ぐちゅ、っと、濡れた音を残してオスの楔が、ようやく外れた。なにもかも麻痺させてしまいそうな長い蹂躙を終えて。
外れたソコに、今度は男の指が触れる。びく、っとオンナが竦みあがるのを宥めるように、男はオンナに覆い被さって上半身にも腕を廻した。指はそっと、粘膜の浅い場所をマッサージするように辿って、怪我のないことを確かめようとしている。
耳障りな粘着質のその音はオンナの気持ちをますます追い詰め塞ぎこませてしまう。
「じ、かた、さん」
若い男は優しい。夜の最初、しつこい抵抗に梃子摺って手首こそ緩く縛ったがその後は詫びるように暫く抱きしめていたし、疲れて諦めて大人しくなったら手首もすぐ解いてやった。
「きげん……、なおして」
大好きな人を夢中で貪ったオスは口の中がカラカラに干上がっている。体中の水気を絞りつくしてオンナに注ぎ込んだ。注ぎ込まれてオンナは活き活き、旬の果実のように肌の色艶がいい。イヤだと叫んで、拒もうとしたのは演技ではない。でも馴れた相手に愛情づくで触れられれば熱は容赦なく、うつる。
「なおして、よ……」
欲情の昂ぶりがまだ収まらないまま、呼吸を乱しながらの哀願。飼い犬が主人に寂しさを訴えるように繰り返し頬をオンナの肩口に押し付ける。可愛げのある声と仕草だった。
でもオンナは騙されない。長年かけた付き合いで、この可愛げに転ぶとろくなことがないのは分かっている。だるい体をシーツの上で動かし、懐いてくる男に背中を向け腕で顔を覆う。
お前なんか嫌いだよ、という、大人気ない仕草に。
「……」
若い男は傷ついた。顔はオンナには見えなかったが気配だけで分かった。
もっとも。
拒まれてしょんぼりそこで終わる男なら、旧真撰組の一番隊隊長も、現在の『組』の副長代行も勤まりはしなかった。
起き上がるなり、前触れもなく、シーツの上に伸ばされたオンナの脚を、というより膝を、掴んで返して、思い切り左右に、開く。
「すげぇ、真っ赤」
「……てめ、ッ」
仰向けにされた姿勢からオンナも素早く反応した。見事な腹筋だけで起き上がりさっと掌で狭間を覆う。睨みつけられてもにやにや、顔だけ王子様は見下ろす視線を移さない。事後の、指先が赤く染まった様を見るのもスキだから。
オンナはそう解釈しなかった。掌を通して見すかされているような戦慄にゾクッとした。膝を閉じようとするがその前に男に腰で割り込まれ果たせず、どころか。
「アンタいろしろいのにまっかになるからすき」
背中に手を廻され抱き寄せられてしまえば、睫が触れ合うような間近で向き合う、ことになってしまう。
「露西亜の女も弄ったけど、しろ過ぎて、ぶってもあんま、赤くなんねーの。人種ってゆーか、個人差なのかもしんないけどアンタはさ、こーやって」
「ヤメロッ」
「……、ちゅ」
肩に唇を寄せられる。歯が当って、噛まれるかと思ったらそうではなく、代わりに唇全体で吸い付かれる。
「やめ……」
あ、たたかい、というよりも、アツイ。若い男の薄情そうな薄い唇の内側には信じられない熱量が溜まっていた。
「……ん」
焼けた火箸を押し付けられるような熱に萎縮する間に強弱をつけて吸われる。オトコの舌先が時々皮膚に触れる。ふる、っと全身で震えるオンナの潤んだ目には薄く膜まで張ってきて、歯がみしながら、かぷりを振って耐える。
そんな様子を、若い男は嬉しそうに、唇を肩に押し当て素肌を吸いながら眺めていた。
「ほら、……真っ赤」
ようやく唇が離れた瞬間、オンナはがっくり脱力して崩れかけた。それを男が脇に腕を差し入れて支える。
「すげぇ赤い。見なよ、すげぇ」
感嘆は本心から。オンナは目を閉じ、それどころではない。浅い呼吸を繰り返しながら必死に正気を保とうとしている。
流されそうになる意識を自分自身に繋ぎとめる。
「俺だってこんな赤にゃならねぇよ」
色白と言うなら、この顔だけ王子様も相当のタマだが。
「やっぱ血の気が多いから?アンタってホント、感度ヨくって、イーオンナだよね……」
世辞ではない。口でオンナの機嫌をとれるほど、この男はまだ熟していない。ただ心から『自分の』オンナの味に満足しているだけ。自分のオンナを褒める言葉には自惚れの甘さがあって、口にしていても楽しい。
「肌が薄いから?」
撫でているうちに耐え切れなくて震えだしたオンナを、そっとシーツに押し倒す。肩を竦めて顔を隠されるが今度は暴こうと思わなかった。拒絶でなくて羞恥だ。耳たぶが赤い。肘の影から覗く胸の突起もピンと尖っているのが見えた。
「……、チク、ショ……」
覆い被さるオトコに向ってオンナが耐え切れずもらした悪態は、口惜しい苦さに満ちて、いて。
「そりゃこっちの、セリフ」
オンナにとって苦いだけ、オトコの耳には甘く聞こえてしまう。
「俺だって口惜しいんですぜ。俺だってまだ、アンタにごめんとか二度としませんとか許してください総悟様とか、ひとっことだって言わせてねぇよ」
「い、うかバカヤロ……ッ」
「ああ、言わなくていいよ。いい……。カラダ、とけりゃ、それで……。知ってっから……」
このワガママで気の強いオンナが本当に拒んでいる時は粘膜どころか表皮さえ熔けないことを、若い男は、カラダで知っている。
「あ、……、ッ、ヒ……、」
「ホンサイ、って、きちぃね」
腹いっぱい、喉まで詰まって、それで身体を離したはずだった。なのにまた熱を帯びあう、これが愛情でなくてなんだ。
「でも、だ、から威張ってられる、ンだろ。アンタお、れの、本妻なンだから、夫の、せい、セーカツにも……、気ぃ、遣え、ヨ……」
武門の家では確かにそれが正当な筋書き。別居や病気、受胎しない場合や忌みごと、そんな場合の夫に侍る妾を選ぶのは妻の役目、というよりも権利。『奥』の支配権を持つ妻には、夫の寝床を管理する義務も責任もある。
夫が勝手に好きな女を選ぶのは正妻の顔を潰す行為で揉め事のモト。だからそれなりの家に『侍妾』に召抱えられる女には正妻へのお目通りという儀式が設けられる。実態がどうでも少なくとも形式上は、妻の承認、というより任命があって初めて、妻以外の女はオトコの閨に入れる。
「……、ヤなの?」
満足したのにまだ欲しい、デザートまで片付けた後の、胃は満腹なのに意識が美味を恋しがって余韻に酒で抓む木の実。そんなセックスはスローペースになる。狭間に蛇を飲み込ませて、相手の目元や耳たぶ、唇を舐めながら温かさを味わう。
「……、ぅ、あ……」
深い場所で痺れる快感を呑まされるオンナがびくびく、ろくに反論できないのをいいことに。
「キモチいー。すげぇ、スキ。あんたが、ずーっと一緒に居てくれりゃ、オレだってアンタだけでいいよ……」
ウソという意味ではなく口から出るのに任せて言いたいことを言う。
「なぁ……、オレが寂しい、キモチも、分かれ……。……、わかんねぇ、かもな……。アンタはオレをお人形みたい、に、思ってる、よな……」
自分の動きに支配されて、甘く喘ぐオンナの頬に指をあてる。肌理が細かくて吸い付くもち肌を心から愛している。二十歳前の、時として十代半ばの若い女の、ツルンとした肌も悪くはないけれど、でも。
「俺は、サぁ……」
こっちが好きだ。ちがう。アンタを好きだ。たぶん。
「生身だよ、オレだって」
セックスには情熱がある方ではなく、付き合いや招待で色街へ乗り込む他は腹が張ってきたら自分で始末していた。それで構わなかった。恋を知らなかった頃は。
男や女の間を楽しそうに蝶みたいに飛ぶこの人の遊びを、よくやるぜ、と思いながら冷めた目で見ていたこともある。携帯片手に物陰でぼそぼそ、揉めていたり宥めていたりの姿を見かけることもあった。生活が近くて、家族みたいなものだったから。
「アンタが、俺に、教えたんだ、ぜ……、このアジ」
好きなオンナに、熱を注ぎ込む快楽。