着やせする性質だ。じかに抱きしめれば意外なほど手ごたえは豊かで弾力のある柔らかさ。

「……どうすればいいの?」

 それを感じてうっとり、目を細めていた男に女が小さな声で尋ねる。

「んむ?どうしたね?」

「いいえ、私はどうも。あなたは私がどうすれば嬉しいのかと思って」

「どうしたのだ。君がそんなことを言ってくれるなんて」

 女の部屋は店とは少し離れた大通りにある。官公庁に近く、商会や法律家たちの事務所が多く入る雑居ビル。彼らは夕刻には郊外の一戸建てに住む家族のもとへ帰る。当然、近所付き合いはないも同然で、囲われ者の子連れ女に詮索の目を向ける者もおらず、住みやすいところだった。

 五階建ての最上階角部屋。間取りはキッチンとリビングと個室が三部屋。他に日の当たらない広めの納戸があって、それが彼女がこの住まいを選んだ理由だった。かつて大学で教鞭をとっていた女は自分の蔵書や閉鎖された大学の図書館から管理を委託された本を抱えていて、納戸はいっぱいに書棚が並んでいる。

 一番広い部屋が彼女の居室で、そこに置かれた大きなベッドに腰かけ、男が女を抱き寄せた場面だった。

「あの子に言われたの。こんな風にしてもらっている女は、もっと男に尽くすものだって」

「なんだ、そうか。君が私を好きになってくれたかと思ったのに」

「よく知らなくて、ごめんなさい。どうすればいいか分からないから、どうしたらいいのか言って」

「何も気にしなくていい。あの若い子は、まだものを知らないのだ」

 男はゆっくり、女を押し倒す。店を閉めてから馴染のタクシーで帰ってきた女は、男と一緒に軽い夜食を採り、入浴も済ませたバスローブ姿。まだ少し湿った髪がシーツに散って、見上げてくる光彩の澄んだ切れ長の瞳に、男は珍しくナマの、本当の微笑を見せた。

「君は商売女ではなかった。だから相場は成立しない。わたしの恋を叶えてくれた感謝は金銭では測りがたいし、はかられても困る」

「……きもちいい?」

「雲に上に居るようだよ」

 女に体重をかけないよう気遣いながら、男はやわらかな肢体に覆いかぶさった。頬を寄せながら全身で感じる相手の存在の幸福が男の目尻を和ませ溶かしていく。仰向けになったせいで緩んだ胸元からは白く豊かな膨らみが覗いている。

「それならいいんだけど」

「どうしたのだ。君に優しくされるとドキドキしてしまうよ」

「他人に言われないと、よく分からないの。バカだから」

「君のことかね?まさか」

「あなたが優しくしてくれているって気づかなかった」

「したいことをしているだけだよ。気にしなくていい」

「させたいことあったら言って。します」

「敢えて言うならば君に愛されたい」

 男は微笑み、女は困って目を伏せる。

「よく、分かりません。もっと具体的なことを言って。夕方のキスみたいに」

 脱げとか拡げろとか、揉めとか握れとか。

「それが言えないのだ。私にもまだ分からないからね。いつか私の努力が足りて君に愛してもらえるようになったら、君が愛した男にどうするか分かるだろう」

「ごめんなさい」

「君が謝ることはない。女には男を選り好む権利がある。子を孕むからね。種の淘汰というものだ」

「わたしずっと、分からないかもしれません。ごめんなさい。……面白い?」

 話しながら胸元をバスローブごしにやわらかく、掌で包もうとする男に女が尋ねる。

「どきどきするよ。ときめく。柔らかくて丸くて、とても美味しそうだ」

「そう、なの……?ん……」

 男の指が敏感なトップに布越しに触れたとたん、ひくん、と肩を竦める女の、喉に誘われて男が唇を這わせた。

「……、っ……、は……」

 白い肌の下の脈拍を舌先に感じながら掌を蠢かせればほとんど同時に跳ねる、女の反応は演技ではない。商売ものである女優に手を出したことはないが若い頃に燈火の巷にも親しみ、今もって商売女の『接待』を受けることもある男にはそれがよく分かった。過剰な演出、媚を含んだ嬌声にうんざりした成功者には、彼女の静かだけれど正直、本気でピクンと跳ねては背中に爪をたてる、そんな仕草がひどく魅力的だった。

「ん……、ぁ、あ……」

 喉から唇を離して上体を起こし、先に自分が脱いでから女の紐を解く。いつもおとなしくされるがままの彼女は今日も逆らわない。そして。

「なに、すれば、いい……?」

 浅い呼吸を繰り返しながら尋ねてくる。

「楽にしていてくれ。力を抜いて、いつものように」

 白い裸体は甘そうな水気を含みつつ、抱かれるに相応しく熟していた。

 丁寧な手つきで女の髪を梳き、また優しい愛撫からはじめる男に、女はためらったが腕をまわす。女の指先が男の、年齢からは信じられないほど張り詰めた健やかな肩に触れた途端。

「ん……ッ」

 急襲だった。そして強引だった。咄嗟に顔をそむけようとする女の顎を掴み、否応なく唇をひらかせる。

「……、ん……」

 くちづけは長く続いた。押さえ込まれた女の唇の端から飲み込みきれない唾液があふれ出し、息苦しさに彼女が涙ぐんで嗚咽に似た音を喉から漏らすまで。

「……ロイ」

 指先で、自分が脱ぎ捨てたバスローブを床から拾い、男は組み敷いた女の口元をぬぐってやる。こぼれたそれは胸元まで溢れてこぼれていた。

「わたしはね、いっぱいいっぱいだ。刺激されると弾ける。興奮して、乱暴に抱いてしまうかもしれない。だから、無理をしないでくれ」

「ん……ッ」

 柔らかな胸を堅いタオル地で拭われて女は細く声を漏らす。身じろぎしながら目を開けると、世界的な名声を手に入れた男が、まるで少年のような真摯な目で、じっと自分を見つめていた。

「痛くしてしまって君に嫌いといわれたら窓から飛び降りる」

 ぎゅ、っと、力強い腕に抱かれる。脚も絡んで、男のモノが女の太ももに触れた。潤み始めた花弁の蜜を欲しがって震えている雄蕊。

「……へん、なひと……」

 女が笑う。

 男は一瞬、悲しそうな苦しそうな複雑な顔をしたが、すぐに女にあわせて微笑んだ。

「すきだ、という」

「……、あー、……、ぁ、ン」

「いみ、だよ」

「……、ぁふ……」