眼鏡の側近がせっかく買ってくれる、可愛い服を着る時間が殆どないくらい、裸でベッドの中で、眠るか、抱かれるか。

「……すくあーろ」

 外の世界とは接触も情報も遮断され、話をする相手は自分に絡み付いてくる昔馴染みだけ。

「すげぇ……、素晴らしいぜ最近……」

 極上のベッドのボックススプリングを揺らしながら、オンナを抱く跳ね馬は泣きそうな声で感嘆。

「とろけそうだ……。イイ……」

 頬を寄せられる。抱き寄せられ、肌を一層、強く貪られる。狭間の奥で逞しい楔が値熱を帯びる。ぶるっ、と、オンナもその熱に細いカラダを震わせて喘いだ。

「……ん、ふ……」

「すくあーろ……ッ!」

 オンナが零した快楽のため息に、抱いているオトコは我慢できなくなって深々と腰を使う。あ、ぁ、とオンナの唇から細い嬌声がこぼれる。オンナの感じている心地よさがオトコにも伝わってきて、歓んでくれているのだと思うと嬉しくて死にそう。

「ん……、ン……」

 ふだん真っ白な肌を薄めた血の色に、透明感を保ったまま上気して染めたカラダは本当にきれい。連れて帰って二十日、セックスするようになって二週間。少しも飽きず、夢中になるばかり。

「……、ん」

「はぁ……」

 オトコの方も悶える。ぼたぼた、オンナの胸に汗を滴らせ浅く喘ぐ。オンナの蜜壷の置くから分泌される体液にじゅくっと包まれ、それはそれは気持ちがいい。しなやかな肢体の手応えも張り詰めた肌も素晴らしく気持ちが良くてイキそう、でもまだ、イくのは惜しい。でも……。

「……し、てる……」

 愛している、と告げながらオンナの深い場所で放つ。オンナの体温を越える熱にオンナがビクつきのたうつのを本能で押さえつける。じっとしていてくれ、大人しく、静かに。

 全身でオンナを拘束しながら、どうして自分がそうしたいのか最初は分からなかった。繰り返すうちになんとなく気づく。放ったばかりの命の為だった。カラダは繋がりあって、今度はこのオンナの、命と溶け合う為に旅をする精子のために、動かないで静かにしていてくれと願う。

「……、重い……」

 オトコが余韻に浸っているだけどと思っているオンナはそんなことを言う。ごめん、と男は囁いて、そぉっとオンナと自分の抱き合う位置をかえた。オトコが仰向けに寝てオンナを上に乗せる。慎重な動きになったのは、オンナの中にまだ、オトコの楔が含まれているから。

「おぉい……、抜けぇ……」

 オンナは繋がれていることを嫌がり、腕を突っ張ってカラダを離そうとする。ダメだ、と、オトコは強い意志でそれを押しとどめる。

まだ、ダメ。栓をしておくんだオレがオマエの奥に泳ぎ着くまで。命が融けあって子供が出来て、切れようのない縁が深まるまで。今生どころか来世の末まで、こうやって抱き合ってそばに居られるように。

 オトコの意思を察したオンナはそれから暫くじっとしていた。でももう限界、という仕草でまた離れようとする。苦しめるのも可哀想で、オトコはもう一度、そっと姿勢を変えてからオンナの中から自身の楔を抜く。濡れそぼった粘膜の感覚が離れるのは寂しい。包んでくれていた花びらに感謝を篭めて指を沿え、頼むぜ、という気持ちで、狭間の深みをそっと閉ざす。

 こどもができますように。

 そう祈りながら。

 暫くはじっとしていたオンナだが、やがてその指も嫌がり膝を閉じようとする。オトコは手を引き、代わりに髪を撫でた。可愛い。心から愛おしい。ふだん今、自分自身よりも愛している。

「……重い」

 苦情を言われる。冷たいオンナたと思いつつ重なったカラダを離してやる。が、そのままベッドから抜け出そうとするオンナの腰を捕らえて、させない。

「あー?」

「バスに行くつもりか?」

「決まってンだろーが」

「行くなよ」

 終わったら洗って後始末しようとするオンナが切なかった。捕らえた腕をそのまま引いてベッドの中へ引き戻す。

「このまま、眠れ」

「ベタベタして気持ちわりぃ」

「肌は拭いてやるから」

 じっとしていてくれと重ねて願って、金の跳ね馬は起き上がる。オンナを抱いていた裸のままバスルームへ行き、暖かな湯に浸して絞ったタオルを持ってくる。ベッドの上でぼんやり待つ、少し疲れたオンナの顔をまず、最初に拭ってやる。

「……」

「尽くす男にほろっときたりしたか?」

 肩から腕を拭ってやりながら、跳ね馬はそんな軽口を叩く。

「するかぁ、ばぁか」

 銀色のオンナは返事をした。この男との『暮らし』を受け入れた訳ではないが、顔を突き合わせて毎日暮らしているのに、そうしてどちらかというと舐めていた相手に、虐待されている被害者面をする気にはなれなかった。

「冷たい女だな。こんなに尽くす男は滅多に居ないんだぜ?」

「滅多に居ないってーか、居るわきゃねぇだろーが」

「ここに居るだろ」

「ウソに決まってる」

「……スクアーロ」

「ウソで懐柔して、騙そうとしてるに決まってる」

「愛してる」

「信じねぇよ。ばぁか」

「胸の中をお前に見せられればいいのに」

「そんな寝言を真顔で言えるてめぇのメンタリティーが」

「お前への愛だけ詰まってるのを、見せられればいいのに」

「オレの人生とは無縁なんだぁ」

「うざいから?でも諦めろ。そのうざい男とお前、これから一生、一緒に居るんだぜ」

「言ってろ」

「なぁもぅ、早くオレのこと好きになってくれよ」

 背中を拭って、腕を広げさせ胸をそうしようとしたら、嫌がられてタオルを奪われてしまう。跳ね馬は逆らわずタオルを渡した。壁につくりつけの室内冷蔵庫へ向かい、下半身を拭うオンナからそっと目を逸らしてやる。

「オレを好きになってくれたら、何処にでも連れて行ってやるし何でも買ってやるぜ。昼間は仕事を、ちょっとでいいから手伝ってくれ。そうしたら昼も一緒に居られる。お前あんがい、成績わるくなかっただろ」

「うるせぇ」

「そう言わないで、そろそろ真面目に話そうぜ。オレだって今のこんなのは不本意だ。色々ちゃんとしたいって思ってる」

 冷蔵庫から取り出した、冷えたベルニーナをベッドに運んでやろうと振り向く。

「籍を入れて部下たちに披露して、あぁその前に、お前の実家に挨拶に行きたいな。お前の家族がオレを受け入れてくれたらどんなに嬉しいだた……」

オンナはちょうど脚を拭い終えて斜めに膝を揃えたところだった。丸い可愛い尻と脇から覗く胸の膨らみ、透明なほど白い素足の眺めがたまらなくて、跳ね馬は胸を喘がせる。目を閉じ息を吐いてみたがどうしても耐え切れず、早足で近づいて背中から、ぎゅっとオンナを抱きしめた。

「おいぃいぃぃー」

「……お前がこんなに綺麗とは思わなかった……」

「胸、揉むんじゃねぇよもぉ、いてぇ」

「顔が綺麗なのはもちろん知っていたけど、カラダとセックスがこんなにイイ女とは思わなかった。二十歳の時もびっくりしたぜ、素直で可愛くて。もっと痩せぎすで、たぶん淡白だろうって思っていたからさ」

 剥いて抱いてみれば細いながら手応えはしなやかで弾力に満ちて、着やせする性質らしく胸も尻も曲線はそれなり。可愛がってやれば濡れて潤んで、歓びは浅い方ではない。

「二十歳の時よりグラマーで甘くなってる。美味いけど、でも、アイツのせいだって思うとちょっと、悔しい……」

 本心はちょっとどころではない。喉の奥から搾り出すような掠れ声と胸の膨らみを包む指先の熱は、跳ね馬の情念の深さ、ギリギリ歯噛みするような悔しさをオンナにも伝えた。

「何時からアイツと寝てた。何回ぐらい?」

 ずっと気になっていたことを跳ね馬はとうとう尋ねる。気になっていたのに今まで口にしなかったのは、聞けば嫉妬で死にそうになるのが分かっていたから。でもたまらなくなった。こんな女を気晴らしの玩具にしたのだと思うと。

「……」

 もちろん、自身のボスのプライバシーを銀色のオンナは漏らさない。聞き出そうとする跳ね馬を心から軽蔑した流し目で眺める。下種なヤロウだと鼻の先で笑う。

「遊ばれ、たんだぞ、オマエ。本当に愛してるなら置いていくはずが無いし、取り戻しに来る筈だ」

「ヤメロ、ヘンタイ」

 オンナを押し倒し、仰向けにした腕を開かせ胸を両手で包み込んだ、唇を寄せ舐めしゃぶるオトコにオンナが言った。

「なに言ってるんだ。オトコが本気で変質的になったら、こんなものじゃないぜ」

「……ッ」

「オマエを愛してる。だからお行儀良くしているんだ。丁寧に扱ってる。愛して欲しいから。じゃなきゃ、もっと……。えげつない遣り方はいくらだってあるんだ。クスリ使って、オレから離れられないように、してやることだって簡単に出来る」

「やってみやがれ」

「出来るかチクショウ、愛してるんだッ」

 子供を産んで欲しいオンナに、カラダがボロボロになる麻薬をどうして打てるだろう。

「舐めやがって……。チクショウ……」

「別にナメちゃいねぇけどなぁ。新興マフィアの一番手、キャバッローネのボス様」

「うるさい。思ってもいないことを言うな」

「前ン時も、今も、オマエがしてんのはセックスじゃなくって取引だ。それは分かっとけ」

「……」

「あんまり、意味が、ねぇことなんだ、オレには」

 カラダをどれだけ使われたところで、心の中には響かない。甘くて優しい夜を繰り返しているうちに愛し合えると思っていた若いオトコに、オンナは残酷なことを言った。

「前ンときゃオレが持ちかけた取引だったけど、今度のにオレは同意してねぇ。だんだんオマエを嫌いになってくぜ、ディーノ」

「スクアーロ」

「マフィアの手管がオレに通じると本気で思ってンのか。優しくしてやるから懐けって、そーゆー白々しいのはうんざりだぜ。ボンゴレで邪魔になったオレを引き取って、処分料に肉を貰うんだろ?」

「……」

「寝る。おやすみ」

 オトコの手が離れた隙にオンナは毛布の下に潜り込む。むざむざ逃がすほど衝撃を受けているオトコのことを可哀想とは思わなかった。自分の方がもっと可哀想だ。

 飽きられて、棄てられたのかもしれない、と。

 思うと悲しくなるから考えないようにしているのに、思い知らせるようなことをオトコが言うから腹が立った。悲しい気持ちにさせられた報復に傷つけた。

オンナにとっては正当な報復。けれど爪をたてる加減をオンナは分かっていない。愛されている自分の言葉が相手に与える衝撃の深さをまったく、理解していなかった。