは崩れた。唾液で濡れた唇を震わせながら。がくりと山本の腕に受け止められる、長い睫の伏せられた両目からは涙が溢れて白い頬を伝う。

「すくあーろ……」

 山本が甘ったるく呼ぶ声を聞きながら獄寺がひどく満足した様子で顔を上げた。征服してやったような気が少し、した。銀色の鮫をではない。それを背後からぎゅっと抱きしめている男のことを。

「愛してる」

 山本が銀色の耳元に囁く。恋人である獄寺には裏切りの言葉。ても何故か聞いた瞬間、獄寺隼人は微笑む。告白の語尾の切なさが愛しい。勝った、と、思った。

 銀色の鮫にではない。男臭くて力強くて魅力的な目の前の男に。

「あんたは、どう?」

 指先が震えそうなほど興奮しながらそれでも、くたりと力の抜けたカラダを力ずくでは蹂躙しきれない男に。

「あんたがディーノさんのこと愛してるってんなら裏切らせないのな。でも、後悔してんなら……。俺は後悔してる……。痩せたよ、あんた。前は、もっと……」

 この本邸に来た時はもっと肉付きがよかった。表情も明るかった。愛していた相手と引き剥がされて寂しそうではあったが、それでも沢田綱吉を相手に軽口を叩く元気はあった。

 金の跳ね馬と『暮らす』ようになって銀色の鮫は痩せた。もともと細いカラダが更に薄っぺらくなってしまった。何よりも気になるのは表情の暗さ。生き生きとした輝きが褪せている。いつまでも少年のように、二歳猫のようにぴちぴち、冴えていた雰囲気が沈みがちになって、いる。

「あんとき、やっぱ、俺のにしときゃよかったって、毎日ッ」

 男の嘆きの言葉を、獄寺隼人は薄く笑いながら、まるで自分にされたかのように目を細め、満足そうに聞いていた。