昔みた夢・6

 

 

 

 

 憲兵は軍隊内の警察権と司法権を併せ持つ。軍法会議所の取調室には窓はない。時計はよく『壊れて』針の動きを止める。代わりに床に排水溝があいていて、水が流せるようになってる。

「……ッ」

 いろんなものが流し去られて、なかったことにされてきた床だ。戦場より長い時間を、ここで過ごしてきた。嫌な仕事だ。でも誰かがやらなきゃならないこと。そうだろう?

「……、な……、んか……」

 ここでのことは殆どが、行われなかったことになる。虐待も拷問もレイプも。時には殺人も。表沙汰に出来ない事件の時に容疑者が取調べ中、『自殺』して迷宮入り。そういうことも、起こる。なぁ、……、ロイ。

「お前……、結婚してる、くせに……ッ」

 する前から、俺は貞操が堅い方だった。今でも商売女の味は知らない。嫌いなんだ、不潔な感じがして。処女じゃなきゃ女じゃないってほど狭量なつもりはないんだが、でもやっぱり、俺がはじめての女は特別だ。そういう意味じゃお前とグレイシアは、ずっと俺の、特別な女だよ。

「聞こえないのか……、触るな……ッ」

 聞こえてる。でも意味は分からない。どうしてお前に触れちゃいけないのか、俺は本当に分からない。お前は俺のもので、お前は俺を愛していただろう。お前がもう、そうじゃないことは分かった。でもだからって、なんで俺がお前に触れちゃいけないんだ?

 俺はまだお前を愛してるのに。

 背中から抱き締める。黒髪に鼻先を埋めてると気持ちがよくて、とても安らぐ。そのまま目を閉じてしまえばここが何処かは忘れられる。軍法会議所のコンクリートの冷たい床で、取り調べ室の粗末な机から崩れ落ちて、それでも繋がりを離さない俺にお前が苦しんで、床に爪を立てて、逃げようとしてるのは見えない。

 もう諦めろ。逃げられないのは分かってるだろう。お前は逃げられないんだよ。俺が逃がさないって決めたから。

「……、どう、して……」

 口惜しいのか、それとも感じてきたのか、腕の中に抱いてる身体の体温が上がっていく。繋がったのからも熱がじんわり染みて、気持ちがいい。どうしてって、それはこっちが訊きたいことだ、ロイ。

 お前の身体は俺を覚えてる。こんなにやさしく、しっかり包んで愛してくれるじゃないか。俺が動けばお前が鳴く。一体感がこんなに深いのはお前だけだ。……グレイシアは、ここまでじゃない。

 あれもいい女だ。でもお前とは回数と深度が違う。歳も。結婚して子供が出来ちまえばセックスは生活の一部になる。お前とこうやってるときみたいな神聖さは、磨耗してしまうさ。

 不思議だ。こんなにぴったりに重なるのに、お前が掠れた声で、しつこく。

「……、離せ……ッ」

 嫌がってるのが分からない。力を抜いて大人しくすれば、今からだって優しくしてやるのに。朝まで離さない。それはもう決めた。グランじじいの葬儀の時、献花するお前の後姿に欲情して、その時にもう、決めていたんだ。

 ただ、まぁ。

 こんなやり方になる予定じゃなかった。お前が連れてきた煩い女を押さえてたのは、単に邪魔だったからだ。前に番犬に邪魔されてうんざりしたから、今度は風見鶏を除けた。それだけのつもりだったのに。

 お前が見抜くから悪い。

 お前の口まで塞がなきゃならなくなった。

 大抵は、こういうことは部下に任してる。けどまさかお前を、そうするわけにはいかないさ。焔の錬金術師どの、二十代の大佐、イシュヴァール戦線の花形、俺の……、女……。

 昔一緒によく行った店でメシを食って飲んで、そのまんま、何処かで話がしたかった。お前をまさか、『グラン准将謀殺容疑』で取り調べる気はなかった。でもまぁ、受益者を真っ先に疑う原則からいけば、お前が一番、疑わしい黒幕。軍上層部の古株の国家錬金術師を何人もやられて、新進気鋭のお前には道が開いた。

 あの傷の男がお前にも敵対したことは知ってる。目の前で見てた。立ち回りの最中、後に回りこむつもりで建物よじ登って降り立った路地から。お前の側近達は優秀だな。俺の出番は、なかった。

「してるくせに……、結婚……、キサマ……」

 さっきから同じことを繰り返す唇を撫でる。してるのが、そんなに嫌か。お前とは無関係だ。お前が愛しい、気持ちとは別次元。

「……、勝手……ッ」

 そうだな。でも、本心だ。

 腰骨を掴みなおして揺らす。甲高い悲鳴が甘くて、どうしても興奮する。なぁ、ロイ、聞けよ。男には二種類居る。女を強姦、したことがある男と、ない男だ。

 俺は前者だ。無理矢理に、させられた仕事だった。俺もまだ若くて、嫌なことだった。俺の嗜好は潔癖だ。女は嫌いじゃないが、セックスの最優先事項は清潔。それを足蹴に、ムリにさせられて、セックスが嫌になって、お前を抱くのさえ、嫌気がさしてた時期が確かにあった、けど。

 だからって別れるつもりなんかなかった。それでお前に嫌われるなんて思いもしなかった。俺は呆れたぼんやりか?その通りだが、こうは思わないか、お前を信じて、無防備だったからだ、って。

 お前の裏切りは効いた。思い掛けない、不意打ちだったから。ざっくりやられて今も治ってない。痛い。

「おもわない、か……、悪い、って……ッ」

 思わない。妻を愛してる。あれは恩人だ、俺に人生を取り戻してくれた。会ったとき、グレイシアはまだ十八で、お嬢さん学校を卒業したばかりで、男知らずの清潔な頬に、ずいぶん長く、抑圧されて殺されてた俺の欲望は疼いた。だから結婚した。

「い……ッ」

 それとこれとは違うから、妻に悪いなんて少しも思わない。嫌がるお前が、可哀想だけどな。

今更遅いってお前は言うが、あの裏切りの後ではとても、お前を追いかけて行けなかった。役立たずの不能のまんまで来られても、お前も困っただろうし信じられなかったろ?

 お前を愛してるよ。

 証拠にこんな汚い床で抱ける。

 俺の、気持ちを、わかれ。