最愛・3

 

 

 俺の実家の、バスタブは大きい。一階の浴室はここドコの温泉宿だ?というカンジ。二階の俺とアニキ専用のサニタリーのも、大理石のフランス製で、女の子なら二人並んでも余裕だ。シャルル・ドゴールサイズだと、あの女が目を丸くしてはしゃいでいた。

 その中に呆然と、座り込むヒトをバスダブの外に膝をつき、後から抱き締める。意識はあるけど正気づいてない。そんなにショックだった?

 ……カワイソウに。

 ……でも、ごめん。

 ……俺はシアワセ。満足。ずっとこうしたかった。

 何年、がまん、してきただろう。俺はあんたをこーやって抱きたかった。あんたの素肌を、欲しい衝動が昂じて、そばに居るのが苦しくなって太平洋を越えて逃げた。けど、結局。

 俺はにげきれなかったよ。

 あっちでも、俺はあんたを探してた。

 黒髪と白い肌、濡れたような瞳の女ばかりを愛した。そんな女を抱くたびに、あんたを心で汚してた。女たちとの夜が重なるたびに、俺の心の中であんたも成長して、甘い息を、俺に吐き出して。

 罪悪感があった。でも、想像だけの、つもりでいた。頭ン中であんたを弄りまわすことと、実際にすることは違う。知られなきゃあんたを傷つけなくて済むと、ずっと思ってた。

 肩に顔を押し付けて息を吸う。夢の中とは違う、甘い匂いが鼻腔をくすぐって、それは俺の欲望に直結した。

「……、ッ……っ」

 大人しく肩を抱いてた掌を滑らせて、彼の胸元を探る。驚いて腰を浮かし逃げようとする人を、抱き締めて大人しくさせて、掌はそのまま、湯の中へ。彼の、狭間へ。

「……、ァ……、あ……」

 昼間から何度も可愛がって、腫れて充血した彼の生殖器を、彼の肩越しに覗き込む。桜色が緋色に変わってて、熟れたカンジで、実に美味そうだった。躊躇なくそれを掴み取る。指を絡めるなり、

「……、ぅ……、」

 噛み締めた唇の隙間から、漏れてくる呻き声。

「あんたさぁ、セックス、しねぇの?」

 揺れるカラダの、手ごたえが愛しい。あぁもぉ、このまんま、食い殺したいよ。

「慣れてないよな、コレも。こっちが」

「……、ヒ……ッ」

「慣れてないのは、まぁ分かるけどさ。コレ」

「……、啓介……」

「女ン中にも、そんな挿れてねぇよな。だからあんた、こんなに……」

 いつまでも瑞々しくて艶やかなのかな、って、言葉は飲み込んで、代わりに耳たぶを齧った。前歯で挟むとコリコリしてて、舌で舐めあげると肩を竦めて強張る。

「怖い?」

 俺が、そして、セックスが。

「痛かったよな。ごめん。でもしょーがねぇさ。初めて、じゃ」

 痛いのは、悪いのは、俺じゃなく慣れてないあんたのカラダなんだと、ロコツな責任転嫁。

「明日からは考えるよ。あんたが楽なよーに。……今日だけ、スキにさせて」

 今まで生きてきた時間の半分以上、俺はあんたを想ってた。ようやくの成就だ。今日だけは俺が、したいようにさせて。既に陽は斜めに傾き、正午前からもう五時間近く、こーやって貪り尽くしてる、けど。

「足りないんだ」

 餓えはますます、酷くなるばかり。湯の中で弄られたアンタが苦しそうに、それでも刺激に反応して手ごたえを返して来る。身悶えして振るえる肌、耐え切れない、って風な吐息。それが俺を、際限なく煽って。

「……、アニキ」

 力の抜けた肢体をバスタブから引き揚げた。不意の、それも、かなり強引な動きに彼が、咄嗟に俺にしがみつく。彼の方から俺に触れて来たのが嬉しくて、俺はバスタブの中に足を踏み入れた。彼と同じく俺も素っ裸で、湯の中に居た彼を冷たく感じて、俺は自分がどんだけ興奮してるか思い知った。

 彼の背中を壁に押し付けて、ムリに合わせた唇を、押し付けた自分ので開かせる。

 俺のカラダとタイルの壁に挟まれた彼が足掻く。多分、拒んでんじゃなくて反射。強引過ぎる俺に戸惑ってる。分かってるけど、とめられないんだよ……。

 とまらない、んだ。

 急上昇してく気分のまま、唇を重ねたまんまで腰を、押し付ける。俺の熱と彼のが触れ合ってじんじん、痛いくらい響きあう。彼がひくんと、竦んでかぶりを振る。……なに?

 ……イヤだって、言う、つもり……?

 言わせない気で重ねた唇を、重なったカラダごとずらしてく。喉に押し付けるとひくひくしてて、カワイイ。しなやかな肌をゆっくり味わいながら、カラダの真ん中を、這い降りていく。支えるふりで押さえ込んだ指が、ムネに触れた途端、彼が細く悲鳴を、あげた。

 ……あぁ、ごめん。痛かったね……。

 狭間の実り同様に、ヤってる間中、弄り捲くってた、そこはひくつくシタと同じくらい、赤く腫れて痛々しい。周囲にもトップにも俺の歯型がついて、滲んだ血は湯で洗い流されて今は見えないけど。

「……、う……ッ」

 ちょっと指先で揉めば、すぐにまた滲んで。

「……、けい……、すけ……」

 顔を伏せて、そのまんま、屈んで彼のを唇に含もうとしたとき。

「……、イヤだ……」

 俺の肩に手をかけて、バスタブの淵に腰掛けた彼が細い声で囁いた。待っていた言葉。

「ダメだよ」

 今日のうちに、念を押したくて、待ってた。

「あんた、俺を嫌がっちゃだめなんだ」

甘くてあまくていとおしい、彼の股間に唇を押し当てながら。

「あいつは一度も、俺がすることを拒まなかった」

 死んだ女。俺が殺した、俺の……。

「あんたがあいつの身代わりになるんなら、俺を嫌がっちゃダメだ。分かった?」

「……、イタ……、い、ん、ダ……」

「我慢して。そのうち慣れるさ。……慣らしてあげるから」

 慰撫するように、ソコに舌を這わす。

「俺のオンナになるんだろ?なら俺に慣れなきゃいけないだろ?女の代わりと代わりのオンナは大違いなんだぜ。分かってる?」

「……、わかって、る……。……、けど……」

 頷きながら、それでも細い声で。

「背中が……、痛い。……部屋で……」

 か細い懇願に苦笑する。こんな風に、願われちゃ。

「初夜だってのに、じょーずに強請るねぇ」

 ほれてる俺は、ほだされる。

「いいよ。掴まって」

「歩ける……、から……」

「滑ると危ないだろ。さっきみたいに」

 俺の部屋からここへ来る途中も、彼は自分で歩けると言い張って、廊下で足を滑らせてカラダを床にうちつけた。セックスを舐めちゃいけないよ。男と女なら、命が芽生えちまうくらいのコトだ。初めて男にヤられて、オンナにされちまったあんたが、身動きできないくらい軋んでるのは当たり前のことさ。

「我儘言っていいよ。あんたに手間がかかること、俺なんとも思わない」

 惚れているんだから。

「ほら」

 腕をとって促すと、素直に俺にしがみついてきた。濡れた肌が隙間なく触れ合って、もう……。

 ナンて言ったらいいのか分からないくらい。

「……、しあわせ……」

 傷めないようにそっと、バスタブの外へ抱える。オンナよりは手ごたえがあるけど、腕に伝わる感触はごつごつしてて、細い。もともと肉づきの薄い人だけど、ここ数日の心労で痩せやつれたカラダは頼りないくらいだった。ふと思いついて、浴室の扉の外ら置かれた体重計の上に、おろす。

「……?」

 俺の意図を理解してない表情で、彼は俺をぼんやり見た。

「あんまりだね、これじゃ」

 学生時代、彼の体重は殆ど俺と同じ、六十キロ台の半ば。俺はそれから、プロのスポーツ選手になって十キロ以上は増えた。けど、彼は、逆に。

「せめてあと五キロは太ろうな。あんまり痩せてると抱いてて可哀相になるし、骨、当たって俺も痛いし」

 曖昧な表情で彼は、目を伏せる。内心が俺には手に取るようにわかった。

「ムリって思ってる?」

 頷きはしないけど、同意の気配がして。

「俺にこれから毎晩、こーゆーことサレんのに、太るのは無理?」

 することは前提で、話しを進めて行く。

「大丈夫だよ。っても、今は信じらんないだろーけど、ホントに大丈夫。……絶対」

 自信をもって俺は断言した。だって。

「大事にするから。……大丈夫」

 だって、俺はあんたに、惚れているんだから。

「今日だけだよ。もう、明日からは無茶しない」

 言いながら抱き上げ、ドアをあけっぱなしだった俺の部屋へ。ベッドに運んで、汚れた敷布が濡れるのも構わずに、彼を横たえた。

 俺を見上げる彼の表情には、隠しきれない怯えが浮かんでいたけれど。

「ゴム、明日からはつける、な」

 習慣で財布の中に、半ダースくらいは入れてるけど、今日だけは生身で繋がらせて。

 ぎしっと、ベッドを軋ませながら、細い腰に手を掛け引き寄せて。

「とまんねーんだ……」

 セックス覚えたてのガキみたいに。

「とめられ、ねーんだ、よ」

 際限なく、果てまで食い尽くす。

「……、は……」

 命と引き換えにしてもいいと、本気で考えるほどの……、快楽。