起きている時間の殆どを抱きしめられて過ごした。

「も……、ヤダ……。イテェ……」

 オンナはすぐに泣き言を口にする。意地っ張りで強がりの気性だが、セックスに関しては自分が『弱い』ことを知っている。海千山千、業界の美女たちと浮名を散々、流してきてドン・キャバッローネには、とてもかなわない。

「ヤりたく、ねぇ。眠らせてくれよ」

 憔悴した様子は演技ではない。馴染みの無い種類の疲労にやつれた目の下が青い。柔らかなニット素材のワンピースを部屋着にして、ベッドの上に座り込んでいる銀色の鮫は、跳ね馬に手を伸ばされてビクッと肩を竦める。

「スクアーロ」

 その怖がり方が可哀想で、跳ね馬は抱きしめたまま動きを止める。オトコの腕の中で銀色の鮫は大人しくじっとしている。従順を示して施しを乞うやり方はマフィアらしかった。

「オマエに苦しそうにされるとオレも辛い」

 胸に頭を抱きしめて銀色のさらさらの髪に顔を押し当てた金髪のオトコが告げる、言葉に嘘はない。

「痛めつけたいんじゃないんだ。本当はオレだってセックスはどうでも、よくはないけど、我慢したっていい。オマエが愛してくれるなら」

 それも真っ赤な嘘という訳ではない。この銀色の身柄を手に挿れてから何日も、男は彼女に触れずそっとしておいた。事態の進展次第では無傷のまま帰すつもりだった。

「後悔してたんだずっと。もっとしとけば良かったってことと、いっそ、しなきゃよかったって……、ずっと」

 願いをかなえる条件に抱けよと言われてふらふら食いついた後で、歪な形ながら友人だったことさえ否定されて、ずっと。

「ひとりで眠りたい」

「そうだな。オマエがオレに馴染んでくれて、子供を産んでくれたら寝室は別にしてやるさ」

「手ぇ離して、くれよ」

「離してもちゃんとここに居るか?」

 沢田家光の訪問によって所有権を譲られた後も、だからといってすぐにベッドに侍らせるつもりはなかった。なかったつもりが、なってしまったのは、パニックを起こしかけた銀色の鮫がキャバッローネのビルから出て行こうとしたから。『保護』された場所から出れば加害されるだろうことを、予測していた跳ね馬は行かせたがらず、揉めた過程で、こういうことになった。

「……」

「まだオレのこと好きになってないだろ」

「……ヤられるたびに、イヤんなってくぜ」

「ボンゴレにはもう戻れないんだオマエ。アイツとの火遊びは忘れろ。追放だけじゃ、済まなくなっちまう」

 ボンゴレという組織はクラシックで、マフィアの酷さも美しさも蜜も毒もたっぷりと含んでいる。未来のボンゴレ十代目、あの御曹司の将来の為なら構成員の一人二人、夜の海に流して平然としているだろう。最初から居なかったことにされてしまう。

「オマエは特に、敵が多いんだし」

 御曹司の側近として、その敵対者たちと火花を散らしてきた。敵対者というのは外部の敵ではなく九代目の甥たち。大ボンゴレの後継者争いは熾烈で、冗談抜きで、命の遣り取りだった。

 それには勝ち抜いてきた。けれど。

「ウサギが居なくなったら猟犬は煮られる。お前の骨付き肉がパーティーのテーブルに並ぶのを見たくは無い」

 こんなに愛しているオンナがむざむざ破滅に向かうのを、どうして眺めていられるだろう。

「オレの方がオマエのことを幸せにしてやれる。正式に結婚するし、組織のドンナにする。贅沢させてやるし子供も産ませてやれる。剣帝を目指す勝負にも後援を惜しまない」

「それで恩売ったつもりかぁ、跳ね馬ァ」

「オマエが迷惑だっていうことは分かってるさ」

 許されない相手を銀色のオンナは恋しがっている。だってそれが主人だから。結婚したいと思った事はないし栄華を求めたことも一度も無い。

「分かってるけど止めないぜ。アイツはオマエを置いていった。それでもう、オレには許せない」

「カンケー、ねぇだろ、テメェには」

「欲しくてたまらないものを目の前で粗末にされて黙っていられるほど腰抜けでもないんだ」

「なぁ、も、頼むから、ヤメロぉ」

「アイツには、オマエの愛情を受ける価値がない」

「ンなのは、オレが決めること……、イヤ……ッ」

「力を抜け、スクアーロ。イヤだと思ってるから苦しいんだ」

 細いカラダをシーツに押し倒して組み敷く。オンナは嫌がってかぷりを振るけれど反撃はしてこない。

「可哀想に」

 心の底から男はそう言った。

「ボンゴレはもう、オマエを棄てたのに」

 なのにオンナはまだボンゴレの命令に逆らいきれないで居る。同盟ファミリーのボスに怪我をさせれば上層部が煩く、自分の不束が『ボス』の失点になってしまうから、言葉以外では逆らいきれないでいる。

「イヤ……、やぁ……」

「オレ以外を恋しがるな。可愛がってやるから」

「いや……」

 与えられる快楽は極上。業界内外の美女たちをことごとく虜にしてきたセックス。けれどオンナはそれを歓ばない。キスの雨を全身に降らせて肌を潤ませた後で、狭間の花びらに顔を埋めるようにして、恥知らずな愛撫を与えられて。

「ん、ぅ、ア……」

 快楽は感じる。ビクビクン、とカラダは跳ねてしまう。発情にあわせて分泌された蜜がオトコの形のいい鼻先を濡らす。足掻く肌がうっすらと上気して透明感を増す。

「ん、ん、ん……、ふ、ン……」

「うん」

「あ、ヤ……、歯ぁアテん、なぁ、イヤ……」

「見た目ほど淡白じゃないよなオマエ」

 美味しそうな音をわざとたてて、オトコが潤みを啜る。吸い付かれる感触にオンナは悲鳴を上げた。イヤ、いや、と。

「褒めてるんだぜ?感度はイイし、濡れっぷりも上等だ。いい匂い、する」

「喋る、なぁ……ッ」

「ごめん」

 オトコは意地が悪い。花びらとクリトリスに接したまま喋るなとオンナは訴えたのに、真面目にちゃんとするよと、わざと曲解して、指先でそっと花びらの根元を押さえ、舌で捲って内側を舐めた。

「ヒィ……ッ!」

 露骨過ぎる刺激に悲鳴を上げて銀色のオンナが暴れかける。その膝をぐっと押さえてオトコは抵抗をさせない。ツボを心得た扱い方だった。嫌がる声も途切れ途切れになって、やがて。

「……、ぅあ……」

 終末が近づく。

「ん」

 跳ね馬は顔を上げた。濡れた口元をオンナの真っ白な太腿で拭い、満足そうに目を細める。オンナの肌を味わいながらカラダを滑らせて、震える唇にキス。

「ふ……、ぅ、う……」

 ほろぽろ泣きながら、オンナは確かに、ちゅっと吸い返した。重ねられた唇を。

情熱的なくちづけの最中、ほんのかすかなリアクション。それが幸福でどうしても欲しくなって、過酷な愛撫でヨガリ泣かせることを止められない。だって抱きしめると抱き返してくれる。逆らえない強者に対する従順の仕草であっても夢のよう。

「なかに、いさせてくれ」

 やがてオンナが果てる瞬間を、オンナの内部に沈みながら味わいたいと予告して繋がる。しとどに濡れたオンナの粘膜はオトコを優しく柔らかく包み込んだ。

「ァ……」

 吸われて充血した唇から漏れる声にも苦痛の色は無い。むしろ心地よさそうな満足の気配がある。

「……うん」

 オンナの反応をオトコは喜んだ。うっとりするほどの満足感は他では味わえない陶酔。自分はコレを好きなのだと改めて自覚する。欲しくてたまらないのだ、と。

「あ、ァ……、ぁ、あ」

「死にそうだ、オレも」

 しびれるような快感が全身を満たしてゆく。腕に抱いたオンナの花弁の内側に包み込まれながら、洞の深い場所から溢れる蜜の暖かさを堪能。幸せで死にそう。

 惜しみながらも耐え切れなくて、オトコがゆっくり動き出す。逞しい楔に擦り上げられ、嬌声に近い声を漏らしながらオンナがオトコの肩に腕を廻す。縋りつく。生身の右腕と義手の左腕の、どちらの重さも、オトコには死にそうに嬉しい。

いい加減もう限界だったオンナが細い声を上げて痙攣し、そのまま脱力した。くたりとオトコの腕の中で力を失ったカラダは二度三度、最後の蜜を溢れさせ、楔を包んで、花弁の隙間から滴る。

「……」

 感激と感謝を伝えたいけれど、それを現す言葉を見つけきれずに抱きしめることしか出来ない。こんなに愛していることをどうしてこのオンナは分かってくれないのだろうかと、そう思いながら。不幸になるのを見るくらいなら嫌われても憎まれてもいいと正気で思うほど愛している。

「ん……」

 愛撫の刺激に翻弄されて発情の証、いわゆるところの、潮、を、満ちさせられた女体は動き出したオトコに柔らかく添う。

「ちゅ。……、ちゅ、っ」

 花弁と粘膜と幸福に包まれながら、オトコはオンナを抱きしめながら、顔中にキスを繰り返した。

 

 

 絡み合い抱き合いながら与え合った熱が冷めてしまえば。

「スクアーロ」

 悪態をつく余裕もないほど疲労困憊のオンナが可哀想で。

「明日、オレが帰ってきたら、抱きしめてお帰りって言ってキスしてくれ。……頬でいいから」

 疲れすぎて眠りにくい様子のオンナを抱きしめながらそんなことを言った。オンナが眠るまで待っていようとしたのだが、オトコも疲れていて、オンナが返事をしたのかどうか、よく分からなかった。

 

 

 そうして、結局。

「テメェッ!」

「ごめん」

 オトコは嘘をついた。

「二度と信じネェぞ、二度と、ッ!」

「ごめんな。……ごめん」

 せっかく優しくしてくれたオンナを、裏切りたくて、そうしたのではなかった。

「とまら、ないんだ。ごめん」

 欲しい。恋しい。選別された欲望は既に意思ではないのだと、オトコも思い知った夜。