Lover's Talk

 

 

 春から夏へと季節が移り変わっていくにつれて、日没がずいぶん遅くなった。

 時刻はもうすぐ7時を回るというのに、まだ空はうっすらと明るい。

 今夜、この、ファミリーレストランと分類される店の駐車場には、店にいる客の数と較べると、少々多すぎる車がとめられていた。

 しかも、ファミリーレストランの名に相応しくないような車が何台もある。

 所謂、走り屋と呼ばれる男たちが乗っている車だ。

 迫力のあるエンジン音がして、また一台、そういう車がやってきた。夜目にも鮮やかな黄色い車体は、この辺の、いや、関東全域で知らない走り屋はいないであろう、プロジェクトDのエースの一人、高橋啓介の物だ。

 そう、ここは、Dのメンバーがよく打ち合わせに利用するファミレスなのである。

 今日も今日とて、新たなコースの攻略に向けて、リーダーの涼介から、打ち合わせの招集がかかったのだ。

 

 

 啓介は、先に来ていたメンバーを見つけ、さっさと席に着く。

 「涼介さんはどうしたんですか」

 招集をかけた人間が来なくては始められない。

 いつもは啓介と一緒に来るのに、と不思議に思ったのか、拓海が尋ねた。

 「なんか、用事があるからちょっと遅れるってさ。先にメシ食っててくれって言ってたぜ」

 啓介が言うと、それぞれがメニューを見て選びはじめた。

 しょっちゅう使っている店なので、皆、大して迷うことなく決めていく。

 ウエイトレスを呼んで注文しながら、ふと史浩が呟いた。

 「涼介がいないと注文が早く済むな」

 そう、涼介がメンバー中で一番決めるのが遅いのだ。

 そのときの気分に合わせてるんだとか言って、散々迷ってから注文するからである。

 「俺、シチューハンバーグとロースステーキな。二つとも和風セットで。それと、シーザーサラダ一つ」

 さらり、と言った啓介に皆の視線が集まる。

 「なんだよ」

 「そんなに食べるんですか?」

 いくらよく食べるとはいっても、さすがにハンバーグとステーキは無理だろう、というニュアンスを込めた質問に、これまたあっさりと啓介は答えた。

 「ああ、俺とアニキの分」

 「え?」

 いつもいつもあんなに迷って注文する人の分を、いくら弟だからって勝手に決めてもいいんだろうか。

 思わず何人かが聞き返してしまったが、啓介はなんでそんな反応をされるかわかっていないようだ。

 「なんだ、涼介に頼まれてたのか」

 史浩の言葉に、皆が納得しかける。が、啓介の答えがそれを阻んだ。

 「べつに頼まれたわけじゃねえけど、後から頼むより、一緒に頼んどくほうがいいだろ。どうせ、すぐ来るだろうしさ」

 そのままウエイトレスにメニューを返し、それで全部だと示す。

 史浩たちは、本当にいいのか?と思ったようだが、啓介の態度が平然としているので、誰も何も言わなかった。

 

 

 料理が運ばれ始めたころに、やっと涼介が到着した。

 啓介の隣に腰を下ろして、次のターゲットとなる峠に関するレポートを配る。

 皆、それに目を走らせながら、運ばれてきた料理を次々に受け取り、箸をつけていく。

 そして。

 「シチューハンバーグの和風セットのお客様」

 「俺だ」

 当たり前のように涼介が受け取ったので、すでに食べ始めていた者まで、思わず動きを止めて、涼介を見る。

 「どうした?」

 不思議そうな表情で尋ねられて、メンバーたちは慌てて目をそらし、「いえ、べつに」とかなんとか言うが、涼介は納得していないらしい。

 史浩に、説明しろ、と言わんばかりの視線を送る。

 「啓介に頼んでたのか」

 逆に聞き返されて、涼介は、ますますよく分からない、という顔をした。

 「何を」

 「料理」

 そこまで聞いて、やっとわかったようだが、返ってきた答えは、否、だった。

 「じゃ、どうしてわかったんだ」

 あんまり答えを聞きたくもなさそうな顔で、史浩が再び尋ねる。

 「どうしてって言われてもな。なんとなくだ、そんなの。おい、啓介」

 運ばれてきたサラダを啓介が自分の前に置いたのを見て、咎めるような声をかける。

 「最近、野菜食べてねえだろ、アニキ」

 「それを言うなら、お前だって食べてないのは一緒じゃないか」

 啓介や史浩や京一のような、涼介のことをよくわかっている相手にだけ使う、我が儘な子供のような声で涼介が反論する。

 「うん。だから半分」

 「半分?」

 「そう。俺も食べるから。半分なら、いいだろ」

 「わかった」

 涼介は、了解したことを示すように、やっと料理に箸をつけながら、先程皆に配ったプリントを取り出す。

 そして、黙々と下を向いて、ひたすらに料理をたいらげていくメンバーの心情を推し量るでもなく、啓介に対するのとはうってかわった厳しい、リーダーとしての声で、次のコースの説明を始めた。

 

 

 打ち合わせも終わり、日も沈んで、少しばかり肌寒く感じる外に出て、それぞれが車に乗り込む前。

 ふと、拓海が思いだしたように啓介に話しかけた。

 「よく、涼介さんの食べるものがわかりましたね」

 他のメンバーたちも、そういえば、というふうに、二人に注目する。

 「そんなの当たり前だろ。俺、あの人の弟なんだぜ」

 誇らしげに啓介が言うのに、拓海はまだ納得していない、という顔をした。

 「兄弟ってだけで、そんなにわかるもんなんですか」

 「そうだよ。兄弟なんて、どこもそうじゃねえの」

 違う!絶対にそれは違う!

 兄弟のいるメンバーたちは、口に出しこそしなかったが、皆一様にそう思った。

 「まあ、俺たちが特別なのかもしれねえけど」

 自慢げなその言葉に、メンバーたちが、ああ、やっぱり聞かなきゃよかった、と思ったのは言うまでもない。

 

 

 家に着いて。

 二人して二階に上がったとき、部屋に入る数歩前で突然、涼介が立ち止まった。

 一瞬だけ心中を隠すように目を伏せ、さり気ない調子で、啓介に話しかける。

 「お前、俺の弟だったんだな」

 「はあ?何言ってんだよ、当たり前じゃん」

 いきなり妙なことを言われて、眉を寄せる啓介に、

 「そうか、当たり前、なのか」

 わざと沈んだ声で答えてやる。

 すると、ムッとしたのか、思わず落ち込みかけたのを隠すためか、啓介の声が乱暴になった。

 「なんだよ、アニキ。俺が弟なのが、嫌なのかよ」

 「まさか。そんなわけないだろう。ただ、お前が俺の弟だって、あんまり嬉しそうに言うから」

 「ああ、さっきの?だって嬉しいもん」

 今更なんでそんなこと、と言いたげな啓介に、声を弾ませないように気をつけながら、わざと淡々とした調子で涼介が爆弾を投げた。

 「じゃあ、お前、今夜から、俺のベッドに12時以降立入禁止な」

 涼介は普段、大学のレポートやらDの作戦やらのため、最低でも12時前までは絶対にちょっかいをかけるな、と言ってあるので、啓介が涼介の部屋に、というかベッドにやってくるのは、いつも12時きっかりなのだ。

 つまり、12時以降立入禁止、ということは、もうお前とは寝ない、と言ったも同然なのである。

 「な、なんだよ、それっ。どういうことだよっ」

 動揺丸出しで叫ぶ啓介に、笑いたい衝動をこらえて、あくまで突き放す調子を崩さずに答える。

 「どういうって、お前、俺の弟なんだろう」

 「そうだよ。けど、そんなこといまさら理由にならねえだろ。それとも、まさか、俺に抱かれんのが嫌になったとか言うつもり?あんたのベッドがダメってんなら、今すぐここでヤったっていいんだぜ?」

 威嚇するような啓介の台詞に、涼介はとうとう堪えきれずに、俯いた。

 「アニキ?」

 様子がおかしい。

 ようやくそのことに気づいた啓介が覗き込むと、涼介は肩まで震わせて笑いを堪えていた。

 「アニキ〜〜。なんだよ、ひどいじゃねえか。俺、マジで嫌われたかと思ったんだぜ?」

 からかわれていたことに気づいた啓介は、情けない声を出して、廊下にぺたん、と座り込む。

 「悪かったよ」

 ちっとも悪びれずに、くすくす笑いながら答える兄に恨みがましい目を向けると、それがおかしかったのか、さらに笑みが深くなる。

 「ほら、そんなとこに座るな。風邪ひくぞ」

 腕を取って立たせると、目の前にきた啓介の鼻の頭に、ちゅっと悪戯なキスをして、微笑んだ。

 「おやすみ」

 「ええぇぇえっ!?」

 「何をそんなに驚いてる」

 「だって、おやすみって、おやすみって・・・・・」

 「寝る前の挨拶がおやすみじゃ、おかしいか」

 「そうじゃなくて!もう寝ちまうの?まだ10時だぜ?」

 「いけないか」

 「明日、休みだろ。べつに少しぐらい夜更かししたって」

 「だから、だよ」

 「だから?それって、やっぱり、俺とスルのがいやってこと?」

 涼介がいやがっているわけではないことを確信しているくせに、わざと落ち込んだふうに上目遣いで尋ねる。

 だが、啓介の下手な演技は、全然通用してないらしい。

 涼介は、にやり、と表現するのにぴったりの、ただでさえ美しい顔を、凶悪なまでに色っぽくみせる笑みを浮かべ、啓介を爪先から頭の天辺まで煽るような視線で見つめ、ぐっと体を近づけると、わざと啓介の耳元で囁いた。

 「約束したろ?12時までは手を伸ばすなって」

 「う、うん」

 「俺は、明日の朝まで寝るつもり、ないぜ。だから、今のうちに休んどくんだ。まあ、お前が12時になってもくる気がないなら、いつも通り、レポートやってから寝るけどな」

 どうする?と、吐息とともに囁かれ、この場で押し倒したい衝動を必死に堪えて口を開く。

 「ホントに朝までヤるからな。あんたが泣いたってやめねえからな」

 「楽しみにしてるよ」

 そのまま掠めるようなキスをして、涼介は自室へ入っていった。

 廊下に残された啓介は、しばらく呆然としていたが、やがて頭を抱えてしゃがみこみ、あと2時間も待てねえよー、こんなんでどうしろっていうんだよー、とブツブツ呟きだした。

 「大体、なんで今日はあんな積極的なんだよ。あんなアニキ見せつけられて、2時間も大人しくできるわけが・・・あ?」

 よく考えたら、涼介だって、あの調子では今から眠れるわけがない。

 「なんだ、そっか、そうだよな」

 きっと、今頃、ベッドに潜り込んで寝たふりをして、でも絶対に、散々煽られた自分が我慢できずに部屋の戸を開けるのを待っている。

 ぱっと立ち上がり、部屋の前に行くと、しかし、そのままドアを開けずに、いつもはしないノックをする。

 「どうした」

 やはり、ベッドに入っていたらしい。

 啓介のノックに意外そうな声がし、ギシリ、と音がしてからドアに近づく気配がした。

 「アニキ、入っていい?」

 「珍しいな、いつも勝手に入ってくるくせに」

 ドアから顔を覗かせて、皮肉っぽく笑う美貌に、甘えるように答える。

 「だってさあ、12時までは入るなってさっき言っただろ。アニキがいいって言ってくれなきゃ、入れねえよ」

 「しょうがないやつだな」

 すっと身を引き、ドアを広く開けると、啓介は嬉々として中に入っていった。

 パタン、とドアが閉まる音が、二人に聞こえていたかどうかは、さだかではない。

 

 

 翌日の1時過ぎ、高橋家のキッチンでは、なんでもいいから俺が食えるものを持ってこい、と言われた啓介が、兄の、いや、我が儘な恋人のために食事の用意をしている姿があった。

 

                                  ーおしまいー