望月・七

 

 

 肩を抱かれて耳元で、ねぇ、と。

 囁かれた時点で、抱かれている『オンナ』は笑ってしまった。笑えばその時点で緩まされ、オトコの思うツボだとは重々、承知しているが、しかし。

「……ゴムつかっていー?」

 そんな馬鹿馬鹿しいことをさも重大事じみて耳元に囁かれ、笑わずにいられる訳が無い。相手の行動がイチイチ、なんとなく面白い。愛しているとか好きだとかより、『お気に入り』の方が似合う気分だったが。

 そしてようやく安心した。逢引の最初から少し、オトコは不機嫌だった。オンナはそれに気づかないフリでいつもどおりに振舞っていたが、内心には怖れがあった。目が据われば何をするか分からない強壮なオスだ。酔ってやって来るのは初めてではないし、微醺を帯びた体のアジを褒められたこともあるのに今更、それが相手の機嫌を損ねたとも思えなかった。

「めずらしーな」

 キモチは既にイエス。なのに返事を焦らしてみる。オトコはんー、と、正面から抱き合う市井で布団の中で、オンナのうなじに、鼻先を押し付けながら。

「ガマンできそーにナイ……」

 正直に答える。それでまた、オンナは笑ってしまう。掴みどころのない飄々としたこの相手を、閨の中では好きなように撫でれる、勝利感は快感に近い。

「好きなよーに抱けよ。任せる」

 珍しくインサートを急ぎたがる男に答えて膝を緩めた。閨ではわりと、相手をたてる流儀だ。あぁしろこぅしろ注文を出すより、『お前うまいから安心』とヒトコト。その方がオトコが気を使うことを知っているずるいオンナ。

「舐めていい?」

「……イヤだ」

「じゃあ力抜いてな」

「ん……」

 いつもは関節がとろけるまで弄られて、欲しがって腰が浮き上がるまで恥知らずな愛撫を受ける。そうなった後では力を入れようとしてもはいらず、殺菌成分の入った潤滑用のゼリーだけで、十分、だが。

「……、ッ」

「あー、やっぱムリ?キツイ?」

「……」

 ゼリーを乱暴にぬり篭められて、更にゴムの滑りを借りて、強引に抱こうとするオスにイミテーションのオンナは苦しんだが、ぎゅっと目の前に肩に腕を廻して、やめるなという意思表示。口はもうきけなかった。

 健気な仕草だったけれど、オトコは無慈悲に、その腕を自分から剥がして。

「動きにくい」

 綿のシーツに押し付ける。指を絡めるのではなく手首を掴む、やり方は気分がやっぱり、荒れている証拠。

 何を怒っているんだろう、と思いながら、熱と圧迫に耐えて自身の洞に蛇を受け入れる。怖いくらい熱い。引き裂かれそうで苦しい。肩を捩ることも出来ない姿で押さえつけられながら、痛みに少し目尻を潤ませながら、ようやく大蛇を、呑んだと思った、本当に瞬間。

「……ひ……ッ」

 息を吐く間も与えられずに。

「、……ッ……ツ」

 悲鳴をあげることも、出来ない。

 人間の体を、セックスの意味だけでなく、このオトコは扱い馴れている。ぎちぎち、音がしそうにキツく捏ねられる。腹の中から直の衝撃を生々しく、無抵抗に何度も繰り返し、受け入れさせられて目蓋の裏が真っ赤に、なって。

 それが暗転する、またまさに、瞬間。

「……、じゃ、ねーよ……」

 掠れた声を喉奥に篭もらせて凄みながら、オトコは動きを止め、抱いているオンナに呼吸をゆるした。

「、っ、ふ……、ちょ……」

「返事は?」

 促されるが、そもそも何と言われたのか分からなくて、意地ではなく戸惑っている、と。

「香水の匂いつけて来るなって言ってんだ、返事はッ」

「……、ちょ……ッ、ぁ……、ッ」

 オンナの胸に息が通って、衝撃に上がる声は嬌声じみてしまう。いつもよい高い音程の悲鳴はオトコの本能をあおり興奮させ、猛らせた。

「ん、……っ、う。……、っア、ぁ……」

 リズムにあわせて声が漏れる。聞きながら抱いているうちに、オトコの粗暴さはごくゆっくりとだが、収まって。

「……、ん……ッ」

 オンナの手首を開放し、自分に縋りつくオンナに目を細めながら今夜最初の唇をあわせ、胸のもやもやとともに毒液を吐く、頃には怖い雰囲気は消えた。もっともそれまでの数分間で疲労し尽くすほど、オンナは貪りつくされたのだったが。

「……、くそ……」

 小さな悪態をつきつつ、男が体の繋がりを解く。いつもは事後も長々と居座り、オンナの次の潮を待つくせに。ゴムのせいで気持ちが悪いのだとぼんやり、力の抜けた指先を投げ出しながら、半眼のオンナは察した。

 枕元にはティッシュの箱ではなく、肌触りのいい厚みのある上等の梳き紙が塗りの箱に入ってさりげなく置かれている。そういう料亭だった。男は剥がしたゴムをそれで包んでゴミ箱へ放る。狙いは珍しく外れて、竹の深い籠から零れ畳に落ちた。

「おい」

 生身に戻った男の固い手が白いかかる。華奢ではないが骨格の形がいい。喉骨から続く鎖骨は咥えて、齧りたいくらいだ。

「……」

 身体に触れられて、オンナが男を、目線だけで見た。斜めの流し目は潤んで、瞳孔の黒が目立つ。唇が何かを伝えようとして動くが、わななくだけで言葉にならなかった。ぞくり、と、見下ろす男の、神経が灼ける。

「……、」

 引き寄せられて、咄嗟に腕を上げ、カラダを庇おうという仕草。

「乱暴しねぇから力抜け」

 早口で言いながら指先で犯す。重なる肩を押し返そうとしていた腕がビクッとして止まる。弱みを掴まれたオンナの怯みに乗じて男はごく安易に、前を掌で包んでナカを指先ですりあげる、即物的な刺激を仕掛けてくる。

「……、ちょ……、まて、って……」

 腕の中で跳ねる弾力を楽しみながら。

「さっさと出せよ。2ラウンド目いくぞ」

 また早口で勝手なことを言う。抗議をしようにも刺激に翻弄されて、文句一つ言えないまま、どくんと、オンナも体液を零した。それで揺れた自分の指を、男は。

「やっちゃこなかったらしいな」

 咥えて舐め、味を確かめてそんなことを言う。

「手も握って、ねぇのに、こんな」

「膝に来い。ケツこっちに向けな」

「いきなり仕置は、あんまりだ」

「あぁそーかい。んじゃ詫びに、よがり啼くまでいい角度でヤってやるよ」

「お前がキモチイイ角度のマチガイだろ……」

 ぼやきつつ、今夜の男には逆らわないことを決めたオンナは起き上がり、男の指示通りにしようと、した。

「やめだ」

 なのに男は、今夜は本当に威嚇的で我まま。

「その前に髪にぶっかけてやる。こっち向け」

「勘弁しろよ、もぉ……、誰ともヤッてねーって」

「匂いが消えねーんだよッ」

 一対一の勝負の最中のように男は荒々しい。

「かけられんのと根元から引き抜かれんのどっちがいい?」

 本気で尋ねて来るのだから、怖い。