毎日毎日、毎日。
「総悟」
鮮度を保つ切り口や薬品のせいでいまどきの花束は日持ちする。そのまま飾れる花瓶つきのものはプロに活けられているから三日や五日は瑞々しさを保つ。なのに新しい大きな束を毎日追加されて室内は生花で溢れそう。差額料金の一人部屋だが、窓辺にも棚の上にも床にまで、ビタミンカラーのオレンジやグリーン基調の花が咲き乱れていた。
「そろそろ、別の物も持ってきちゃどうだ?」
三日目までは礼を言っていた美女は四日目には沈黙し五日目で眉をひそめ六日目に文句を言った。言われたベッドの横の椅子に腰を下ろしながら、
「気がききませんからねぇ、オレは」
答える。
「何が欲しいか教えてくれねぇと、床が埋まるまで花持って来ますぜ」
「近藤さんと仲直りしたか?」
「しませんよ」
「しろ。お前にも恩人だろう、あの人は」
自分にとってそうであるのと同様に、居場所をくれた優しいおおらかな人。
「あんたも、同じくらい、オレの恩人でして」
「なに言ってんだ」
「自分の下半身とここ何日か、オハナシしてるんですが」
「オマエにマトモな性欲が出たのはめでたいと思ってるぜ」
美女は正直なことを言った。目の前の若者は天才で強すぎて、そういうオスにありがちの性向として、メスを愛せないかもしれないと心配したこともあった。身体的な機能の問題ではなく、もっとメンタルに意味で。
「あんたのこと欲しいと思ったのは、あんたが女の人になったから、だけじゃなくて」
「格好つけんなイマサラ。顔と体がいい女にそそられんのは男なら当たり前で、ちっとも恥ずかしくないぜ?」
「戦死の誤報が届いた瞬間から、ナンかおかしなカンジで。有り得ねぇ通り越して許せねぇって思いやした。殆ど憎みましたぜアンタを」
「ダチだったからな」
死を悼まれるのは当然だと、オンナは今日の花束を眺めながら言った。ピンクが基調のガーベラとバラのミックス。
「ですかね。どーも、我ながらそこらへんから、ブレてきたよーな気がするんです。女のあんた見た瞬間から欲しいって思ってたけど、好きな自覚は、もーちょっと前でした」
「お前が近藤さんと仲直りして組に戻ったら好きにさせてやるぜ。退院したらすぐ」
「だから、そういうことはさ」
「あの人にはお前が必要だ。オレがこんなで、もう役に立てない分もオマエに頼みたい」
「言わない方がいいと思いやすよ。女の人はさぁ、カラダ粗末にしちゃいけねぇんじゃねーの?」
「別に粗末にゃしてねぇが、オレのモノを俺が好きにして何が悪い」
「なんででしょーね。なんか腹が立つんでさ。今もちょっとムカつきが蘇ってイラっとしてやす。なんでかな。なんか、よく分かんねーんですけど」
考えるという行為自体に慣れていない若者はぼやく。
「お前が頼みをきいてくれないなら、俺はお前の家に帰らない」
「……」
優しい頼みから一転、あからさまな恫喝に若者の顔色が変わった。
「……それで、どうする気」
「さぁ、どうするかな」
「嫁に行くわけ?お似合いの良家に?やってみろよ。近藤さんとのことばらすぜ」
「とっくにばれてる。地元じゃけっこうな騒ぎだった」
「近藤さんがあんたを嫁に貰うって?ホントはあんただってあんなのイヤだったんだろ?だから近藤さんと結婚はしたくないんだろ?」
高圧的で自分勝手なセックス。
「しかもあの人はあんたが思ってるほど、騒いであんたに恥かかせたくせに、本当はあんたのこと……。なんて言ったらあんたが傷つかないか、俺なりに、考えてたんだけど」
「バカの考えナントカに似たりだな」
「ナントカの場所違わねぇ?」
「真っ直ぐ言え。だいたい、分かってる」
「……俺にくれるってさ」
若者が苦しく苦く、吐き出した言葉を。
「お前の方が、あの人には必要だから」
美女は易々と受け止める。話題になっている男の、『女』に対する価値観はよく知っている。
「せめて、あんたの、シアワセの為に、とか」
若者は知らなかったらしい。ショックを受けている。
「ウソでもいいから、言って欲しかった」
「選択権はお前利手元に集まったつてことだ。どうする?」
「俺は、SM好きの、バカなガキだけどさぁ」
「言うこときくなら可愛がってやるせぜ?」
「女の人を、こういう風に、遣り取りすんのはイヤだな……」
若者の純な嘆きを。
「こういう風に遣り取りされるモンなんだよ愛情ってヤツは意外、打算で成り立ってる」
美女は受けつつ流されない。
「男も女も星の数居るんだ。他人の手許の捨て駒が欲しくてしょーがない時もある。近藤さんは俺よりお前が欲しい。俺はお前が俺の代わりになってくれるなら礼に抱かれてやってもいいと思ってる。お前はどうする?」
「……考えるさせて、とかは」
「男だろ。白黒はさっと決めろ」
「あんたを好きです」
「真撰組に戻るんだな?近藤坂と仲直りするな?」
「俺の女になってくれるんなら」
「よし」
取引成立、という晴れやかな表情をするオンナとは対照的に。
「ソマツにしねぇで、くだせぇよ」
若者の顔色はさえない。
「もうコレ、俺のだから、粗末にしないで大事にして。俺ぁマジ信じられやせんよ。近藤さんもあんたも、なんだと思ってんだよ、チクショウ……」
「総悟」
「あんたたち二人とも信じらんねぇよ……ッ」
「女に優しい、ことはいいことだ」
自分たちよりずいぶんとまともな若者の態度を、親代わりの立場で美女は喜んだ。立ち上がった若者にぎゅうっと、抱きしめるというより縋りつくように腕をまわされ肩口に顔を埋められながら微笑む。そっと腕を広げて抱き返してやろうとするが、若者はさっと体を離す。胸のふくらみに触れそうになったから。
「でも錯覚だ。それは理解しとけ」
「あんたがなに、言ってっか分かんねぇ」
「別のオスと張り合った高揚の効果でオチやすい瞬間の罠だ。男の人生にゃ何度かそういう落とし穴がある。勘違いしてハマるな。後で、悔やむ」
「分かんねーよ。近藤さんがあんなに酷い男と思わなかったし、あんたがこんなに冷たい女ってことも知らなかったよ。俺がこんなにあんたのこと好きになったのに、あんたはそれを嘘だって言ってんだろ?」
「……」
頭は悪いが勘はいい若者に本音を言い当てられて美女が苦笑する。
「死なれてショックだった。生きててくれてすっげぇ嬉しかった。そばでうろうろ、しててくれ。会えない遠くに、行っちまわねぇで」
「明日、退院する」
「愛、して……」
「布団しいて待ってるから早く帰って来い」
「……、から……」
「ん?」
「それ、だけじゃねぇ、から」
若者は言った。女は逆らわなかったが信じていない。信じられていないことをジンジン感じて嘆きながら、それでもやっぱり、若者は幸福だった。明日から、否、今から、目の前のこの、女は自分のもの。
どうこうようとして幸福なのではなく。
他の誰かに痛めつけられているのを、もう見なくて済むから。