セックスの直後、その行為と相手の女が物凄くイヤになってしまうオスは多い。射精直後の嫌悪感と言うか、胸が悪くなるようなムカつきを感じてしまうことがある。あるというより、オレの場合はいつものことだ。オンナを抱いた直後にそのアンナを突き飛ばしたくなる。そこを耐えて、ピロートークをしてやる雅量は、オレには、ない。

お決まりのその嫌悪感がこのバカ相手だと何故かわいてこない。搾り出すような射精の後には妙に達成感さえあって、ぐりぐり顎で、後ろ頭をかいぐってやる余裕さえあった。この髪なら食えるかもしれないと思ったのは、つまり喰いたいということ。噛み千切って腹の中へ納めてしまいたい。

我ながら、娼婦を抱いたときとは別人のようだった。

「……、イヌネコ、じゃ、ねぇ……、ぞぉー……」

 雑な撫で回し方に、荒い息の下から珍しく細い声で抗議が漏らされても、

「嬉しいくせに強がるな」

 軽くいなしてやることが出来た。バカは更に何か憎まれ口を叩こうとしたが、オレがカラダを離すべくペニスを引き抜くと衝撃でヒイッと悲鳴をあげ、それどころではなくなってしまった。

 繋がりを解いてバカをオレの下から解放してやる。横にごろりと転がると珍しく、バカの方から腕を廻してきやがった。抱き返してやると嬉しそうにカラダをすり寄せてくる。肩口に額を押し付けられる。また、頭を撫でてやる。

 愛おしいとか可愛いとか、コレはそういう種類の感情かもしれないと思いながら。

 やがてバカが起き上がる。髪を背後に梳きながらベッドから出て行こうとする。引き止めたいような気がした。けれど確かに、男二人でセミダブルは狭かったから何も言わなかった。

「シャワー、先に使って、いいかぁー?」

「好きにしろ」

 ナマでやったからにはその必要がある。ありがとよ、と言ってバカは立ち上がった。とたんによろりと、膝から揺れる。

「腰が抜けてんのか?」

「うっせぇ、ダレのせいだぁー」

「俺のせいだな」

 他の誰でもありはしない。

「手伝ってやろうか?」

 よたよた、剥いた全裸のまま、バスルームへ向かう尻をベッドの中から、眺めているうちにそんな気分になる。

「いらねーよ、このド変態」

 罵られる。そのくせ背中が見る見る、薄い血の色に染まった。恥ずかしがっているのか嬉しがっているのかは分からない。けれどもオレのほんの一言に、これだけあからさまな反応を示すのは愉快だった。

「指が震えてうまく出来なかったら呼べよ」

「うっせぇッ」

 言い捨ててバカはバスへと消えた。十分後、ドアが開いて、髪を乾かすからシャワー使っていいぞと告げられる。バカの匂いを流すのが少し惜しくはあったがシャワーを浴びた。タオルだけを腰に巻いて、バカがドライヤーを使う洗面所の前に立つ。

「少しつめろ」

「おぅ、どしたぁー?」

「髭を剃る」

 顔のざらりとした感触がシャワーを浴びていたときに気になった。このバカほどではないがオレも体毛は薄いほうで、自分の顔がざらりとするのには違和感があった。熱いシャワーをかけて毛穴がひらいているうちにと、備品のシェービング・クリームを塗りつけてカミソリを頬に当てる。

 じ、っと視線を感じて、なんだと鏡の中から視線でバカに尋ねた。ドライヤーを動かすのも忘れてこっちを見ていやがる。そんなに同じところに当てたら髪が痛むんじゃねぇのか?

「なんか、珍しくってよぉー」

 いまさら何を言っていやがるといいかけて、ふとオレも、このバカが髪を乾かすところを見るのは初めてだと気がつく。ずっと一緒に居た筈だが一緒に『暮らした』ことはそういえばなかった。ボンゴレでもヴァリアーでも、同じ建物の中であっても、主人と使用人の住む区画は区切られていて、セックスしていても寝室は別だった。疲れて眠り込んでしまうことがあっても、このバカはいつも、朝には自分の部屋に帰っていた。

丸一日を一緒に過ごした事もなかったかもしない。

と、思った瞬間に、なんだか、『ヴ』、というか、『ギ』っというか、そんな濁音の擬音が自分の胸元から、聞こえたような気が、した。

「なんだぁ?」

 顔の下半分が泡だらけでも分かるほど、オレは顔色を変えてしまったらしい。なんでもねぇとさえカミソリを使っていたから言えなくて、そのまま答えを誤魔化す。

「おい」

「おう」

「座れ」

 代わりにタオルで顔を拭った後、鏡台の前に置かれた藤の椅子を引いてやる。

@Aー?」

 意味が分からない、という顔で不思議そうなバカの手からドライヤーを奪い取った。

「なんてヘタクソなんだてめぇは」

 そうしてブラシも、その手から無理に受け取る。

「生乾きの髪をがしがし梳くんじゃねぇ」

 と、言ったのはウソではない。そんなことをしたら髪が傷むに決まっている。最初は指で梳きながら根元を乾かして、ブラッシングは、その後のこと。

「よくまぁ、それで……」

 こんなサラツヤを保っていたものだと、逆に感心もしたが。

「いつまでも若かねぇんだぞ。ちゃんと手入れしろ」

「うるせぇ、ほっとけぇー」

「ほっとけるか、オレのだ」

 するり、と。

 考えたわけではなく、その台詞は、オレの口から滑り出た。

「……え」

 鏡の中から、バカはバカ正直に真正面から、ぽかんとしたバカ面でオレを見た。

「文句、あんのか?」

 正直なところ俺も多少、いや実はかなり動揺していた。自分が何故そんなことを言ったのかは分からなかったが、言ってしまったからには当たり前だというツラで動揺を押し隠そうと決めた。

 しらっとした顔のままドライヤーを掛けてやる。実は得意なことだった。ずっと前、むかしむかしの幼い頃、母親の髪を乾かすのをよく手伝わされて、いた。

やっているうちにバカは、だんだん俯いて、きて。

「……、っ、く……」

 泣き出される。どう反応していいか分からなかったから黙っていた。

「うぇ……、ぇ、え……、っ」

 何も言ってやらなかった事を、その前の秘密を教えなかったこととあわせて、ずっと後悔した。