『雷鳴』予告編

 

 

「セクスレス夫婦、だそうだ」

 酔った焔の国家錬金術師は手を上げ、店内を巡るボーイを呼び寄せる。いいご機嫌でハイボールのお代わりと、トマトとモツァレラ・チーズのオリーブオイルがけを頼む。柔らかな物腰でボーイは承り、やがて大理石のテーブルの上、高級ではないが清潔な皿に乗って料理が運ばれてくる。

「信じられないだろう?奥方はまだ若いし、色白でちょっとぽっちゃりで、柔らかそうで、俺だって遊んでみたいくらいくらいの人だ。ハクロ将軍はおとこざかりだし」

「……ロイ」

「もちろん、将軍の方はその気満々で、でも夫人に拒まれるらしい。プレゼントは空振り、旅行で気分を出そうとすればテロリストに狙われて、ついてない人だ」

「そんなこと、お前、喋ってるのか、あいつと」

「憲兵隊の調査部員としては興味津々な話題だろう?」

 一人でハイボールのグラスを傾けながら、焔の大佐は艶な流し目を寄越す。高級軍人達の家庭環境や悩み事は、調査部将校としては確かに、きき逃せない情報ではあった。

「ベッドの中では悪い男じゃないけど、ちょっと自分勝手、かな。若い頃からそうだったとすると、奥方がセックスを嫌がるのも分からないことじゃない。五年も寝てなきゃ夫婦だって他人だ。愛しているから触れたいんだっていうところから、キスから始めたらどうですかって、俺はアドバイスしておいた」

「ロイ」

「ってことで、貸し借りなし、だ。お休み、ヒューズ。……家に帰れよ。奥方が待ってるだろ」

「そのへんにしておけ」

 また新しい注文をしようとする手を、眼鏡の友人は押さえる。

「ホテルは何処だ。送って行く」

「いらない。帰れ」

「足元危ういだろ」

「必要ない。……、ほら」

 パチン、と。

 焔の錬金術師は指を鳴らす。手袋を嵌めていない今、焔は出現せず、代わりに近くのカウンターで背中を向けていたジーンズ姿の若い男が、煙草を消してこっちに向き直った。

「ホテルに帰りますか?」

 閲兵式に同行してきた金髪の部下。でも今は、部下というよりもっと親しい口調でヨッパライの意向を尋ねてくる。

「あぁ。その前に、何処かで、コーヒーを」

「部屋で煎れてあげますよ」

「ん。……それでもいい……」

 淑女に対するように恭しく、背の高い男は黒髪の上司の背後にまわる。椅子を引いて立ち上がる動きを支えた。かなりもう、足元が危うい。

「掴まって、ほら」

 大佐、と、今は声を掛けられない。側近一人だけで警護を連れていない、私服のお忍び、プライベートだから。オトコの腕に、上司は身体を投げ出すように預け、らくらくと自身が受け止められたあとは目を閉じ、完全にもたれる。

「呑みすぎですよ、あんた」

 聞えないことを承知で呟く。糾弾というより心配そうな声。

「申し訳ありません。車まで、付き添い願えませんか」

 ひょい、という感じで男は支えた身体を抱き上げる。向き合った姿勢で、膝に腕を差し入れて持ち上げ、上体を肩にもたれさせる。上司はまったく意識がないのではないらしい。証拠に男の首に腕をまわして体を安定させた。

「いま、一人しか居ないんです。お願いします」

 他に私服の護衛が居ない、という意味だ。右手はフリーだが膝を支えた左手が塞がったままでは万一の襲撃時、咄嗟の対応が出来ない。

「……あぁ」

 低い声で上司の友人は言って席を立つ。