中座敷の宴会があって、それから三階に行ったとき。
「……なに、してるんだ?」
部屋にはヘンなにおいが立ち込めていた。ヤな匂いじゃないけどちょっと甘い。そう、ちょうどお祭りの縁日で、カルメ焼きを作るとき、みたいな……?
ふふんと、俺を見て京一は笑う。その手元には火鉢。最近は寒くもあるし、こいつが熱燗を好きなせいもあって、火鉢の火は絶やさないようにしている。そこに小鍋なんか、かけてナニ、してる?
まさかこいつがカルメ焼きなんか、作ってる筈はないよなと思いながら小鍋の中をみると、薄茶色の液体が入っていた。けっこうドロドロ、してる。底に沈んでいるのは、魚の骨みたいな形の、それ、ナニ?
「膠」
名前を教えられても、なんのことだか分からない。京一はゆっくりと鍋を回す。湯の流れにつれて骨みたいなのが溶けていく。寒天、みたいなものなのか?よく分からないけれど。
鍋の底が煮えて、ぶくぶくあぶくをたてはじめる前に、京一はそれを火鉢から外す。俺は構わず丹前を羽織った。京一が呑みなおすつもりだと思ったから。明日は日曜日だ。ゆっくりできる日は時々、夜半まで、二人でそれこそ小鍋なんかつつきながら、酒を飲み交わすことが、あった。
でもその夜は、そんな気じゃなかったらしい。
「横になれ」
言われて俺に否やはなく、羽織ったばかりの丹前を脱いで寝床に横たわる。京一はすぐ横に来た。小鍋に掌を当ててなんだか温度をみてる。……え?
な、んだよ、その助平笑い。
なに考えて……、ちょ……ッ。
膠、というのが。
動物の、主に牛の、皮や骨を煮た汁を固めたもので、とてつもなく、ねばくて。
雪駄の張り合せや、弓弦を捩る、ことなんかに使うことを、俺は知らなかった。
中でも極上の三千本、と呼ばれるそれは沸騰直前の湯で溶かされて、岩絵の具の粉末を混ぜて日本画の画材になる。ご隠居、と呼ばれていた、もう亡くなった京一の祖父は趣味人で絵を描き、お気に入りの孫だった京一はよく、膠を煮る手伝いをさせられていたらしい。どうりで、小鍋の扱い方が手馴れていた、筈だ。
もっとも京一には絵を描く趣味はない。祖父に鍛えられてか達筆で、時々、そっちの練習は続けてるらしいが。
褥の上で、俺は身体を捩じらせて、逃げようとしたけれど。
「じっとしてろ」
囁かれ、押さえつけられる。小鍋の中には絵筆。そうして絵筆の先にはたっぷりと、まだ熱いような透明の膠液が含まれて。
「ウゥ……、う……ッ」
俺は敷布の端を噛み締めた。声が漏れるのを押さえきれない。ナンて真似、しやがる……ッ。
正攻法しか知らない、不器用な男。
寝床の外では、だ。
中では百戦錬磨の、かなりきわどい遊びも知っている奴だった。
粘つく、膠を筆に、含まれて。
肌を辿られる。
透明なそれは、筆でなぞられるたびに、俺の皮膚に糸を引いて。
「ヒ……ッ」
膠が冷めて塗りにくくなったらしい。京一は一旦、小鍋を火に戻した。びくびくしながら、俺はそれを見守った。絵筆が用意されている。刷毛も、細い面相筆も、あった。
「なに、びくついてる」
「……ヤ」
「ほら、出てこい」
「い……、やだ……、ぁ」
小娘みたいに俺が脅えるのを、面白がられて、いると分かったけど。
「やめて、ヤメ……ッ」
体中を筆が這う。びくつく敏感な場所にはいっそう、丹念に。腕の内側にわき腹、体側の弱みが終わると今度は胸元。よがり狂わされて、狭間を。
「……ヤ」
俺は脚を閉じた。逃れようと暴れる。男は俺を横向けて、片脚の上に乗って、もう一方をぐっと折り曲げた。
晒される。ヤワな、秘密。
穂先の揃った上等の筆が辿っていく。……苦しい……。
「めて、や……、め、て……。なぁ、も、全部、書いた……、ダロ……」
「さてな」
口元で笑いながら、男は悪戯っぽい、愉しそうな顔。
この顔に、俺は実は、弱い。
なんか、なんだか、喜ばす、ためなら。
何でも、してやろう、って気に、なる。
「肝心の場所がまたじゃねぇか?」
腰を捉えられ、ながら低い、声で囁かれて。
「……れは、……が、イイ」
筆なんかじゃ嫌だ、と。
言った言葉は、嘘じゃなかった。
筆はイヤ。お前がいい。
皮膚の、下には……。