嵐の夜の猫・2
本当は、こういうの、いけないのかもしれない。
と、時々、思う。けど真剣にじゃなくて、むしろ言葉遊びみたいに、心の中で、罪というより幸福を確認するために、繰り返しそのことを考える。
ちょうど女の子が、あたしって悪い女だわ、ナンて呟くのに似てる、自責のフリをした満足の確認。
こういうのって、ホントはよくない。
恋人の寝室に通ううちに、ずるずるべったりの同棲。帰れと言われないのをいいことに居ついて、いつの間にか、ここから出勤するのが日常になった。
周囲にも、いつの間にかそれが認識されて、最近じゃみんなが俺を通すようになった。明日は会議の前に打ち合わせをするから三十分早く出勤してくださいという伝言とか、緊急決済でサインが必要だから目を通して従卒に渡してくださいって書類を手渡されたり、とか。
そんな風にされるのが、俺は実は、嬉しくてたまらない。だってさ、なんか、公認ってカンジがする。退勤する俺の帰る場所があの人の公舎だってことを前提に、みんなに話をされるのが楽しい。
でも本当は周囲が思ってるほど、セックスはしてなかった。だからあの人があくびばかりするのも書類の壁の向うでのうたた寝も、本当は俺のせいじゃない。でも俺のせいだって言われるの、悪い気持ちじゃなかった。
お互いのシフトと疲労の関係で、抱き合える夜は不定期。ヘタすりゃセックスの回数は週一回。でも運がよけりゃ三日連続でヤれる。俺はどっちも好きだった。間があいた後の、バージンみたいにカタくなってる人も、連夜で俺に慣れて、とろっと寄り添ってくれる人も。
あの人が夜勤の夜も、俺はあの人の部屋で、パンツ一枚で、あの人のベッドで眠る。家政婦は昼間しか来ないから、夜勤前に眠ってた気配がシーツにも枕にも残ってて、それを嗅ぎながら眠るのが好きだった。彼のことを考えながら目を閉じて眠って、そうして目覚めると、隣に実物が、寝息をたてて居るという贅沢。
朝日の中、艶やかな髪がシーツに散ってつやつや光ってる。二枚重ねの温かな毛布の下から、形のいい後頭部と肩が見える。クイーンサイズのふかふかのベッドは男二人が眠っても余裕で、広いシーツの波の中、俺に寄り添ってくる彼が愛しくて。
起こすかもしれない、そんな遠慮をふりきってぐいっと、肩に手を掛けて引き寄せる。起こしたら怒られるかもしれない。でも構わない。起きてよ、大佐。そんで、ねぇ。
……セックス、しましょーよ。
もう五日もしてないよ。シフトがあわなくて、一緒に食事も、二回しかしてない。昨日あんたが出勤していく前に、ほんの十五分くらいで、浮気防止にあんたのことだけは慰めて吐かせたけど。
俺はあんたと、抱き合ってないよ。
彼の背中を抱き寄せて、起きたばっかりで元気な俺のを、彼の、腰に、押し当てるみたいに挑発。ぐりぐり、円を描く、セックス本番の擬似の動きで、刺激していた時に。
「……、んー」
息が止まるかと思った。
聞えてきたのは、彼の声じゃなかった。
「あー、朝……?」
俺に背中を向けて眠ってた彼の懐。俺からは、全然まったく、見えない位置から、わりにはっきりした声が聞えて。
「はよ……、ってここ、ドコだよぉ……。大佐……?」
むっくり、起き上がったのは、まだ細いけどもうガキってはいえない歳の、国家錬金術師。ばさばさに乱れた金髪を乱暴に手ぐしで掻きあげて、緩んで落ち掛けた髪ゴムを手にとり、きゅっと結びなおす。
「もしもーし、大佐ぁ、起きろよー。風呂どこ、フロー」
遠慮のカケラもなくぽんぽん、パジャマ姿の、俺の恋人の肩を叩く。サイズのあわないTシャツは大佐のだ。滅多に着ないけど戦闘用のつなぎの下に着込むための、黒の。
触るなよ、ということも出来ないくらい、俺は驚いて凍り付いてた。
「……れ、少尉……?」
そこで、俺にようやく気がついた金色の最年少国家錬金術師が。
「……、はよー、ございまーす」
案外キチンと礼儀正しく、頭を下げて挨拶。
が。
「で、……、ここ、ドコ?」
不思議そうに周囲を見回した。カーテンを開けないままの薄暗い部屋、でも、朝日はその隙間から差し込んで、でかいベッドやふかふかのソファや、酒の瓶とグラスがずらっと並んだサイドボードやらを浮かび上がらせる。
「くー、くー」
相変わらず、俺の恋人は無心に眠っていて。
「ここって、大佐んちだよな。……寝室?」
おうよ、この人のベッドだ。
「……なんで少尉が、裸で居るの……?」
だから、それは。
俺が聞きたい、ことなんだ。
「くー、くー」
大佐、起きて。
俺にせつめー、して、よ……。