かつての王子様、キラキラ美少年は少し年を取って横顔に鋭さが出てきた。
「沖田クン、おひさー」
それでも相変わらず滅多に見ないキレイな顔をしている。目の光り方が強く目線を動かさないところは剣客らしい特徴。肩と背中に大人の筋肉がノってきてスタイルもよく、腕はますます、神がかり。
「……どーも」
白髪頭の万事屋にこの若者は比較的愛想がいい。江戸城の桜田門わきの茶屋で待ち伏せされて尋常に挨拶した。おいでと隣の畳を叩かれて横に座る。茶と団子を勝手に注文されても逆らわない。昔と同じように。
「その辺で時間ツブシてろ。話が終ったら鳴らすから」
お供が後ろに付き添っているところが昔と違う。以前は一人でふらふらしていたが、戦争を経て真撰組と本人の価値が上がってそんな訳にはいかなくなった。現在の肩書きは真撰組局長代行。前局長は先手持頭に任じられ警視庁本庁へ移動し、火付け盗賊改めを加役として任じられそちら方面で活躍している。
前副長は退職し、その後任はまだ決まっていない。若い沖田には辛い試練の日々。
「ちょっと痩せたんじゃない?」
白髪頭の男に尋ねられ、緋毛氈の上に座った若者は口元だけで笑った。
「さぐってんじゃないよ。心配なんだ。他意はない」
「あ、いいえ。すいやせん、そんなんじゃなくって。旦那の言い方がちょっと似てて」
自分を裏切った、でも最愛の『オンナ』に。
「お元気でしょうか、あの人は」
「沖田クンはいつもシンプルで好きだよ」
「曲がないくって、面白くない男なんですよ、俺ぁ」
「まさか」
「何がいけなかったのか、まだ分かんなくって」
「自分からそういう話をするってことはさ、俺に」
「時々考えて、眠れなくなることもあります」
「トシちゃんにそう伝えて欲しがってる?」
「いいえ。そいつはケッコーです。第一、旦那はそういうおせっかいじゃない筈でさぁ」
「親切になってやってもいいよ。沖田クンの頼みならきくよ?」
「旦那は前から、あの人を抱いてやしたんですよね」
「うん」
肉体が女に変貌する前から。
「やっぱそーゆー人しかダメなのかな、って」
「トシは『前』からチョーイイオンナで、時々笑うとすっげぇ可愛くって、俺ぁアイツのワガママも身勝手も大抵は許してきた」
八つ当たりもワガママも、何もかも。愛していたからだ。そして実は、愛されているという自負があったから。一方通行では気持ちは盛り上がらない。相手の態度や表情や言動、触れてくる指先、ほんとうに稀によりかかってくる背中、そんなものに自分の愛情の反射を、相手からの発光を見て、そこではじめて、愛情の『関係』は成立する。
「女の人になってから、ふらふら寄り付く俺みたいなのは、やっぱり不純なんですかねぃ」
「不純を言うなら、ゴリが一番だろ」
白髪頭の万事屋が言う、口調には隠し切れない嫌悪感。若者が形のいい眉を上げる。その声が心の奥に共鳴した。
「逆らえないのをいいことに、言うこと聞くからって、すき放題していいって訳はねぇ」
「……旦那にしちゃ珍しいお言葉で」
「そう?」
「旦那もふられたって解釈していいんですかね?」
「それ以外に聞こえるかい?」
「残念です。旦那と仲良くしてくれた方がよかったな」
「よかった、って沖田クンが言うのはとういう意味かなぁ?」
「安心だったってことでさぁ。なんのかの言っても旦那はあの人に、ひでぇこた出来ねぇ」
「まぁね」
自分が甘い男だということを自覚している白髪頭は笑う。
「俺もさぁ、沖田クンなら、まだよかったよ。腹は立ったと思うけどこんなに悲しかなかった。トシのバカヤローさに絶望して、涙も出てこねぇよ、今」
「おせっかい、じゃありやせんか。土方さんは自分で選んだんですから」
「かもしれねぇけど、イヤなものは嫌だね」
「俺も、です。けど、ふられた俺たちに、何が出来るんですか」
「何でも出来るさ、しようとしないだけで」
「……」
「って、柳生の若様に言われたんだ」
「……え?」
「何が出来るのか、俺もつらつら、考えたんだけど。トシをゴリに渡すのだけはどーしてもイヤでさぁ」
「あのセレブ剣術家がどうしました」
「まだ仲悪いんだっけ。でもあの子、トシが一番可愛がってた子だし」
「だから仲わりぃんですよ、俺とは」
「あー、なるほどね」
納得して白髪頭は頷く。可愛が『られて』いた者同士、反感は当然あっただろう。
「ま、それはそれとして」
「柳生の若様が主導権握ってる話なら俺ぁノリませんぜ」
「あっそ。じゃあさ、俺からのお願いだけ聞いてくれる?」
「旦那のでしたら、大抵は」
「騒がないで、探さないでくれよ。心からのお願い」
「は?」
「トシが近々、行方不明になっても」
「……え?」
「お妙の件で、俺はゴリに勝った」
訳が分からないでいる若者に、白髪頭は脈絡のないことを言い出す。
「アイツが筋を通す男なら、以後はえお妙に近づいちゃならねぇ筈だった。ところが散々のストーカー行為の挙句、これだ」
「……これ、ってはのは」
「オナペット出来たとたんに心変わり」
「二股、かけてんのかと思ってましたが」
「まだそっちが誠意ってモンがあるよホント」
「それは、どうでしょう」
「じゃ、暫く会わないかもしんないけど元気でね」
懐手のまま、レシートを置いて立ち上がる。その手をぱっと、青年が掴んだ。
「仲間に入る?」
うつむいたまま、天使の輪をのせた形のいい頭がこくんと、頷く。