後悔・13

 

 

「な……。俺に、しとけよ……。な……」

 口説きながら山本の手は巧妙に動いて狭間を探る。犯そうとしている。まずは指先で、それから。

「おい」

 口の中の苦味を味わいながらソファから一旦離れ、ローテーブルの上に置いた煙草を手にとりながら獄寺隼人が口を挟む。

「奥に連れて行くぜ」

 決め付ける口調で言うと山本は苦しそうに顔を上げた。その目は既に雄の欲求に血走って呼吸は喘ぎ混じり。縋りつくような色がマテを命じられた忠犬のようで、思わず緩む口元を誤魔化すために獄寺は煙草を咥え、火を点ける。

「そんな上玉、床で抱く気かてめー。ベッドにお迎えしろ。だいたいよー、ソレ俺の獲物だぞ?」

 確かにそうだ。私室の奥へ誘い込み酔わせて身動きできなくしたのは獄寺。だから本来、最初に食いつく権利も獄寺にある。本人はイカセて満足して、山本が抱こうとしていること自体を止めようとはしていないけれど。

「腕、解いてやろうぜ。もう大丈夫だろ」

 一度吐き出して、でもまだ余韻にビクンビクンしながら腰骨を掴まれのしかかられて、震える銀色の鮫には二対一で抵抗する力は残っていないだろう。

「ほんと別嬪だ。歳とんねーなあんた」

 初対面は衝撃的だった。いきなり急襲されて圧倒的に負けて踵でガツンと、屈辱的なとどめまでさされた。そんなことを思い出しながら重ねる唇は蜜のように甘い。

 深呼吸をして、我慢しながら山本が銀色の鮫を抱える。さすがに女の子を寝室に運ぶようなお姫様抱きではなく肩に担いだが、実に軽々と。素っ裸の男の、背中や肩、足腰の隆々とした筋肉が美しく動くのを眺めながら獄寺は寝室に続くドアを開けてやった。

 ベッドは広い。二人で寝ることが多いから。スプリングの効いたマットにどさりと落とされて、もう一度、覆いかぶさられようとした銀色の鮫が。

「や、メロ……、お、ぃ……。もう……」

 少し落ち着いたらしい様子で口を開く。その唇はすぐに、山本武に塞がれてしまった。カラダをうつ伏せにされる。手首を背中で纏めていたシャツが解かれて両腕は自由になったけれど、うつ伏せに押し伏せられて腰骨をつかまれ、尻を上げさせられた姿勢ではろくな抵抗も出来なかった。

「ディ、の、が、おこル……ッ」

「うん、怒るだよな。そん時は言えばいい。酔わされて俺にレイプされた、って」

「止め……、無事じゃ済まねぇ、ぞ……ッ」

「跳ね馬なんざ怖かねぇよ。俺らはな。あんたはすっげー怖がってるけど、なんでだ?」

 山本の蛇は逸っていきり勃ち、長いあいだ憧れてきた白い肢体に喰らいつこうとしてだらだら、先端から透明な毒液を垂らしている。それを狭間に塗りこめるようにされて、入り口を弄られて、銀色の鮫は呻いた。ぎゅっとシーツを握り締める。

「あ……、っ、あ、ぁ、ア……」

 犯される痛みも快楽も知っている白いカラダが戦慄く。

「ディーノ、さんってさぁ。そんなに酷くすんの?」

 この銀色の鮫の、したたかで強情で豪快で強硬なところに憧れている。なのに金の羽エマと向き合うと怯えて遠慮している様子が見える都度、山本は内心で舌打ちしたい気持ちになる。心の中で師匠に殉じる尊敬を抱いているこの銀色には、誰に向かっても傲慢であって欲しかった。

 それは無茶な期待ではない。あのザンザス、ボンゴレの御曹司にしてヴァリアーのボス、銀色が心から惚れて仕えていた『あの』ザンザスにさえ、この相手は時々タメグチを叩いていた。そのたびに撲られていたが懲りていなかった。そういうところを凄く好きなのだ。愛している、のだ。

 なのに。

「やめちまえよ、もう。あんたがディーノ、さんにビクついてんの、見んのオレ、もー、イヤなのな」

 山本の口から本心が零れる。夜半になっても跳ね馬が帰ってくるまで部屋で起きていたり、電話を受けてため息をつきながら外出の支度をして外へ出て行く様子を眺めるのはつらい。つらいつらいつらいつらい。

「好きなモノも食わせてもらえなくってさ、あんまり、なのな、こんなのは。かわいそーだ」

「……、う……」

「んー?」

「チガ……」

 違う。クッキーや酒を預かってもらっているのは、ディーノに見つかるともっといいのを買ってやると言われるのが鬱陶しいからで、食べさせて貰えないということとは違う。食事はむしろ、させようと金の跳ね馬も気遣っている。ドン・キャバッローネの終業時刻にあわせて外に呼び出されることが最近多いのは食事に誘われているから。

痩せてきたことをひどく心配されている。つきあいだしてオンナにやつれられるのは男の沽券に関わるなあと、悲しそうにため息をつかれることもある。

 その気遣いは逆効果だったけれど。銀色の鮫は片手が義手で外食は好きではない。美味いものは好きだがナントカカントカのトコダレ風という凝った料理よりいい材料を簡単に焼くか煮るかした素朴な家庭料理が嗜好にあう。

それは大抵のイタリア人と同じで、要するにマンマの手料理が一番。子供の頃からヴァリアーに居る銀色の味覚上の母親は生母ではなくルッスーリアだった。山本武が作る日本料理も、見よう見まねのイタリア料理もなかなかで、特にオムレツはルッスーリアに次ぐ。胃が小さくなっているせいで以前のようにばくばくと健啖には食べられないけれど。

「庇ってやんの?あんたホントはすっげー優しいのな、スクアーロ。でもやっぱディーノさんはひでぇよ。なんであのヒトがあんなに威張ってんの」

 ここ数ヶ月の鬱積を山本が吐き出す。

「そりゃツナ公認で恋人にはなったんだろうけどさ、雇われてんでも養われてんでもないのに、なんであんたが頭下げなきゃなんねーのさッ」

「ヤるとオトコって威張るよなー」

 脱衣所から帰ってきた獄寺が口を挟む。手には冷蔵庫からとってきた水と濡らして絞ったタオルを持っている。その一言に、山本が顔を上げた。腕の中にぎゅっと銀色の鮫を抱いたままで。

「……俺のこと言ってんのか、獄寺」

「いや?跳ね馬のことだぜ?」

 明らかに白々しい否定を口にしながら獄寺はタオルで銀色の美貌を拭ってやる。冷たさに銀色は肩を一瞬、びくりと竦めたがすぐに大人しくなった。気持ちがいいらしい。汚れた肩を拭かれてじっとしている。

また強いられたお預けに山本が奥歯を噛み締める。スポーツ選手らしい歯並びのいいそれが音をたてるのは珍しい。

「かわいそうだよなぁ、アンタ。ドン・キャバッローネっていやイタリアンマフィア一番の色悪の名前だ。アレにヤられてオンナにされちまうと、他の男じゃ全然感じなくなるって話、聞いたことあるけどよ、マジネタか?」

「……え?」

 なにそれ、という声を上げたのは銀色の鮫ではなくそれを抱いている男。ボンゴレ十代目雨の守護者はマフィアとは全く関係のない育ち方をしているせいで、業界の事情に疎いところがあった。

「なっちっまったら、もーザンザスのとこ戻れなくなるな。それが一番、あんたにゃ可哀想な仕打ちだ」

「え?」

 話をまだよく分かってない山本とは裏腹に。

「……うるせぇ……」

 銀色の鮫の反応は早かった。言葉は強がっていたが声は細くて、痛いところを衝かれ思わず呻いた、そんな風に見えた。

「まあでも、まだ大丈夫さ。ちゃんと俺に舐めれて吐いたし。あと本番のリハビリしようぜ、リハビリ。キャバッローネの毒に芯までやられちまいたかねぇだろ?」

 巧妙な誘惑の言葉は、衝撃を受けつつも狭間を探る指先の動きは止めない山本のしたたかさと相乗して、酒と欲情に混濁した銀色の意識をぐちゃぐちゃに掻き回す。

「俺らもそこまであんた渡したかねぇ。なぁ、けっこーな看板だからなぁ、二代目剣帝さん?」

「……ん、ばん、に」

「ん?」

「ナニ、しや、がった……」

 憎まれ口に喉の奥で笑いながら獄寺は、ムリな角度で唇を重ねた。冷たい水が口移しで喉を流れ落ちる。喉が渇いていた銀色の鮫はこくこく、素直に与えられる水分を飲み下した。

 ごくり、と。

 目の前で、本当に至近距離で、二人のキスを見せ付けられる山本が生唾を飲み込む。

「ママゴトだろまだ。これから、するんだ。なぁ。アンタをキャバッローネにはやらねぇよ、っていう決意表明はいい訳でよー、この髪とツラとほっせー腰が、気になってたのはしょーがねぇだろ?俺らもオトコノコだからよ」

「あ、いつオコルと……、マジこえーん、だ、ぞ……ッ」

「怖かねーよ。あんた、らしくねーぜ。なにビビってんだ?ザンザスのことはあんなに舐めくさってたくせに」

 大声で罵り時には怒鳴りつけて、うるさいと眉を寄せられても怯まずギャンギャン、吠え続けられると根負けしたザンザスが仕方なく身動く。リング戦以後はそんな関係だったのを獄寺は見ていた。なめているというのは大袈裟だが銀色は主人に確実に甘えていた。部下としては有り得ない増長を許していたザンザスの方も、確かにこの銀色を愛していたのだろう。

「ガキにゃわかん、な……、ッ!」

 何かを言おうとした銀色の唇が、突然、戦慄く。

「ぁ……、あ、ァ……、ッ」

「ガマンきかねぇオトコだなぁ。まだ話してたんだぜ?」

「ひン……、ッ、ア……、ッ」

「いてぇ?」

 マテのガマンの糸が途切れた若い男は腕の中のカラダを引き寄せ、自身を含ませた。力が抜けていて抵抗できないのをいいことに捻じ込む様子は本能そのまま、正直だけれど強引。

「う……、ぁ、お、……、ッ」

 言葉は話せずに呻き声を漏らす銀色に、獄寺はそっと唇を舐める。苦しんでいる様子がひどく扇情的でそそる。きれいな子だと苛めてみたくなる。そんな欲望が自分の中にもあることを事実として認識した。

「あ……、ぅ、あ、ァ……」

 シーツに押し付けられた顔が歪む。涙のあとをせっかく拭ってやった頬がまた汚れていく。腰を引き寄せ首を後ろから押さえつけて、銀色を貪る山本は口を利かない。視線も動かさずじっと白い背中に据え、ひたすらオンナを支配するため律動に専心。

「う……、ぁ、お……、ぅ……」

 声の高さが不意に変わる。びくっと肩を竦めて背を仰け反らせる。イイところを掠めたたのだと眺めているだけの獄寺にも分かった。途端に反応が変わる素直さは、抱いている男にはひどく可愛いだろうなと、眺めているだけの獄寺も思った。

銀色はシーツを握っていた右手を解いて背後に廻し、オトコが自分の腰を捕らえている手を振りほどこうとする。されて男は調子に乗った。背中を押さえていた手まで引いて細い腰を掴み取り、勢いづいて、ますます抜き差しを激しくする。

「あ……、ぅあ、@……」

 若い男の情熱に灼かれて、銀色の瞳も鳴き声も潤みを帯びてくる。それをじっと、熱心に、獄寺は眺めていた。

「ん……、っ、ぁ、……、ッ」

 銀色が声を漏らしながら、ぶるぶるっと胴震い。案外、堕ちるのは早い。いや弱いのか、それはつまり快楽に敏感で、素質に恵まれている、ということか。

「ん……、ぅ、……、ヴ……」

「……、はぁ……」

 若い男は本当に息が荒い。夢中で必死。でも抱いているオンナの様子には気づいた。腰を捕らえていた手をそっと、狭間に廻して、前を包み込んでやる。

「んん、ッ、ん……、ぁ」

 硬い指先に包まれて蕊を握られ優しく促されて、後ろに廻していた右手をまたシーツに戻し握り締めながら銀色が鳴き声をあげた。唇も指先も上気してほんのり桜色。色が白くて皮膚が薄いから興奮するとすぐに分かる。花弁がひらいて香りたつような、極上の光景だった。

「ん……、B、E……、は、ぅ、う……、ッ」

 薄く開いた唇の中で舌が可憐に震えているのが見える。

「ン……、っ、ん……」

 酔いが少しは醒めたのか、前立腺を直の刺激だったせいか、こんどは扱かれただけで自然に精を零す。

「……、ン」

 腹をびくびく痙攣させながら、イキ果てたカラダがくたりとシーツに崩れる。律動を緩めて耽溺に浸らせてやっていた若い男が、その肩をぐっと、また引き寄せて背中を自分の胸に密着させる。

「あ……、ぁ」

「起こせ、山本」

 獄寺が咥えていた煙草を揉み消し、そうしてシャツを脱ぐ。その前、銀色を居間で撫でていた時から素肌に当たって痛くないようベルトは外していたが、スラックスの前は留めていたままだったのをやっと、下して。

「ヤリながらでいーからオレにも、舐めさせろ」

 他人との接触を、生理的な処理ではなくしたいと生まれて初めて思った。自分が感じる衝動はオスのものなのかメスのものなのか、それはまだよく分からないまま、でも、悪くはないと、肉体の欲望を初めて自己肯定した。

 それは開放。甘美な魂の開錠。重い扉をようやく押し開いて、ようやく割れた、性的成熟という名の精神の、硬い外殻。