ドン・キャバッローネの怒りは辛うじて、全裸で拉致されたオンナ自身には向かわなかった。

「ボンゴレには正式に抗議文書を送った」

 代わりにオンナを自分に差し出した組織に向かって爪をたてる。大ボンゴレに逆らうとはいい度胸をしているが、舐められて黙っていれば頭から食われる業界で、時には牙が生えていることを証明することも必要かもしれない。

「返事しだいじゃ、もう帰さないから」

 下着も靴もなし、見事な身一つで拉致られた銀色は、キャバッローネの自社ビル最上階、応接室で、ちゃんと服を着ている。ロマーリオが表通りのブティックで買ってきた下着もティディもストレッチジーンズも太もも半ばまであるロング丈のパーカーも、細身で長身な銀色にぴったり合って、よく似合う。よく見てやがるなぁオッサンと、銀色の鮫が感心したほど。

「その時は結婚式だ。覚悟しておいてくれ」

「難しいヤローだなぁ、オマエ」

 軟禁された部屋で、することもないまま差し入れのアマローネを飲みつつ、銀色の美形は夕暮れに顔を出した昔馴染みに嫌味をこぼす。嫌味でもなんでもクチをきく時点でかなり気持ちは懐柔されている。

跳ね馬が仕事中はずっと一人で部屋に居るから話し相手が居なくて寂しかった。実家では末っ子で兄姉に構われて育ち、テュールを倒してボンゴレ中枢に籍を移してからは気難しいボスにうざがられながらも構いたおし、仲間たちとずっと一緒だった。孤独で居るのに慣れていない。

「ご馳走用意されといて何がそう気に喰わねぇんだよ。ワガママもイー加減にしやがれ、お坊ちゃん」

「どうしてオマエがご馳走扱いされていたのか、聞いても答えないだろうな」

「カンケーねぇだろ、テメェには」

「仕事でドジを踏んだ噂は聞かないけど」

「オレがンなヘマするかぁ。テメェじゃあるまいし」

「そういえば最近、仕事の話じたいをあんまり聞かないな。干されていたのか?」

「ほっとけぇ」

「オマエのボスは留学中だって?」

「……迷惑かけんじゃねぇぞぉ」

「ザンザスは承知していたのか?」

「……」

「まただんまりかよ」

 金髪の跳ね馬はため息。拉致同然に連れて帰ってきて五日がたつ。雑談にはけっこう気軽に応じるが、肝心のことになると黙り込む。

「どっちみち、アイツには話を通すことになるぜ」

「ボスを、アイツとかって呼ぶなぁ。ヘタレのくせに」

「オマエはアイツの直属なんだから」

「喧嘩売ってんのかぁー?」

「オマエはずーっとおそば去らずの側近だったのに、なんで今度は同行しなかった?」

「……」

「もしかしたら、って、思っていることが、実はないでもないんだが」

「……」

「当たったら悲しいから聞かないでおく」

「当たりだぁ」

「聞いてもないのに答えるなよ」

「だから馬鹿げたこと言ってねぇで帰してくれ。手間賃に、据え膳喰っていいからよぉ」

「おまえ自身が据えてくれるなら、毒入りでも砂利入りでも有難くいただくけど」

 他の誰かにオマエが据えられるのは嫌だと、金髪のドン・キャバッローネは言い続けている。男の意地は本物で、誘拐されてきてもう何日もたつのに、銀色の鮫はまだ『手をつけられて』いない。中途半端な状態で放置され、銀色はなんとなく居心地が悪い。

「そうじゃないのに乱暴はできないぜ」

「だから、当たりだって言ってるだろぉが」

「聞かない」

「もーそんな、淑女扱いして貰える身分じゃねぇんだ」

「スクアーロ」

「だからヨぉ、オマエも、もう、オレと結婚とか、そーゆーのナシにしとけぇ」

「愛してる」

「ヒトの話を聞けやオイ」

「オマエを粗末にするヤツが居たら言え。それは、オレへの侮辱になるんだから」

「そーゆーオトコの自意識はうぜぇんだよ。バァカ」

「オレじゃないオトコからでも?」

跳ね馬はさすがに少し意地悪だった。痛い嫌味を銀色に投げつける。けれど、惚れた弱みでどうしても甘くて、銀色が痛そうな顔をすると、つい。

「ごめん。八つ当たりだ」

 謝ってしまう。悲しそうなのが可哀想になって。

「このこと、ザンザスは承知なのか?」

「……」

「答えろよ。それ次第じゃ、オレが手袋を投げる先が変わる」

「何処にも投げンなぁくそ野郎。オレのナンでもねぇくせに。騎士ぶってナルるのはオレと関係ねぇとこでしとけぇ」

「一生オマエの背中に張り付くぜ」

「うぜーっ」

「オマエの押しかけナイトだ。幸せを守りたい。理由はわかっているだろう。さっさと諦めろ」

「据え膳喰ったからってんなら、しつけぇにもほどがあるぜぇ」

「オマエに信用して欲しいと心から思うぜ、スクアーロ」

 そんなことを話しているうちにドアがノックされる。跳ね馬が立ち上がって開けるとそこには、夕食のワゴンを押したロマーリオ。小脇には別の包みを抱えている。

「リクエストのマグロだ別嬪さん。着替えとオリーブ石鹸と入浴剤も。ってーか、ボスの風呂、使わせてもらっちゃどうだ。夜景が素晴らしいんだぜ?」

 風呂好きの銀色に眼鏡の側近は親切なクチを利く。買ってこられる差し入れの中には、女慣れした男でなければ気づかない色々なものが混ざっていて、隅におけねぇなこのオッサンはとオンナに思わせる。

「いいぜ、使えよ。覗きゃしないから」

 ロマーリオを手伝い、甲斐甲斐しく食事の皿をダイニングテーブルに並べながら跳ね馬が言った。最上階の半分を占めるこのオトコの居室は、飛ぶ取り落とす経済マフィアのボスらしく贅沢を極めている。

「オレに優しくしてくれたら何処の街でもお前の足元に置いてやる。欲しい街を言え。一番高いビル買ってやるぜ」

「そーゆー台詞は夜景にときめく女に言ってやれぇ」

「少しもふざけていない。100%本気だ」

 ポン、と、ナプキンの中でコルクを抜いたシャンパンをグラスに注ぎ、眼鏡の側近は客室を出ていく。色鮮やかなマグロのカルパッチョを前菜に抓みながら、グラスに唇をつけるオンナの横顔に跳ね馬は見惚れた。

「なにしてやったら、オマエは笑うのかな」

 自身もグラスを傾けてクリュグを味わいながら呟く。

「凄くきれいになったけど昔の方が明るかったぜ、スクアーロ。悲しい顔してる」

「そりゃなぁ、ストーカーに拉致られて軟禁されてっからなぁ」

「不幸せになる恋なら止めとけよ」

「おんなじ台詞、てめぇに返してやるぜ」

「オレはいいんだ。おれが満足ならそれで済むから。オマエは違うだろう?」

「……うるせぇよ」

「貴人に恋をするのはやめておけ。連中は情け知らずだ。オマエが愛してやる価値なんかない」

「絞めるぞ、へたれぇ」

「オマエを置いて外国に行ったヤツなんかに」

「うるせぇ」

「オマエに愛される価値はないと思う」

「ナンにも知らねぇくせに口出すなぁ」

「色々知っているぜ。オマエがアイツを庇ってオレにバージンをくれたこととか」

「……おぃ」

「今度もどうせ似たようなことだろ。火遊びがバレてオマエだけ、上に叱られてるんだろ」

「……」

「貧乏くじばっかり引いて傷ついて、可哀想なことになっていくのを見たくない」

「おれが好きでやってんだぁ。ほうっとけぇ」

「アイツは承知でオマエにさせてるのか?」

「……」

「教えろ。それ次第では、オマエを……」

 無理やり力ずくにでも娶ると金髪の跳ね馬は言いかける。けれど俯くオンナがあんまり悲しそうで、それ以上を今は言いかねた。

「まぁ、喰おうぜ」

「食欲なくなった」

「喰って体力つけとかないと、いざって時にオレから逃げられなくなるぜ」

「なぅオイ跳ね馬ぁ。好きなだけ好きなよーにヤっていーからよぉ、さっさとヤって、ウチに帰してくれぇ」

「いつでも帰してやるぜ。ソコでお前が無事で居られるってオレが納得出来たら」

「だから、それがよぉ」

「余計な世話だってことは分かってる。でもストーカーに道理は通じないぜ。諦めろ」

「開き直りやがって、可愛くねぇぞぉ」

「素直にしてたって可愛がってくれないじゃないか」

「据え膳はオレが仕掛けたんじゃなかったけどよぉ、受け入れたのは、オレの意思だったんだぁ」

「それがどうしても、オレには分からない」

 そんなことを何度も、何日も話していた。

 

 

 

 

 五日後、ボンゴレからの使者が携えて来たのは目録。

「……これは、つまり」

「結婚おめでとう、だ」