終わった、と思ったらしく手足を引き寄せ、起き上がろうとするオンナは本当に愚か。

「……」

 どん、と。

 ナニを言うのも馬鹿馬鹿しくなって、御曹司はオンナの肩を突き飛ばす。不意にそうされて仰向けに、背中からシーツに戻されたオンナは、見上げる視界の中でシャツを脱ぐ、若いオスの仕草に驚愕して。

「……、ぁ」

 おびえて、後ずさる。

「なんだ」

 なにを今更、という表情で御曹司が尋ねるのに答えず、オンナはベッドからすばやく降りて、逃げ出そうとした。

「おい」

 散々に啼かされた直後の力の抜けたカラタでなければ、その動きを押さえつけるのは不可能だっただろう。

「なにしやがる」

「こっちの、台詞だぁ、離せぇ、ナニする気だぁ」

「ヤルに決まってるだろうが」

 スラックスのベルトを脱いで下着まで脱ぎ捨てた自分と、さっきから全裸のオンナがベッドの上で、ほかにすることがあるのかという馬鹿にした声で、それでも御曹司は、ちゃんと返事をした。

「ジョーダン、抜かせぇ!ヤだぜぇ、オレは!」

「あぁ?」

 オンナの拒絶に御曹司が額に血管を浮き上がらせる。いまさらこいつは何を言っているのかと呆れ怒りながら押し倒そうとするが、仰向けの不安定な姿勢のくせに掴まれた手首を力点に肘を張って、銀色のオンナは御曹司の思い通りにはならない。

「テメェ……」

「見せて触らせて、やるとは確かに言ったけどよ、ヤらせるとは言ってねぇぜ」

「聞いた」

「言ってねぇ」

「腰が揺れた」

「反射だぁ。塞いでくれたぁ言ってねぇ」

「聞こえた」

「幻聴だぁ」

 同盟ファミリーのボスたちでさえ怯む御曹司のマジ顔を目の前数センチで見せられて、ほんの少しも揺れない銀色のオンナは見事だった。

「なんで、嫌だ?」

 アレにはヤらせたくせにと、喉まで出かかった言葉を御曹司は、棘だらけの毬栗を飲み込むような気持ちで胸の奥へ戻す。

「ボンゴレ御曹司に、手ぇ出す度胸なんざないぜぇ」

 思いがけない返答をされて。

「……@A?」

 いつもと逆に御曹司が濁音の疑問符。

「オマエみたいな箱入りに手ぇなんか出せっかぁー、チョン切られちまうだろうがぁーっ!」

「切られるモノなんざついてねぇだろ」

「バカヤロウ、アルんだよ。アラブの女の試練になっちまう。手ぇ離せぇ」

 ボンゴレからの懲罰を本気で恐れているらしいオンナに。

「……オレがやりてぇんだ」

 御曹司は怒りを納め、やや柔らかい声で告げた。

「通じる理屈かよ。側近なくしたくなきゃ手ぇ離してくれ。オマエのオヤジはオマエにゃムチャクチャ過保護だろ。こんなのばれたら、腹が破れるまで蹴られて殺されちまう」

「……」

 銀色のオンナの危惧が本気に聞こえて御曹司は戸惑う。

「オマエはそーゆー、立場の若君なんだぁ。なぁ、頼むから、殺さなねぇでくれよ。離せぇ」

 嘘には聞こえなかった。だから掴んでいた手首を離した。ほっとしたオンナがもう一度、起き上がろうとカラダを起こしたのを。

「うわ……っ」

 腕後と抱きしめシーツに押し倒す。

「イヤ、だって……、オマエの気まぐれに命はやれねぇよッ」

「気まぐれじゃねぇ」

「離せぇ、ばかやろ……、うわ……」

「最初のオンナはテメェがいい」

 と、ずっと思っていた、と。

 若い御曹司の蛇の頭を、硬く充血し起き上がりつつある欲望をあわせた太腿の内側に押し付けられ、悲鳴を上げるオンナの耳元に囁く。

「イヤだぁ、こえぇよぉぉー」

「オレがイヤなんじゃねぇな?」

「オマエがイヤなんだぁ。天下のボンゴレ御曹司様に食いつく度胸なんざねぇってぇ」

「黙ってりゃ分からねぇだろ」

 二代目剣帝になることが決まっているも同然のこのオンナが実は処女ではなく、初めて居の相手がドン・キャバッローネである事実を、知らされた仲間しか知らないように、黙っていれば分からない。

「この世で最初に触る女が娼婦なのはイヤだ」

 と、言う御曹司の台詞が贅沢な我侭だとは銀色は言い切れない。強面だが繊細なところのある少年が、それを本当に嫌がっていることをよく知っている。嫌がっている理由も察していない訳ではない。母親に対する嫌悪と、その嫌悪する娼婦の腹から自分は生まれたのだという劣等感がぐちゃぐちゃに混じって、らしくなく、本当に辛がっている。

「最初はテメェがいい」

 抱きしめられて。全身で口説かれて。

「テメェがいい」

 それでもイヤだといい続けられるほど、銀色のオンナは嘘つきではなかった。

「……ジジィの方も、ちゃんとしろよぉ?」

 オンナの方も、ずっと愛してきた。八年も側近を務めては居ないし、カラダを投げ出して庇いはしない。

「ああ」

「ゼッタイ、誰にも、言わねぇでくれよ?」

「わかった」

「あと、よぉ……」

 御曹司の掌に太腿を撫でられ、促されるままに開きながら。

「別にオマエ、オレを好きなんじゃねぇ、よな?」

 そんなことを尋ねてくるオンナを、若い御曹司はまじまじと眺めた。縋りつくような目をして、自分に向かってカラダを開きシーツの上で受け入れる姿勢をとりながら、そんなことを尋ねてくる意図が分からない。

「プロで初体験が嫌なだけ、だよな。素人のメスがオレしか居ないから、だよな。……な?」

 覆いかぶさる御曹司を抱きとめる右腕は優しい。狭間は潤んで、自分を欲しがる若いオスを受け入れてやろうとほころびかけている。そんな状態で何故、愛されていない言質を求めるのか。

「たまたま、だよ、な……」

これからのことが、少しでも罪にならないように、か。

「……」

 御曹司は返事をしなかった。けれども覆いかぶさりながら唇を重ねたのは、言葉よりも返事になっていたかもしれない。本能に導かれるまま、愛おしいオンナを抱きしめると肉体は自然に動き出す。

「あ……、ふ……」

 抱かれるオンナは素直な声を漏らす。愛撫を受けた場所に若々しい楔が打ちこまれて、満たされていくのは確かに快楽だった。普段は人嫌いで権高で、馴れ馴れしい態度を側近たちにさえ許さないボンゴレ御曹司と、素肌を重ねて頭を抱いているのだと思うと、なんだか。

「……、は」

 幸福を感じた。カラダの中で若い御曹司が脈打つのが分かる。馴染むのを少し待ってくれて、それからゆっくりと動かされる。ゆっくりなのは最初だけ、すぐに激しく、突き上げられる。

「あ、ぅあ、あ……ッ!」

 動きに合わせる余裕も与えられない、質実剛健な抱き方だった。気性に相応しいと思う余裕もなく渦巻く波に呑まれた錯覚の中、もちくちゃにされながらオンナは征服されていく。呼吸さえキスに奪われて、カラダを貪られる衝撃に必死で耐えていた。苦しいけれど、幸福でないことはなかった。

「……あ、ン」

 深い場所で、若い御曹司の熱を受けて。

「はぁ……」

 たまらない、という感じで御曹司がこぼした声を耳元に受ける。聞かされたオンナもたまらず、自分から頬を寄せた。生身の右手で崩れてくる背中を抱いてしまう。もう誤魔化せない。ずっと前から傲岸な御曹司を愛していた。過酷な生存競争に晒される子供とともに戦ううちに、仲間意識が深まりすぎて、愛情になってしまった。

「……」

 オンナの正直さを御曹司は喜ぶ。初めて女を抱いた疲労の中、掌を動かし髪を撫でてやる。カラダは繋がったまま暖かさを堪能。重ねた胸の柔らかな膨らみが気持ちがいい。ツンと固く尖った乳首が当たって、思わず口元を緩める。

「んー……?」

 御曹司が笑った様子に気づいたオンナが、なんだよと尋ねる。子供の頃からの付き合いで、声の音程だけで会話が成り立つ。

「かたち、変わってるぞ」

「あー。こーふんしたからなー」

「興奮すると胸がふくらむのか?」

 そういうものなのかと、不思議そうに尋ねる御曹司の、意外な無知が銀色のオンナには面白かった。

「みたいだぜぇ。オマエもそーだろぉ」

 この御曹司に初めてものを教えたような気がする。掌でそっと押さえられてズキンと、胸の置くまで走った痺れは、今度ははっきりと快感。

「ん……」

「イイのか?」

「……うん」

 嘘はつかずに本当のことを答える。抱かれて張り詰めた胸は御曹司の愛撫を気持ちのいい刺激として受け取った。その反応が面白かったらしい御曹司は、掌だけでなく唇も使って愛撫を繰り返す。

「ちょ……、おい……」

 銀色のオンナが足掻く。暖かくなってきたことに勿論、カラダを繋げたままの御曹司は気づいている。このままもう一度。そのつもりで、可愛がっている。

「オマエ……、本番でタマ切れるぞぉ……」

 嫌ではないが疲れているのに、という風情でオンナが憎まれ口を叩く。

「こっちが本番だ」

 あっさり告げられた台詞に、泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

 疲れたオンナが眠ってしまったのをベッドに残したまま、御曹司は立場上の経験を果たしに客間へ出かけ、そして帰ってくる。

「……」

 毛布の下でオンナはまだ眠っていた。疲れ果てている様子に、男は起こさず、そのまま眠らせてやる。部屋に泊めたことはバレルかもしれないが、この夜半に帰したところで、同じのような気がして。

 広いベッドは二人の人間が並んで眠るのに不自由がない。一緒に眠るのは、実は初めてではなかった。子供の頃、癇の強い子供は時々熱を出した。その都度、このオンナは添い寝して、夜中に具合が悪くならないように見ていてくれた。

「……」

 オンナは少し悲しそうな顔で眠っている。その表情が男は気になった。自分と愛し合うことを真剣に怖がっていた。この豪胆なオンナが怯えるのを見たのは初めてかもしれない。

「……」

 伝えたいことがある。伝えて、もっと安らかな顔で眠らせたい。けれど、どういえばいいのか分からない。とりあえず隣に横たわり、細いカラダを抱き寄せて毛布の上から抱きしめた。

「ん……」

 意識のないオンナは暖かさを求めて大人しく腕の中に納まる。けれど、悲しそうな表情はずっとそのままだった。