ボンゴレ御曹司の側近、というのは名誉な役割である。名誉には当然、責務がつきまとい、少女は実家との縁もほぼ切れた。切れたが、父親の葬儀ともなれば別だ。

十四でボンゴレ本邸に仕えて二年間、殆どそこから離れなかった銀色は休みをとって生家に帰宅し、五日後に帰ってきた。

「ただいまぁー。帰ったぜぇー」

 いつものように顔に似合わない大声で戻った銀色を。

「お帰りなさい」

 出迎えたルッスーリアはそのまま、ぎゅっと抱きしめる。

「んー。ただいまー」

 銀色は嫌がらず抱き返す。頬にキスを受ける。ほおを押し付けられるままに、優しいオカマからの慰めを受け入れた。

「お帰りなさい、よく帰ってきたわね。お父様のご冥福をお祈りするわ」

「ありがとよぉ。けどンな大袈裟にしねーでくれ。歳が歳だぁ、分かってたことだしよぉ」

 銀色は父親が高齢になってからの子供。ボンゴレ九代目と御曹司くらいの年齢差がある。加えて長く病んでいて、死期が近いという警告は以前から与えられていた。

 ぎゅっとオカマを抱き返しカラダを離した銀色は荷物を置いて、部屋の奥へ歩いていく。御曹司は銀色を眺めながら、こういう時はどんな言葉をかけるんだったかと、考えている様子。

「よぉ」

 帰着の挨拶を、そんな手抜きの短い一言で済ませる銀色は傍若無人だが、若い御曹司はそれを許している。マフィアの中で側近というのはファミリー。プライベートな接触も多い。まだ部屋住み御曹司の場合、多いというよりそればかり。なのに一々、礼儀を守られている方が、うざい。

「花、ありがとぉな。葬式ですげぇ目立ってて、おかげで最後に、ちったぁ親孝行出来たぜ」

「……そうか」

 供花は2メートルもある派手なもので、しかも一対でなく色違いで、二十幾つも並べられていた。ボンゴレ御曹司の名こそ記されていなかったが紋章は示されていて、アレはなんだと弔問客たちはの間に騒ぎを引き起こす。

事情を知っているものの口から、死者の末っ子がボンゴレの中枢近くに仕えていてそこからの供花だ、と、聞かされた弔問客たちは、ほぉと感嘆の声を上げた。

「感謝するぜ、ボス」

 屈んだ銀色の意図を察して御曹司は手を差し出す。銀色はその手を取って口付ける、唇の感触が少し荒れている。平気そうにしているが悲しみの様子は隠せない。

親が死ぬということはこういうことなのかと、御曹司は目の前の相手を眺めて覚えておこうとする。御曹司は先年、母親が亡くなったとき全く悲しみを感じず、どんな態度をとればいいのか困り果てた。

 母親はそれでも、弔問客もおらず密葬に近かったから問題はなかった。備えるべきは父親のそれだ。養子として後継者として、喪主を務める時の参考にじっと銀色を眺めていた。

 ら、何を勘違いしたのか。

「心配すんなぁ、大丈夫だからよぉ」

 ニッと銀色は笑う。別に心配はしてねぇと御曹司は答えて口付けられたまま頬を撫でていた手を引く。最初の対面以来、手にキスをされた後でそうすることが、癖になっていた。

「お茶にしましょう。荷物を置いておいでなさいな。お酒の方がいい?」

 勤務中は禁酒が鉄則のボンゴレ本邸だが、銀色はまだ帰着しただけで職場復帰したのではない。んー、と背伸びして自室に戻った細い背中を目で追いながら。

「酒にしてやれ」

 御曹司が珍しく、そんな細かいことに口を出す。主人の意向を恭しく受けて、ルッスーリアは銀色の好きなアマローネ、とろりと濃いフルボディの真っ赤なワインを用意する。澱を混ぜないよう、陽に透かしながらデキャンタに移してグラスに注ぐ。

 あの銀色の故郷で採れる葡萄を陰干しして作った芳醇な酒。女で言えば熟れた妖艶系ねぇと、オカマの格闘家は笑う。いつまでも細身で骨ばったままの銀色がそれを好むのを面白がっている。

「ボスもあまり心配なさらないで。スクちゃんは大丈夫よ」

「……」

 別心配をしている訳ではなかった。大丈夫でない訳があるか、とも思っていた。親が死んだくらいでフラついていてマフィアは勤まらない。それくらいはアレも承知の筈。中堅マフィアの幹部の娘として生まれ育ったのだから。

「優しくて愛情深いけれど弱くはない子だもの。大丈夫よ」

 ルッスーリアの慰め方が一通りではなくて、自分の様子がおかしく見えるのだと御曹司は察した。鏡を見たいな、と、そんなことを考える。心配される悲しみの表情を覚えておきたかった。その顔を養父の葬儀でしてみせなければならないから。

「お待たせ……、っと、マジかぁ?」

 用意されていた好物に銀色が嬉しそうに笑う。笑いつつ、本当にいいんだろうかという様子で御曹司をちらりと見る。御曹司は頷いた。好きにしろ、という様子で。

「あははー。んじゃ遠慮なくいただくかぁー」

 皆からの行為に銀色は素直だった。皆でテーブルに座って数日振りの『食卓』。少しやつれた横顔を見せながら、グラスを右手で大切そうに持って唇をつける銀色の側近の、睫毛の先までプラチナに光っているのに御曹司は改めて気づく。

「いろんな、話、聞いたぜ」

 ルッスーリアの心づくしの夕食を摂りながら銀色がそんなことを言う。普段はボンゴレの奥深くで暮らしているけれど、『外』に出れば外からのボンゴレを見ることが出来る。本音の評価を耳にすることもあっただろう。

「明日聞く」

 御曹司がそう言ったのは、落ち着かせてから話させた方がより密度の濃い報告が聞けると思ったから。なのに。

「……おぅ」

 銀色は泣きそうな顔をした。いたわわられた、と思ったらしい。今日はゆっくり休めという意味に解釈して、ひどく嬉しそうに。

「ありがとな」

 素直に感謝した。

 

 

 

 

 その男と御曹司が初めて会ったのは、自身の十二歳のパーティー。

「スクアーロ!」

 会場を仕切っていたのは九代目の直属たちだが、主賓の側近として銀色も黒のスーツでキメて、御曹司のそばについていた。祝杯も献杯もことごとく毒見をして、背中から一瞬も目を離すまいとしていた、その時に。

「やっぱり会えた。今日、ここに来ればいるんじゃないかって思ったんだ」

 真正面に立たれ、大きな声で話しかけられるのは愉快なことではない。銀色は最近、ことに美しさの冴えてきた顔をしかめて迷惑そうにしたが、きらきら金髪の男はそんな表情にも怯まなかった。この銀色に嫌そうにされるのは慣れている。

「お前の父上の葬儀以来だな。二年ぶりだっけ。すっごいキレイになったなぁ、スクアーロ」

 まんざら世辞とも思えない様子でうっとり、銀色に見惚れながらその男は喋る。剣帝殺しの上にエンリコの指を折り砕いた銀色の鮫に、そんな馴れ馴れしい態度をとる人間は珍しくて、御曹司はまじまじと見つめてしまった。

 年齢は若い。銀色と同じくらい。同じなはずで、二人は同級生。まだ若干の二十歳にも二年の余地を残す、十八歳。

「なぁ、休みの日とか、なにしてるんだ?たまには外に食事に行ったりするのか?」

「わりぃけどよぉ、ディーノ。俺ぁ今、仕事中なんだぁ」

 見えない尾を一生懸命に振って懐いてくる昔馴染みを、そんな言葉で、銀色は撃退しようとした。が。

「オレも今、仕事中だぜ?」

 地中海の太陽のように明るく微笑まれる。確かにその通りで、左胸には赤い薔薇が挿されている。一般招待客よりも一ランク上のVIP。ボンゴレとその御曹司にとって重要な取引相手、ということ。

「紹介してくれよ。お前のボスに」

「キャバッローネ、継いだのかぁ?」

 左手と首に這う刺青を眺めながら銀色が尋ねる。

「継いだ。去年の暮れに」

「ってこたぁ、つまりテメェが、ドン・キャバッローネ様かぁ。世も末だなぁ」

 悪態をつきながら、それなら無碍にも出来ないかと銀色が踵を返す。昔馴染みを背後に従えて御曹司のもとへ歩み寄る。主賓として椅子に座り広間を睥睨していた自身のボスに腰を屈めて、そして。

「後ろのドン・キャバッローネさんがお前に挨拶したいってよ。昔はヘタレの苛められっこだったんだが、今じゃ金融マフィアとしてのし上がって来てる若手のだ。知ってっかぁ?」

 本人を目の前にして言いたいことをいう銀色に、いわれた金髪の男は苦笑を漏らし肩を竦める。そんな仕草さえイチイチ決まって見える、大変なIo sono bello。ハンサム。

「ご紹介にあずかりましたキャバッローネの者です。本日はお誕生日おめでとう御座います。ご招待に与りましたことに感謝します」

 風変わりな紹介を受けた若者は尋常に挨拶した。椅子に座ったままの御曹司はゆっくり、決まり文句の礼の言葉を告げる。深々と礼をしてドン・キャバッローネは人並みの中へ戻ったが、その前に手を伸ばし、銀色の髪に触れて、すっと指先に絡めてから離れていく。

「……」

 その指を銀色は折ろうとしなかった。何を意図しているか明らかな仕草で、四年前に同じことをしたエンリコの利き手の人差し指は使い物にならなくしたくせに。

「あれが噂のお若いキャバッローネなのねぇ。スクちゃんのお友達だったとは知らなかったわ。アボロンみたいな二枚目ねぇ。惚れ惚れしちゃったわぁー」

 語尾にハートのマークをつけて感嘆するオカマの仲間に。

「まぁなぁー。あいつツラだけは昔っから、とびっきりだったけどよぉ、他はてんでダメでヘタレだったんだぜぇ」

 それがどうやら化けつつあるらしい、と、呆れる銀色の背中をツンツンとオカマの指先がつつく。

「で、どーなのよ。教えなさいよ。ねぇ」

「んだぁ?」

「ずいぶんアンタ、あの二枚目に好かれていたじゃない。仲良しだったの?」

「ばぁか。あんなヤワイの、オレの相手じゃねぇよ」

「あらそう?でもずいぶん、露骨に言い寄られていたじゃない」

「オレがボンゴレの真ん中に居るからだろ」

 純粋な色恋ではなく利権目当てだろう、と、銀色はなかなかうがったことを言う。あらそぉかしら、そうは見えなかったわよとオカマが言い張るのを銀色は興味なさそうに聞き流す。

「なぁに睨んでんだぁ?ナンか気に入らなかったのかぁ?」

 オカマの駆る愚痴は聞き流して、広間の、ドン・キャバッローネが消えたあたりをじっと見続ける御曹司に銀色はそう声をかけた。別に、と、御曹司は視線を側近に戻しながら。

「ヤワそうなヤロウだと思っていただけだ」

 嘘をつく。あーそーだなぁと、銀色は御曹司の嘘に気づかずあっさり納得した。

「まー、お前の相手でもねぇなぁー」

 そう言って笑う銀色をじっと御曹司は見つめる。

「なんだぁ?」

「……知るか」

「おぉーい、ワケわかんねぇぞぉー」

 ボスの不機嫌に戸惑う銀色が大きな声を出す。御曹司は答えず、ますます不快な顔つきで広間をつまらなそうに眺める。なんだ、と聞きたいのもわけが分からないのも自分の方だと、そう言いたかった。

 あの若い男は銀色の側近の髪に触って行った。銀色は指を折らなかった。反応もなくしらっとした顔をしていたけれど、無視は拒絶より受入に近い。

 それがなぜ、こんなにも気に入らないのか、若い御曹司は自分の気持ちをもてあましていた。