そのホテルの誘導路は巧妙なつくりになっている。

 肩幅のある男でないと似合わない前ボタンの制服を着込んだボーイが左右へ分かれる誘導路のお立ち台に立って遠目から近づいてくる車を判断する。ホテルの格式に相応と認められれば右手を上げられて正面ロビーの階段下へ車を横付けすることが許される。けれどそうではないと思われてしまえば左手が上がり、ロビーと直結の駐車場へと誘導されてしまう。

 ランボルギーニ・カウンタックはもちろん右手だった。ボーイは深々と腰を折る最敬礼で真っ赤のスポーツカーを迎えた。それもその筈、それを運転しているスタジャンの、実年齢より五・六歳は若く見えるその男はこのホテルのオーナー。

 キュ、っとタイヤを軋ませて金の跳ね馬は車止めに停車した。大仰な出迎えはするなと言ってあるが従業員たちはやはり緊張を隠しきれず頭を深々と下げる。それに軽い会釈を返しながらディーノは黒大理石の階段に敷かれた真っ赤な絨毯を踏みしめる。持たざるものには許されない行為。

 いつもの連れの銀色も少し遅れて後を歩いていく。全部で二十一段の階段は放射線状に広がり、上り詰めた後ろを振り向くのもいつものこと。そこには素晴らしい景色が広がっている。市街地とその向こうの湖。近辺に産する岩の色調のせいでピンクじみて見える町並みと湖の青の対比が美しい。湖の向こうには森が広がり、最後には岬になって海に続いている。

「……スクアーロ」

 立ち止まり振り向いたまま動かない『恋人』を、階段を先に上りきった跳ね馬が呼ぶのもいつものこと。その声は優しいが早く来いという催促も含んでいる。促されゆっくりと向き直り、銀色は最後の数段を登る。

 湖の向こうの森の奥には城がある。ちょうど岬の裏側になるのでホテルからはよく見えない。中世の砦を改装した城の向こう側は断崖絶壁。森も岩だらけて暗く、ホテルの立つ高台の影を受けるせいで夜明けが遅い。崖の岬は観光的に無価値で、そのために開発から置き去りにされている。

 そこにある古い城がヴァリアーの本拠地。ピンク色した市街地からやや離れた郊外にあるボンゴレ本部からは車で山道を三十分ほどの距離。高台のこのホテルへ来るたびにその方向をじっと見つめる『恋人』が何を思っているか、気づかないほど男は愚鈍でもなかった。

階段の上で男が手を伸ばす。花嫁を迎える花婿のように。銀色の鮫はその度に苦笑しながら、それでも応じて男に右手を預ける。男同士で手を繋いだままチェックアウトの客で混雑するロビーを横切り、フロントの奥から出てきた支配人に先導されてクラブルーム専用のエレベーターに乗り込む。

ホテルの中の更に内側、上客専用の空間へ招き入れられる。クラブルームのフロントでは滞在客たちが優雅に、思い思いのソファに座って連れと談笑しているのが見えた。ボーイたちがその合間を縫って客に請求書の処理の仕方や宛名の名義を恭しく尋ねる。そんな活気に背を向けて、一番奥の部屋へ。支配人がドアを恭しく開ける。二人が部屋へ入る。金の跳ね馬がルームキーを受け取る。支配人が知っているのはそこまで。

 

 

 

 部屋は広い。何室もある。そうして寝台は天蓋つき。ホテルを買収して改装させて以来、その寝台を使ったのは二人だけ。オーナーとその恋人。

 そこがいわばドン・キャバッローネの私室。本人は恋人に惹かれるままボンゴレ本邸に起居しているが、立場上そして体面上、彼自身の部屋も必要だった。

「……飲むだろ?」

 寝台の上に、起き上がりはしたもののぼんやり、座り込んでいた銀色が声を掛けられて顔を上げる。視線の先では金色の男が雫を纏った瓶を手に持って立っていた。銀色は頷き、受け取り、唇をつけた。ラムとライムとソーダで作るモヒート。それ自体は悪い好みではない。ただ、知っている別の男は決して飲まなかった瓶入りの安直な飲み物。

「これで仲直りだな?」

 からからの喉を潤していた銀色の鮫はそう言われて瓶を唇から離す。空に近いそれを取り上げて男は濡れた唇にくちづける。重なった、とたんに隙間から零れたのは。

「……、っ、あ……」

 身も世もない嘆きの声。シーツの上で、肩を揺らして体ごと震わせて見栄も外聞もなく嘆く様子はらしくないものだった。

「泣くなよ。愛してるぜ?」

 金の跳ね馬にとっては珍しくもない恋人の態度だった。落ち着いて抱きしめ顔を寄せて、重ねる角度を変えながら吸い上げる合間に男が優しい声音で囁く。そんなに嘆いてくれるなと懇願する。

「仕方ねぇだろ、そろそろ諦めろ。これだけ愛し合ってんだ。馴れちまうのは当たり前だろう?」

 銀色の髪を撫でながら慰める。

「お前もともと、コッチの才能も適性もあるんだ。オレで気持ちよくなるのは仕方ないことだ。……お前のカラダはお前より素直に、俺がオマエに夢中だって知ってんのさ」

 しゃくり上げる細いしなやか肢体をかき抱くうちにまたたまらなくなって、細い腰にそっと手を廻した。びく、っと過剰な反応を見せてそのまま、逃れようとするのをさせずシーツに、うつ伏せに這わせる。

「は、なせ……ッ」

「はなすと、おもうか?」

「も、おわ、っただ、ろ……。はなせ……」

「仲直りは終わったな。これからが本番だ」

 抱きしめた背中が震える感触に男の熱が昂ぶる。息づきはじめた大蛇のチロチロと伸びる舌先を感じて、甘いカラダの蜜を再び食い尽くされようとするオンナが泣き出す。

「も……、いや。ヤ……、だぁ……」

「そうか?」

 疑問の短い言葉を耳元になすり付けながら、男はオンナの尻に手をかけ強引に犯していく。さっきまで楔を根元まで飲み込み搾り上げていた洞は真っ赤に充血して柔らかい。そこへ、固い頭を、そっと含ませる、と。

「あ……、っ」

 腕の中之カラテダが捻れる。背中を反らせたところを狙って胸元に掌を這わせる。指先に当たった突起をキュっと押しつぶしてやると透明な声を上げて泣き出す。

「……スクアーロ」

 こんなに愛しいオンナは他に居ない。

「嘆く、なよ。オマエが特別なんじゃない。みんな言うぜ、女の子たちはみんな、抱いたら夢中に、なってくれる……」

 言いながら深みを犯す。白い背中を折れそうに仰け反らして高い声を漏らすオンナの胸元をキュッと苛めてやる。あぁ、あ、あ、あ。男の動きのまま高低のある声音でオンナが可哀想なくらいきれいな声で鳴いた。

「オマエが嘆く、ことはひとつ、もない」

 麻薬のようだと女たちが口を揃えて感嘆する跳ね馬のやり方にさらされ続けたこのオンナが、腕を掴まれ引き据えられるだけで興奮して零すように、カラダを作り替えられてしまったのは仕方がないこと。

金の跳ね馬が付き合ってきた娼婦たちはそのことを嘆いた。マフィアの男に惚れた美女には搾取される運命が待っている。ドン・キャバッローネに一度やさしくして貰う為に違う男を百回も気持ちよくさせなければならない。マフィア取締り法案を推進する議員の秘書にカラダを差し出して議員の弱みを手に入れて、それでももう、キスしかしてもらえない。金の跳ね馬には本当の恋人が出来てしまったから。

「オマエは特別だ、スクアーロ。オマエのことはいつでも、お前が欲しいだけ抱いてやる。だから」

 そんなに嘆くなと、ゆるく、腰を動かしながら、ひどくいい気で、男は銀色の髪を撫でる。

「……なっちまえよ……」

 もうあとほんの少しでそうなる。若い雨の守護者と浮気をしたり黒髪の部下によろめていたり、往生際悪く必死に足掻いているが、成果は上がっているとは言い難い。

「オレのに……、全部……」

 抱けばこっちのものだと思っていた。だからそれまで、床に膝をつき続けた。ヤってしまえばオンナは靡く。自分にそういう種類の魅力があることを金の跳ね馬は知っていた。