熱病
by あき
アニキが倒れた。 というか様子がおかしいのに気がついて、測ったら38度6分も熱があった。
有無を言わせず、ベッドにほうりこみ、缶詰を温めただけのスープと市販の風邪薬を用意して飲ませた。
なにか欲しいものがあったら、呼べよ、と言って、部屋を出た。
頃合いをみはからって、様子をのぞきにいく。
そばにいたいのは山々だけど、オレがいるとアニキは自分のことよりオレを優先させるのがわかっていたから、あきらめた。それじゃちっとも休養にならない。
アニキの熱は過労からくるものか、心の悲鳴であることが多い。それか両方か。
一種の知恵熱なんじゃねーかとオレは思う。
もともと自分に高い評価をあたえていていないアニキは、自分の痛みは無視する。自分の傷より、相手の気持ちを。自分の望みより、周囲の期待を優先させる人だ、なかば無意識に――。
それはオレ相手でも同じで。
いや、オレ相手だと、むしろ確信犯的で。
だから――
一生懸命アニキのキモチをうかがって。 オレだけでも、アニキのSOSに敏感になろうとして。
それでも。こうやって心の軋みに、本人よりずっとすなおな体がヘルプサインを出すまでわからないことのほうが多い。
――今度はいったい何がアニキを追いつめたんだろう?
ベッドのそばのライトを絞ってつけ、のぞきこむ。アニキはよく寝ていた。ただし、さらに熱が上がったのか、頬を赤くしていて、息もすこし荒かった。
その様子は正直、オレの腕の中にいるときにアニキを連想させて、やばいものがあったが、こらえた。
額の髪をかきあげ、汗をふいてやる。 できるだけそっとしたのに、アニキの目が開いた。
「……ごめん、起こした?」
「違う。気持ちいい……」
瞼が力なく閉じられる。そっと髪を梳く。オレのと違って真っ黒のきれいな髪――。
「啓介…………」
「なに?」
額に口付ける。あくまでそっと、軽く。
――アニキ、ずいぶん熱が高い……。
「寒い……」
「わかった。もう1枚毛布か何か持ってくるから」
と、立とうとしたら、アニキの手がオレをひきとめた。
「だめだ。行くな――」
「行くなって、寒いんだろ? アニキ。熱も上がってるし、このままじゃマズイって」
手を外させようとするんだけど、恐ろしく力が入っていて、びくともしない。
「アニキ……すぐもどってくるって。5分、いや3分だけ。なっ?」
「やだ……」
「やだって、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
「やだ」
アニキは両手でオレの片手を掴み、離すまいと体ごとしがみついてる。そのせいで、肩も布団からはみ出してしまっている。
「アニキ……。これじゃもっとひどくなっちまうって。お願いだから離して」
「やだ。離さない」
仕方なく、もとの姿勢に戻った。
つまりベッドサイドに座りなおした。
アニキの体を布団の中へ押し込もうとすると、
「寒い……。啓介、寒い」
「だから言ったろ?」
たった3分の我慢だって言ってるのに、と言外にいう。熱で朦朧とした瞳がオレを見上げた。
「啓介。寒いから……抱いて……」
「…………アニキ」
困った。
アニキがいう意味がどんなものかくらいオレにだってわかる。人肌ってのはあたたかいからな。問題はオレが我慢できなくなるってことで。もうかれこれ2週間近くしてないから。
アニキが腕の中にいるんだ。欲しくなるに決まってる。アニキの状態なんかおかまいなしに。いくらなんでもそこまでひどいことはしたくない。
したくないのに――
「寒いんだ、啓介。暖めて」
「それは、マズイよ……。オレ、我慢できっこねーもん」
2本の腕がオレの首に絡みつく。 「我慢なんかしなくていいから」「アニキ…………」 目元を潤ませて、必死にオレを離すまいとしているアニキを見ていると、それ以上なにもいえなかった。 熱のせいなのか、そもそもアニキの心理状態が普通じゃなかったのか、小さい子供のようにすがってくる姿をみると、これ以上傷つけたくないと思ってしまう。それが最善でないと知りつつも、望みをかなえてやりたくなる。 「抱いて。早くっ」ええい、ままよ。オレも男だ。アニキの布団の中にもぐりこむ。 うれしそうに体ごとねじこむようにしてひっついてくる。 背中をなだめるようにして何度もなでてやる。 肩口に感じる息づかい。 全身で感じるアニキの体温、におい。 やっぱり……ヤバイかも。 ――こんなシチュエーション、無理だぜ、アニキィ〜〜〜。内心のオレの叫びを聞いたかのように。「いいよ、啓介。して……」「えっ?」 「っていうか、おまえ間違ってる。俺が言ったのはそういう意味で、おまえが思ってるような、暖めてって意味じゃない」 「……」 「寒いんだ。中まですごく。……だから暖めて」 熱が高くて力がはいらないくせに、その腕でオレを引き寄せようとする人。怜悧で頑固で、勁いくせに脆いこの人はこんな時でないと、素直に甘えられない。ねだれない。 オレに抱かれて真っ白になる寸前か、意識の手綱を手放したときでしか―― > 傲慢で不自由なくらいの矜持。 まだガキで、この人に守られてるオレにはそれを叩き壊して受け止めてやるだけの力がない。 オレにできることは―― この人を抱く。 それだけだ。最初はやっぱりキスから。 平凡だけど、好きだから。アニキの唇――薄くて形いいそれは、キスすると変わる。濡れて光って、紅くて、男を誘う。 たっぷり濡らして、ついばんで。 その感触を堪能してから、離す。わざと音をたてて。 この人がそんな音にも感じるのを知っているから。 「……あ」 離れがたそうに舌が覗く。 中にきてという誘いは、わざと無視していた。 そうすれば、声に出してくれるから。 いつもならなかなか聞けない言葉も、こんな時ならいってくれる。「啓介、ちゃんとキスして」 ほら。 誘うように開かれた唇から、舌を入れると、アニキのが絡んでくる。 でも素直に相手はしてやらない。はぐらかすように、歯列と口腔を舐めまわす。 オレの髪に埋めた指に力がこもる。 願いどおりにしてやると、さも安心したように、力が抜ける。「……ン……んん、ぁ……」 鼻にかかった声。――甘い。この声を凍りつかせて、2度と消えていかないようにしたい。そうしたらなんどでも味わえるのに。 いったん離すと、どちらともしれぬ透明な糸が、オレたちをつなぐ。「アニキ、熱いよ。ほんとに大丈夫?」 返事はわかっていたけど、一応。「かまうな。いいから。もっと……」 ねだられるままに口付けた。 くちづけながら、パジャマのボタンに手を伸ばす。 おぼつかない手がオレのTシャツをまくりあげようと、邪魔をする。「アニキ……いいから、じっとしてろって。それじゃいつまでたっても外れねーぜ」 言うと、不満そうにオレを見る。 ――わかってるよ。途中でやめるなって言いたいんだろ? Tシャツをひっぺがすようにして脱ぎ、腕の中に戻ってキスを落とす。「これでいいだろ?」 にっこり、うなずくアニキの顔といったら。 いつも見せる妖艶なオンナのものではなくて。無邪気としかいいようのない笑顔。 それでも胸に突き刺さり、熱を孕ませるものには違いない。 ――きれーな、きれーな、オレのアニキ。 アニキの掌がオレの頬をつつむ。アニキのくせ。オレの大好きな。――大切にされてるってのが、ストレートにわかるから。 そのまま確かめるように、指がオレの顔をすべっていく。 頬から額、眉、目のまわりでぐるりと円をかいて。鼻筋、上唇、それから下唇。 口を開けると、長くて繊細な指が差し込まれる。 丁寧に舐めて、しゃぶる。舌を絡めると、それだけでうれしそうに笑う。「脱がせて……」 襟に手をかけると、違うと首をふる。「下のほう……」 言われるままに、脱がせた。全部といわれて、下着も取った。 そのあいだも、指は抜こうとしなかった。「啓介、もうちょっと、左に寄って」 下にいる人に体重をかけないように注意しながら、移動する。なにをする気かと思ったら―― 自分で脚をひろげて、指をつっこんだ。さっきまでオレが銜えていてべとべとになっているそれを。叢のおくのアニキ自身より、さらにその奥に。 オレだけが知ってる、そこに。 キレて、アニキを滅茶苦茶に傷つけたかったときに、自分でさせたことはあったけど、まさか自分からするなんて……。「アニキ…………」「だって、早く欲しい。でもこのままじゃ、無理だろ。だから……」「わかったよ」 手をどけさせて、体を引っくり返す。 うつむけにさせられたアニキが体ごと捻るようにして、オレを見て尋ねた。「どうして?」 だって、こんなに熱がたかいんだぜ。このほうが楽だろ?――というオレに、アニキは泣いて抗議した。 いやだ。これじゃ啓介が見えない。キスもできない。俺ひとりみたいだ、と言って。 まるでだだっ子。 泣く子となんとかには勝てないっていうけど、本当だ。 しかたなくもとに戻すと、目尻に涙をためたままわらった。「ほら、これあてて」 あるだけの枕をとって、腰の下にすべりこます。 ぐっと脚を胸につくほど折り曲げて、ひろげた股のあいだに顔を埋める。 舌先でつついて、舐めて潤す。 その襞の1枚1枚をていねいに。 透明な唾液を注ぎ込むたびに、腰がはねた。 悲鳴とも嬌声ともつかない高い声があがる。 ……はっきりいって、いつもより感度はよくない。だが、そのぶん……。 この人は、恐ろしく敏感で、弱いところをせめると、よがり狂ってしまうんじゃないというくらいの姿態をみせる。ただし、それはアニキのガードがゆるんでるときだけで。たいていはその焔をおさえて、消すために必死にこらえてる――それはそれで、またそそられるんだけど――おのれの性状を恥じているのか、オレがいくら言っても隠そうとする。 でも今日は、反対になにも隠そうとしてない。 奔放、淫奔、淫靡――頭のなかをよぎる言葉に意味はなくて……。 もうほぐれたかと、指を1本さしこんでみると。「ッ、ヒッ………………」 苦もなく呑みこまれた。ひたひたと纏わりつくように内壁が蠢く。 想像以上に熱い――。 中でぐいっと回してやる。 「ん、あぁ……っ」 啼き声とともに、きゅうぅとしめつけられて。いいカンジ。「けー、すけ……もぉ、…………いい、から……」「まだ、だめだって」「……いい、か、……はや……くっ、ふぁ、ああ、ン……」 アニキの顔を見ようとしたら、それが視界に入った。 すっかり形をかえて、蜜をこぼしてる、それ。 舌先で舐め上げた。ぺろんと。まるでキャンデーでも舐めるみたいにして。「ひぁっ…………」 一段と派手に、体が撓んで……、落ちる。 弄ってなだめようとのびてきた二本の手を、拘束する。片手で。 右手はかわらず、熱いナカ。ただし、指は増やして。「じっとしてろって。今日はなんにもしなくていいよ。全部してやるから」 オレの声に、とろんとした目がむけられる。 音は認識したけど、意味はわかってないのがまるわかりだったから、もう一度囁く。 今度はこの人の弱い、耳元で。 ついでに耳朶を舐めて、齧って。「あっ、く……じゃ、は、やく……」 最後に、弱いところを爪で抉るように刺激して、引き抜く。 逃すまいと絡みつく粘膜の感触が、うれしい。 全部脱いじまって、とっくに欲しがって、猛っているものをあてる。 先端がこすれただけで、アニキはよがった。「ん、んっ……」 いくら舐めて解したといっても、指とはそもそも質量が違う。 しかもここんとこご無沙汰だった。 ずいぶんと、突っ込まれて、受け入れるのに慣れたかもしれないが、それでもしばらくほっておくとすぐに閉ざされる。もともとそのための器官ではないのだから仕方ないことなのかもしれない。「アニキ……キツ、イ、力抜いて」「…………ふっ、あ、……っ、ああああああ」 入れるときは一気に。 いくぶん落ち着くのを待って。「いい? アニキ」「うん、熱い……おまえの……」 すうっと細くなった目から、涙? 体ごとすくいあげて、吸い取る。 体勢を急にかえられて、体が瞬間強張って。より深くはいったそれに、啼く。「――っ、んぁ……ヒィィィッ」 のけぞった体から目の前に晒される、突起―― リクエストどおりに、吸い付いた。もっともアニキはリクエストしたつもりなんかないかもしれないが。 赤ん坊がするように、吸う。きつく吸い上げて、唇で揉み、また吸い上げる。それを一定のリズムでくりかえす。 そのたびにオレをつつむ粘膜が、収縮する。 アツくて、きつくて、死にそーな快感。気持ちイイ。「けい、……けい、す……け」「……な、に?」「キス……して」 思うさまキスしてやる。 背中にまわされた、指が痛い。その痛みまでがいとおしい。「動いて。……イきた、い……」 はっきりねだるこの人が、かわいくて。 そっと体を倒し、動く。「……イイ?」「う、ん……。す……ごく……イ、ひぁ、ン、っく……。でも……」「でも、何?」 アニキ、今日のアニキもすごくいいよ。 いつもが悪いっていうんじゃなくて、今日はすなおに感じてくれてるから――「……もっ……と……むちゃ、はぁ、……くちゃ……っ、して――」 言われるままに、抉って、押しのけて、ほとんど引き出すようにして、また入れた。 手加減抜きで抜き差しした。 とぎれとぎれの喘ぎ声が部屋中に満ちる。「ヒアァ……ひっ……っん、あ……イク、イキそう――けい、す」「いいよ。イけよ……オレも、けっこー……やばい」「やだ、ん……いっしょ、が、……ん、んぁ、……いい……」 涙ながして、この人にこんなこと言われて逆らえる人がいるのだろうか。 少なくとも、オレにはできない――。「オッケー。じゃあ」 かれに手を伸ばす。 とっくにしとどに濡れたそれを掌で扱くと。「――ひっ、あああぁぁぁぁぁぁ……」 あっけなく白濁の液をこぼした。 半瞬遅れてやってきた波に、オレも抵抗せず、身を任せて―― アニキの上に、落ちた。 あのままねだられるままに、さらに抱いて。 いつも以上にていねいなオレの愛撫に、アニキは泣いてよろこんだ。言葉にしさえした。 イイ、うれしい、もっと――アニキがこぼす切れ切れの短い言葉が、聞きたくて、なんども言わせた。 結局、3回アニキを抱いた。 最後には失神するようにしてシーツに沈んだ横顔をオレはしばらく見つめていた。 うすぼんやりした照明のなかでも、際立つ美貌。 この奇跡のような人を壊すのは、思ってた以上に、容易なことなのかもしれない。 壊してみたい―― ふと、そう思った。 いつまでもそのままでいるわけにもいかないので、下におりてシャワーで洗い流す。 アニキの体も熱いお湯で絞ったタオルで拭いてやる。 思ったとおり、アニキはスイッチが切れたように眠っていて、起きる気配はまったくなかった。ついでだからシーツも変える。ふだんならここまでしないが、熱のある人を、汗と精液でぐちゃぐちゃになったなかに寝せておきたくなかったのだ。もちろん新しいパジャマに着替えさせもした。 そして。 余分の毛布のかわりに。オレはもういちど、アニキのベッドの中に入る。 ちいさくまるくなるようにして――まるで胎児のようだ――眠っている人を、腕のなかに囲いこむ。 そっと髪にキスする。 何がアニキのなかに鬱積してるのか、気にはなる。 なるけど、それは、後にしよう。 今は、安らかな寝息に誘われて、オレも眠りにつこう。 懐深く、熱い、その人を抱いて。 ***** 目が覚めたとき、まだアニキは眠ってた。 その呼吸が安らかで、熱もだいぶひいたようだったので、ほっとする。 つい髪に手がのびる。ほとんど癖だな、これは。 指にからめたり、ひっぱったりして、遊んでると、くつくつと小さな笑い声。「……啓介、おまえほんとに、そうやって俺の髪で遊ぶのすきだな」「起きたの? ごめん、オレ、起こした?」 顎のしたにある顔を見たくて、体をずらす。「いや。自然に起きた。それより何時だ?」「んーっと、じき3時ってとこか」「そうか。なんかひさしぶりによく寝られた。悪かったな、啓介」 口の端だけの笑みは、もういつものアニキのもので……。「いいよ、そんなの。それより、熱は? 下がった?」「さぁ……だいぶラクになったし、下がっただろ、きっと」
体温計を渡すと、もういいと手をふったが、強引に測らせた。 脇につっこんで、押さえつけて、うるさい口は塞いだ。測り終えるまでそのまま。 もっとも途中から、体温を測らせるためというより、キスしてただけだったけど。 穏やかでやさしい、互いが互いをいたわるキス―― 不粋な電子音に促されて、離れる。「36度8分。まだ微熱があるな……」「もう大丈夫だ。朝まで寝れば、完全にひく」「だ・か・らぁ、そういうこといってっから、倒れるはめになるんだよ、いっつも。ちょっとは学習しろよ」「……啓介、おまえには言われたくないな。なんど踏みつけて壊した? 怪我した? いいかげん片付けろよ、あの部屋」「いーじゃん、怪我してるのはオレで、誰にも迷惑かけてないだろっ?!」 じろっと睨まれた。 ……うっ。そりゃ、アニキには迷惑、かけて……ます。すみません。 わかったんならいい、と視線で返されて。 でもこのまま黙っているようなオレじゃない。「でもさ、アニキだってオレと大差ないぜ。いつも言ってるだろ? おかしいと思ったら、休めって。いくらアニキだって、機械じゃねーんだから、ちょっとは体いたわってやれよ。ほんと医者の不養生を地でいくタイプだよな、アニキって。それから……全然ちがうけど、ついでに、訊きたいことがあるんだけど……」「なんだ?」「自分がさっき何してたか覚えてる?」 聞くなり、その顔から笑みが消えた。じつにさりげなくかぶられるポーカーフェイスの仮面。見事なくらい。 こうなるとアニキは視線をそらしたり、逃げたりしようとしない。 ほんとはそっちのほうがいい。取り繕ってないってことだから。やり方次第で、ひきだせる。アニキ――を。 でも一度かぶった仮面をはがすのは、ほとんど……無理。 今じゃすっかりこの人の一部だから。「確かに熱で朦朧としてたけど、覚えてるだろ?」「……ああ」「じゃあ、オレが何をいいたいのかも、わかってるよな」「ああ」「なら、答えてくれない?」「……おまえだって、俺がどう答えるかぐらいわかってるだろ」 もちろん。ダテに21年もそばにいたわけじゃない。 それでも訊くんだ。そこのところを分かれよ、アニキ。「じゃあ、言うまでもないな」「そういわれて、はいそうですかってオレがあきらめると思う?」「いや」「で、どうすればいいと思う?」「おまえ、それを俺に訊くのか」「だって、オレ、アニキみたいに頭よくねぇもん」「そうだな……、たいていSexに訴えるってのが、おまえの常套手段だが……」 そう。だってオレはわがままだから。 オレはこの人のこととなると、すぐ見境がなくなる。自分でもおかしいくらいにやさしくもなれるし、凶暴にもなる。 でもそれを許してるのは、あんただぜ、アニキ。 あんたが許すから――オレがなにをしても、最終的には許してくれるから、オレはそれに甘えてるんだ。それぐらいオレだってわかってる。「病人相手には使いにくいか?」「アニキがそのほうがいいなら、つきあうぜ」「やめてくれ。せっかく下がった熱が、また上がっちまう」 思いっきり眉をしかめて言う。「そう思うなら、言えよ。――何が、あった?」 腰に跨り、薄い肩をおさえつける。 視線に力をこめて、睨みつける。 そんなものに屈する人じゃないのはよく知ってるけど。「オレはアニキのことなら、なんでも知っておきたいんだよ!」 ぽつりと漏れた言葉が聞きとれたのは、奇跡に近かった。「…………もある」「なんだよ、それ」「……」 だんだんやばい気分になっていってるのがわかる。 湧き上がるどす黒い、衝動――。 なぜなら、アニキの言いたいことがわかったから。 ただのカンだ。でも間違っちゃいないはずだ。「知らないほうが、いいこともある――って、なんだよ、それ……。すると、なにか? オレに知られちゃ、まずいことでもあんだな?」「……」 「そうかい、わかったよ。言わせてみせっからな。……覚悟しろよ」 片頬を吊りあげるようにして、笑った。 我ながら、いい表情だったろうと思う。 獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のような―― 口を割らせる方法はいろいろある。 スタンダードなとこでいうと、痛めつけて苦痛に訴えるもの、俗にいう拷問ってやつ。ただしこれは基本的に却下だ。アニキが苦痛に強いってのもあるけど、それ以上に、オレが傷をつけないですむ方法を知らないから。どこもかしこもきれいなアニキに、へんな傷なんかつけたくない。今度、覚えとくか……。 薬とか催眠術系統のやりかたもあるけど、薬はいま、オレの手元にはないし、催眠術なんか使えない。 弱点をおさえて、脅迫するって手もあるが……。自分で自分をどうしろってんだ? 自惚れじゃない。アニキの弱点は弟のオレだから。 となったら、のこるはひとつ。「――――!」 中指1本だけだ。しかもろくに動かしてない。 それでもアニキの顔が苦悶に歪む。 額にうかぶ汗と目のふちにたまった涙がながれて、シーツに吸い込まれていく。 アニキを苦しめているのは、滾る熱――いつまでも解放されることなく、たまりつづけるだけの。 勝手にはじけてしまったりしないように、タイで前はきつくしばってある。 もちろん、自分で慰めたり、抵抗できないように、手も縛った。後ろ手に。 まえにノリとお遊びでツレと店に行ったときに見つけた、それ。男性用、女性用、両方とわけわからない区別で3種もあって、おもしろがって全部買ったやつ。 催淫剤、いわゆる媚薬とよばれるもの。 アニキのなかに塗りこんで、その指をそのままなかに含ませているだけ。 ときおり揺らすだけで、派手になき、涙をこぼし、隠し切れない欲に肌が染まっていく。 どんな女より、オレを興奮させる媚態。 嬌声とともにつきだされる部位は、口で虐め抜いた。 でも、すっかり実って形をかえたかれとその奥にある花園にはろくな愛撫をあたえなか
った。 それでもタイは彼の蜜で濡れ、見るも無残になってる。もう使えないだろう。 いい。オレのじゃなくて、アニキのだし。 そんなに大した効果は期待してなかったのだが、馬鹿にしたものでもないようだ。 肩にかつぎあげてる片足の脛に、唇をすべらす。「ヒィ、ァ……!」 抑えきれずにもれる声は、半分かすれて音になってない。 もうさっきからずいぶん啼きつづけているからだ。「なあ、アニキ、何があったんだよ? 話せよ」「……け、い…………」「なに?」 掠れて聞きとりづらいから、口元に耳を寄せる。「も……ぉ、だめ…………」「……」「ど、ぉ……にか……」「してほしかったら、話せよ。そんなに隠されると、よけい知りたくなる」 吐き捨てるように言った。 最初はアニキを気遣って、知りたいと思った。 今じゃ許せないから、知りたいと思う。 アニキがこれだけ隠すってことは、それだけの意味があるってことだ。どうでもいいことなら、こんなに抵抗しない。 そんなにオレに知られちゃマズイことをアニキがかかえこんでる、ってだけで腹が立つ。許せない。 オレは独占欲の塊なんだよ。 アニキに関しちゃ、オレ以外のものなんか認めない。 例外はFCだけだ。車はオレもわかるから。「オレは、アニキが好きだから、アニキのことなら全部知りたいんだよ」 もどかしさのままに乱暴に指を動かす。 それさえもアニキにはたまらなかったようで。「ア、ッ……イヤァァァァーーー」 最後はかすれて、ほとんど無音にちかい。 のけぞった細い顎に舌を這わす。 わざと触れるか触れないかのぎりぎりで。 きれいな睫毛がぴくぴく動いて、悲鳴の代わりに涙をもらす。「さっさと吐いてラクになろうぜ。そんで、ふたりでたのしーことしようよ」 息があがってる。 かなりつらそうだ。それなのに――「おま、え……だって……」「……」「隠して、るこ、と……くら、い、……ある……だ、ろ?」 思わず頬を張ってた。 力を加減できただけ上出来だと思った。「この……この…………」 怒りのあまり、声にならない。 ――オレの話をしてんじゃねーよっ!! そんなに隠したいことなのかよっ。 いらついた気持ちがそのまま自分でも予期していなかった台詞になってとびだす。「――――男か?」 われながらオレの声じゃないみたいだった。 低く割れて、ひきつぶれたような声。 どうもアニキには聞きとれなかったようだ。もう一度繰り返す。 だって、ほかにアニキがここまで必死になって隠したいことなんて思いつかない。 こんなツラとカラダをしてるんだ。もててあたりまえ。 昔はそれでも氷のように凍てついてて、誰もよせつけなかったのに。オレとの関係がはじまってから、妙に色気がでてきた。メシを食ってても、ただFCにもたれているだけでも、なにをしてても滲み出る、淫らなくらいの艶やかさ。 背中から尻にかけてのラインなんか、ゾクソクするくらい。 昔以上に視線を集めるようになったのは当然で。 しかもアニキはそれをおもしろがって煽るようなことをする。オレがやめろって言うとその場ではわかったというくせに、いっこうにやめようとしない。 アニキにオレ以上の男ができたら―――― 今まで考えたこともなかった。 どんなことをしても、されても、オレのいちばんはアニキで。 それはアニキにとってもかわらないと信じていたけど……。 ……いや、そんなことはありえない。 それならもっと簡単だった。オレたちの仲は。 ただし、オレ以外の男――っていうなら、十分ありえる。 アニキはゆっくりと首をまわし、オレの目を見据えて「そうだと言ったら……」 急に明瞭にいった。 ――――ドクン!! 目の前が真っ赤になった。 すぐには口が動かなかった。「…………もし、そんなことだったら、アニキも相手も殺してやる……」 奥歯を噛みしめて、搾り出すようにいう。「いや……、アニキは殺さねぇ。足の腱切って2度と歩けないようにして、オレの奴隷にしてやる。嫌とは言わせねー」「……」「――そうなのかよ? アニキ」 追いつめて問いつめてるのはオレのほうのはずなのに。なぜだろう、さっきと立場が逆転しているように感じられるのは。この場の主導権を握っているのは、アニキのような気がするのは、オレだけか――? 右手もアニキの中から出して、2本の腕で、肩を揺する。 ほんとは胸倉をつかんでやりたかったけど、裸じゃ掴めっこない。 すると、アニキは微笑いやがった。 ――嫣然と、誘い込むようにして。 バカな顔さらして、見蕩れるオレの目の前で、小さく口をひらく。 見せつけるように、赤い舌がその唇を濡らして輝かせた。 我慢、できなかった―― オレの負けだった。「…………っく、しょう」 声にならない声とともに、アニキを突き刺す。 そのままメチャクチャに、動かす。 なにも考えてなかった。 目をつぶって、何も見えないようにした。 ただ苛立ちと憤りをそのままぶつけているだけ。 それでも体は正直に快感をひろってくる。「……ち、……しょう、……どーし、て、……だよ」「なんで……なん、だよぉ……」 情けないことに、涙まで滲んできた。「啓介……」 無視した。「ん、あっ、俺……を、見て」 もいっかい無視。「お願いだ、から、……ん、んん、け、いす……俺を、み……て」 見ちゃダメだ、アニキの手にのるだけだ、とわかっていたけど、目を開けた。 喘ぐ声がいつになく必死に呼びかけていたから。 ふわぁと顔中にひろがる微笑。「けー、すけ、誰が……そうだって……はぁ、ン……言った?」「……」「俺は、そうだ……とは、っ……言ってない、ぞ」「だって……」「そうだとしたら――と……、言った、だけ」 思わず、動きをとめた。 そうしたら、「あ、……やめるな」「そんなこと言ったって、気になって集中できねぇ」「薬まで使って、さんざん苛められたんだ。俺のほうが優先だろ? 1回でいいからイかせてくれ。もう……正直、限界だ……」「そしたら、話すか? 全部?」「ああ……」「約束だぜ」「わかってるよ」 いったん引き抜いて、アニキの体を起こし後ろを向かせて、手を縛っていたパジャマとそれにタイも取る。そのままバックからいれた。 ちょっといいところを擦るようにしてやるだけで、よかった。 それだけだとオレが中途半端なので、最後まで突き進んだ。 アニキは、もう1回なくハメになった。「で、どういうことなんだよ?」 オレはまだ入ったまま。 アニキはすごく気になるようだったが、かまってられなかった。「俺に啓介以外の男なんかいないよ。いるわけないだろう」 体をねじってオレを見ながら、言う。「じゃあ、なに隠してるんだよ?」 ため息。「……啓介、おまえな、女と別れるの、もう少し上手くなれ」「どういうこと?」「このあいだ、押しかけてきたんだよ、おまえの『彼女』が」「――――!!」 心持ち「彼女」に強調を感じたのは気のせいじゃないと思う。「ちょ、ちょっと待って……」 アニキの腰をうかせて引き出し、こっちを向かせる。アニキは逆らわなかった。「おまえに女がいることくらい知ってたし、見たことだってあるけど……」「…………アニキ」「まあ、な、俺だけ相手にしてたんじゃ、おまえのほうは欲求不満になるだろうし、かといって俺が全部相手をしてたら、俺がもたないしな。それでもいいか、とは思ってたけど……」 アニキらしくない笑み。 力ないというか、はかなげというのか。「でも、俺にその尻拭いをさせるのだけはやめてくれ」「……ごめん」「知ってても、けっこう、ショックだった……」「ごめん……ほんと、ごめん」「いいよ、べつに…………」「それ、いつ?」「ん?」「その、女が来たのっていつ?」 目が伏せられる。「2週間ぐらい前、かな」 ちょうどそれくらいから、だよな。アニキとしてないのは。 実習だ、レポートだといつも以上に忙しそうで、ピリピリしてたから、オレも手を出せなかったんだけど……。 過労とストレス。 アニキの発熱の原因は――結局、オレ……か。「ごめん、アニキ。ごめん」「いいよ、もうすんだことだし……」「もう女なんかつくらないから」「……そんなことしなくていいよ。ただできれば俺の見えないところでしてくれると、うれしいかな」「……」「男なんだし、女を抱きたいって思ったって、なんの不思議もないよ。俺だって男だし――そのへんはわかるよ。だって俺も啓介も男が好きなわけじゃないからな。無理はするな」「アニキ……それほんとに恋人にいう台詞かよ」 ムカつくぞ。 ふつう浮気はするなっていうもんだろう?
俺にはアニキ相手に言えない台詞だ。「仕方ないだろう。俺は現実的なんだ。啓介とは兄弟で男同士で、ただでさえ不自然なんだ。自然にできるところは自然にしておかないと、壊れてしまう。俺はただ俺から壊したくないだけさ」 言いたいことはわからないでもないような気もするけど……。 オレには理解できない思考回路だ。 オレの表情を読んだのか、アニキが髪をくしゃっとする。「ほら、啓介には理解できないだろう? だから言いたくなかったんだよ。おまえを傷つけたくもなかったし……」「……」「納得できないなら、それでもいいさ。でもこれだけは覚えててくれ」「……なに?」「啓介は啓介のままでいてくれたら、それでいい」 オレの肩に顔をうずめて、言う。「俺を壊せるのは啓介だけだから」 ぎゅうっと腕に力がこめられて「啓介になら、壊されてもいいから――」 オレにできることはただ抱きしめかえすことだけだった。 ふたりして、そのまま抱き合ってた。 閉ざされた世界にも、朝の光がさしこんでくるまで。 Fin