望月・五

 

 

 呼ばれた副長の私室。待っていたのは甘い抱擁と。

「……で?」

 尋問。

「近藤さんドコに居るんだ?」

 平隊士らは八畳に三人ずつの雑居だが、助勤以上の役付きには個室が与えられ、隊長からうえはその個室が『奥』と呼ばれる、渡り廊下で繋がった独立した棟。その棟を通り抜け一旦は庭に下りて泉水を迂回しなければたどり着けない離れに、局長である近藤勲の居室はある。

鬼副長の私室はというと局長の離れの手前、本来は離れに暮らす隠居のための召使部屋だった玄関脇の小間を、ちょっと改装しただけで住んでいる。改装といっても刀掛けを据える為の床の間を付け足しただけ。でもそれで十分。普段、この副長と沖田総悟は局長の離れを自宅同然に使っている。それぞれの『私室』は大きなロッカー、職場の更衣室、のような扱い。

だから当然、生活の匂いはない。替えの隊服が鴨居に掛けてあるだけの殺風景な部屋を、訪れるなり、引き寄せられ畳に押し伏せられた監察の利け者は。

「虎の、門わきの、寮に……」

 苦しげに答える。別に襟首を締め上げられているせいで息が苦しいわけでは、ない。

「おやっさんの官舎か」

 警視庁長官である松平片栗虎には、当然幕府から江戸城内に官舎が与えられている。本人は城近くに家庭を持つためそこで暮らしてはおらず、城内及び周辺の警備が仕事の見廻組が泊り込みに使っていることが多い。

「俺のことを、近藤さんなんて言ってた?」

 耳元で囁かれる。

 日が暮れて明かりを点けないままの部屋、うつ伏せに畳に這わされて、降参に等しい姿勢。咎も無くそんな真似をされて、でも、それが少しも屈辱とかでない、のは。

「じ、かた、さん……、副長ッ」

 重なっている相手の、着流しに着替えた体の重みと体温と、息が。

「離して欲しいなら答えろ」

 舌が震え、腰が捩れるほど魅力的だからだ。畳に頬を押し付けて、マグマのようなうねりに耐えながら、薄闇の中で外殻を剥かれた一人の男は。

「姐さんとのことを、祝福してやれるまでは会えない、と」

「ンなこったろうと思ったぜ」

「ひッ」

 殺されそうな悲鳴を上げて山崎退は全身をキュっと竦めた。それは殆ど、乙女の恥じらいに等しくて、性悪な副長は喉の奥で笑う。舐められた耳朶は火の気の無い部屋で、唾液に濡れて冷えていく筈なのに、火がついたように熱い。

「じ、かた、さン……」

 山崎の声はもう半泣きだ。

「はなして、ください」

「あぁ」

 約束だったな、というふうなそっけなさを装って、目元が艶な鬼副長は相手を解放した。

「お、っと」

 でも本当は何もかも分かっている。バネを強く弾く為にわざと撓めていたのだから明らかな故意。自由になってむしゃぶりついて来る相手の、胸に肘を上手に当てながら。

「……、ん……」

 今度は逆に男から仰向けに畳に押し倒されて、微笑みながら、重なるキスだけは許した。

「……も、ねぇ……ッ」

 男はもちろん、唇の内側もそれ以上も欲しがって喘ぐ。けれど互いの胸の間に上手に挟まった肘が、まるで氷の壁のように堅固に距離を阻む。

「愛してるぜ、山崎」

 味わえないのに甘い唇は、毒より甘い蜜を吐く。

「心から愛してる。お前は俺のチョーオキニ、だ。可愛くて正直で健気で」

 分かっているのに肘を払おうとしない従順さが、牙を持っているのに使わない飼い犬の可愛げに似ていて。

「目玉べろべろしゃぶってやりたいくらい」

 いとしい。

「くちだけでしょ、いっつも……」

 欲情を隠しもせず喘ぎ震えながら、もう完全に本泣きで山崎は目の前の相手の不実をなじった。

「身内とは寝ない主義なんだ。ケジメがなくなるからな」

 案外、それが嘘ではないことを知っている。

「いつか、でも、しような」

 そのいつか、が。

「俺かお前になんかあって、二度と会えなくなる前には、しよう」

 多分きっと、いつかは来る。けれど、それまではお預けのシルシのキスだけで。

「ほら」

 色悪を絵に描いたような、白い美貌が薄闇の中で笑う。自分に向って欲情するオスを合図一つで、簡単にあやつる悪いオンナ。でも手付かずの生娘よりも、かえってどこか、清潔な感じがする。

来い、と、腕をひろげて招かれた胸にカオを埋めながら、腰の熱より胸の中が熱い。男が、いやたぶん女も、本当に心から欲しいのは粘膜と粘液のセックス、それ自体ではなくて。

「……、あ、ぁ……、ア……ッ」

 苦しいのに甘い、この切なさはなんだろう。自分は今みっともなく発情して泣いてオンナの掌の上で転がされている。分かっているけどそこが刺激になる。自分の欲情をこのオンナは笑っている。でも嫌がってない。むしろ楽しそうに抱き取られて、髪を撫でてくれる手付きがじくんと、また沁みる。

酒より酔えてクスリより骨抜きに、全身から力が抜けて指先が痺れる。耽溺していく自分自身の、麻痺までゾクゾク、ヨガり声を上げそうな、このキモチヨサ。

 カラダの代わりに無造作に、それを与えてくれる相手の、喉のうなじの匂いを嗅ぎながらホンモノの犬のように、喘いだ。