砂礫の日々
断られても怯まずに粘った。がさがさした物言いの愛想のない軍医。突き放したような視線と吐き棄てる口調の裏側で。
「麻酔が欲しいのです、ドクター」
性悪なオンナは、医者が自身を気に入っていることに気付いていた。証拠に勝手に座った椅子から立って出て行けとは言われない。疲れて目を閉じるのは演技ではなく、本当に疲れ果てていた。
眠りたくて、けれど眠れなくて。
慰めてくれる男はいまここに居ない。
「いくらあんたが国家錬金術師でも、医薬品を眠り薬代わりに使われちゃたまらねぇ。骨の二三本も折ってから来な」
「このまま寝たら、悪い夢をみそうで」
「幻聴が話し掛けてきたら病気だ。そんときゃ診断書を書いてやる」
「疲れているのに眠れないのは苦しい」
「そりゃみんな一緒だ」
医者の言うとおりだった。ここは過酷な戦場で、しかもゲリラ戦の様相を呈している。前線が錯綜し、油断すれば出入りの商人に背中から撃たれる、そんな緊張感の連続が神経を痛めつける。軍隊同士の決戦とは違う、膠着したまま出血が続いているような毎日。
恐怖は鈍化し、麻痺しかけては、不意に生々しく蘇る。
「あなたも?」
「まぁな。コーヒー煎れてやるから、それ飲んで寝な。紅茶の方がいいか」
「麻酔は?」
「大抵の麻酔は麻薬だ。欲しがってるヤツには渡せない。分かるだろ」
言い聞かせるような医師の言葉に、きゅっと形のいい眉が歪む。俯いた前髪を、くしゃ、っと。
触れてしまった時点で医師としての立場は崩れて。
「ドクター」
「いつもの相棒はどうした」
「せめてアルコールを」
「お供は置いて来たのか?」
「別作戦遂行中です」
「お前さんが不安定だと影響が怖いな」
「ですから、眠りたいとお願いしています」
男に髪を触らせたまま顔をあげ目を閉じる。その仕草と表情はキチンとした意思表示だった。医者は天幕のジッパーをストッパーに差し込み、すぐには開かないようにする。行儀よく、若々しい国家錬金術師はすれっからしの軍医が戻ってくるのを待った。
「……」
明確な言葉は交わさず、野戦用のマットの上で抱き合う。戦地らしくボトムの前だけをひらかれて、そこに忍びこんできた指先は。
「ッ」
外科手術が得意な軍医らしく、素晴らしく繊細で器用だった。
「ふ……、ン……」
不安定な心に支配された身体は侵食を受けやすく簡単に昂ぶる。びくびく浮き上がる細腰を抑えつつ、医師の体温も上がっていくのがシャツ越しに分かった。無愛想な男を陥落させたのが満足で、湿った敏感な肌を持つ性悪は艶やかに朱に染まっていく。
「う、……、ん。ふぅ」
うつ伏せに、背後から抱き締められ、拘束される力と重さにうっとり目を細めた。シャツの裾から這い上がってきた片手が胸の尖りを捉え、下肢の蕊とリズムをあわせて扱き出されると、あわせて全身が撓む。
「も、っと……、ゆっくり……」
「どこまでやっていい」
「ゆび、だけ……」
「おいおい、自慰に使うつもりか」
「かえってきたら、しらべられる、から」
「身体をか。ガキどもが、バチアタリな遊びしやがる」
「ぁ……、そこ……」
「狭いな。なかが腫れたら指でもバレんじゃねぇか?」
「じぶんでした、って……」
いうからだいじょうぶ。そんな言葉を舌足らずに呟く。肘を突いて膝をついて、男の手指がイタズラをしやすいカタチに自分から姿勢をあわせた。
「きもち、いい……」
うっとり呟く声は艶やかだが、不安定でもあった。
「……いい」
「あとでこっちのも始末しろよ?」
「えぇ。……、クチでも、ユビ、でも……」
全身を震わせて、若い肢体が張り詰めて零して弛緩する。暫くの陶酔。そして。
「……、ちゅ」
約束は守られる。濡れた暖かな舌で。
「せっかくだ。自分で弄りながら舐めろ」
「ん……、や……」
「どうせ相棒が戻ってきたらやらされだろう。予行慣習だ」
「……ふ……」
言葉にまるで操られるように、自身の胸と下肢に指を絡めながら舌を使った。ひどく淫らな真似をしている気分になる。
「どうした、ぼうや。なにがあった?」
見るからに海千山千の、一筋縄でいかない軍医さえ、セックスすれば男は甘くなる。優しく髪を梳きながら尋ねてくれた。クチが塞がっていてよかった。弱音を吐かずにすんだ。
結婚するんですよ、あいつ。
この戦争が終わったら、俺をすてて女と。
いっそもう、このまま。
砂漠の果てから帰って来るなと、真剣に祈りそうで。
目蓋の裏に途方もなく、広がる赤い、闇。