男は最初から怒りを隠していなくて。

「で、ナンの用?」

 オンナはそれだけで、何もかもを悟った。

 手元のコーヒーに目を落とし俯く。男の前には季節のイチゴパフェが置かれている。

場所は城内町ではない。でも城に近い小洒落た繁華街のカフェ。フルーツ関係では名前の通った老舗で出される食べ物は総じて高品質、そのパフェの頂点に飾られたイチゴも真っ赤でツヤツヤ、クリームの純白に映えて美しい。

「特に用はない。顔を見たかっただけだ」

 週に一度は『遊び』に来ていた銀髪の万事屋。それが半月も顔を見せなかった。ちょうど、免許証の更新をしに城から出る機会があったから、ついでに呼び出してみただけ。

「迷惑だったみたいだな。すまない」

 静かにそう言った。男は静かさに何かを感じたらしく、そっぽを向いていた顔をようやく正面へ向ける。女は何かを諦めたようにコーヒーを手に、静かに、でも悲しそうに俯いている。

「……なんか、言えば」

 男はやっぱり男だった。オンナには甘かった。

「俺にバレタぜ。言い訳してみれば」

 言い訳、と言われて視線を宙に漂わせる。でも何も思いつけなくて、小さな、でもはっきりとした声で呟いた。ごめん、と。

「だますつもりはなかった。ごめん」

 その素直さに男は少しだけ機嫌を直した。パフェの横に添えられた銀色のスプーンを手にとってたっぷりしたパフェグラスにぎゅうぎゅう詰め込まれたイチゴに手をつける。値段は千二百円。高くない事はないが、味からすると信じられないほど安い。

「レイプ、されたっては、確かに言ったな。バージンじゃない自己申告は聞いてた。ってーかそれウソだろ?合意の時点でレイプじゃないんじゃねーのか」

 平日の午後、客の姿は少ないが小声の早口。

「それに関しては色々あったんだが」

「いろいろじゃ分かんねーよ」

「お前も、口もきいてくれなくなるのか?」

「誰とそーなってんの」

「総悟」

「ああ、あの坊や。……初心そうだもんな」

 キツイけど明るくて真っ直ぐな目をしていた天才剣士。

「城内で時々会っても、挨拶しても、口も開かない。オマエもそうなるのか?」

「俺ぁ坊やほど初心くはねぇけど、腹は立ってるかな。なんで騙した?」

「お前と寝なかったことなら、」

「しばらく誰ともセックスしたくないとか言っといて、ゴリと仲良くネンネしてたのは何でだ?」

「謝る。今これからでも、どこでも行く」

「お情けでエッチしてもらうほど……」

 男が啖呵を切りかけた。それが途中で止まったのは、オンナがあんまり悲しそうな顔をしていたから。

「……」

 俯いて気落ちした様子は演技には見えない。

「オマエさぁ、どーゆーツモリなの?」

 パフェをもぐもぐ食べながら尋ねる。

「二股かけてお楽しみ二倍ってワケでもなさそーだし、その気もないのに俺をキープして、オマエになんか得があるワケでもねぇし」

 金も権力もない。力はないでもないが、利用しようとされたことはない。自主的に協力しようとしたことはないでもないが、戦争が終わった今になってそれが必要とも思えない。

「悪かった。お前に甘えてた。お前は許してくれると思ってた」

「セックス怖いから待ってってんなら、いくらでも待ってやったけどさ、それも嘘だったんだろ?」

「お前を好きだ。縁を切りたくなかった。ただ男と寝るのは近藤さんだけで、キモチもカラダも、一杯一杯で」

「オマエさぁ、自分がなに言ってるか分かってっか?」

「ごめん」

「前からオマエ遊び人だったけどよ、股はユルかなかったな。なんで今になって、こーゆーコトになってる」

「場所替えようぜ」

「わりぃけど、そこまでは付き合えねーよ」

 男は細長いスプーンを置いた。パフェの中身は半分以上、まだ残っている。

「代金、ここに置いて……、おい、トシ」

 財布から現金を抜いた男が、さよならを言いかけて眉を寄せる。向き合ったオンナの顔色が真っ青。

「どった?大丈夫か?」

 捨て台詞を、思わず中断してしまうほど。

「ぜんぜん大丈夫じゃねぇよ……」

 自嘲気味に笑おうとしたオンナは、それも出来なかった。テーブルの下で握り締めた指が震えている。

「大丈夫じゃねぇのは俺の方なンだけどな」

 天パの白髪を男はガシガシと掻き毟る。困惑したときのこの男の癖だ。

「俺もあめぇな。ったくよぉ。立てっか?」

 オンナは頷く。手を貸してやって二人は店を出た。外は日差しが強すぎて何もかも白茶けて見えた。昼下がりの陽光が二人の足元に黒々とした影を落とす。

 男が歩き出す。オンナはその背中を追って腕を絡める。かすかな攻防はあったが結局、男はオンナが腕を組むことを許した。

 なぁ、と、オンナの方が先に口を開いて。

「どっか入ろうぜ。話、聞いて、くれ」

 通りを入って裏路地に入れば、男と女が話をできる場所はいくらでもある。

「実は大体、見当はついてンだ」

 腕を絡めてそっちへ曲がろうとするオンナを引き摺りながら男は真っ直ぐ、駅へと表通りを歩く。電車に乗るのではない。原付を停めている。

「オマエ、ゴリには死ぬほどあめーからな。カラダ使わせてヌケらんなくなってんだろ」

「……」

「止めるツモリがあるなら話ってのを聞いてやってもいーけどよ。あんのか?」

「……今は」

「ないなら腕、離せ」

「離したら置いていくんだろ」

「もとタラシの二枚目さんに、じゃー逆に聞くけどな、俺の立場で今、ほかに出来ることあるワケ?わりぃオオトコにハマって抜けらんないオンナは抜ける気がないんだから他がどーしてやれもしねぇだろ?」

「ラブホ入って、しようぜ。」

「その餌で誤魔化されてやるにゃあ、オマエにマジ惚れしてンだよ俺ぁ」

「怒ってんなら捨てていいから、最後に一回だけ」

「バカらしいお預け食らった挙句に寝技きかされんなぁゴメンだ」

「誤魔化されたフリしてやんのも甲斐性のうちじゃねぇか」

「こっちはなぁ、人生やっていい気でいたんだぜ、トシ」

 男の声が低くなる。

「オマエが戦死したって聞いた時、俺も殆ど、一緒に死んだ。それをこんな、軽く扱われて、我慢出来っか」

「……、ごめ……」

「謝らなくっていい。ぜいぜいゴリと、仲良くグダグタしてろ」

「だから、ごめんって」

「許せねぇから謝ンな」

「よろ……、坂田」

「街で会っても、しばらく声、かけねぇでくれ」

「……そんなに嫌うなよ……」

「オマエの顔を見たくねぇんだ。傷口に塩、塗りこまれるよーなモンだ」

「近藤、さんを……、あ、いしてる、とかじゃ……」

「聞きたくねぇな。コトバでなんて言ったって、オマエはゴリに這い蹲るのヤメねぇだろ?」

「さかた……」

「まーでも、アレだ。生きててくれたのは嬉しかったぜ」

 駅が近づいて男は歩く速度をほんの少し緩めた。

「知らないところで死なれるよりゃマシだ今のコレでも。じゃあな」

「坂田」

「どー考えたって許しちゃやれねーけどよ。オマエが不幸にならなきゃいいな、ってのは、今も思ってるぜ」

「坂田……ッ」

「じゃあな」

 腕を解かれる。指先で吹くの袖をつかむ。それも解かれる。もう手段がない。

「……」

「なるべく怪我すんなよ」