政略結婚
含まされていた楔が引き抜かれても、女は膝を閉じることさえ出来なかった。
壊れた人形のように横たわり、くたりと動かない肢体を男は満足そうに見下ろす。抵抗の力を完全に奪い取られたざまは降服に似ていて、それは男の征服欲を満足させたから。
自分だけさっさとガウンを纏って寝台横に用意された飲み物に手を伸ばす。興奮しきって、喉が乾いていたから、氷が溶けてしまったレモン水でも美味しかった。それからベッドに戻りモノにした女の胸元に手を伸ばす。ぴく、っと、先端を擽られた女がようやく、正気を取り戻したらしい。瞬きもなく見開かれていた、光彩の大きな瞳に意思が宿る。
「あいつの居場所に心当たりないのか」
あいつ、というのが誰のことか分からなかったらしい。ぼんやりしたまま、返事をしない。
「あんたのダンナだよ」
かぶりを振る。
「まじかぁ?トボけてんじやねぇだろうな?」
「どうして、そんなことを」
「離婚成立しねーと、結婚できねーだろーが」
女は意外さに、思わず顔を上げた。
「なに、あんた考えなかったのかよ。このマンマじゃガキ出来ても私生児だぜ」
誰に出来るのか、なんの話か、本当に分からなかった。
「行方不明が死亡認定されるにゃ七年かかる。嫡出の認定はその後でも出来っけど、王位継承権はそれからじゃ間に合わねぇんだよ。出生時点で決まるから、な。……アルに」
その名前に、びくっと震えたのを、若い王様は気付かない。
「アルんとこに今、ガキが出来たら、俺らのは負けちまう。てめぇの息子にンなリユーで恨まれたかないからな」
そこまで聞いてようやく、なんの話かは分かったが。
「……きみ……」
結婚。
する、つもりなのか……?
「やっぱ知らなかったか。俺あんたスキなんだ」
ベッドの上で向き直り、若い王様はしらっとした顔で、裸の女に向かってそう告げる。
「居ないあいだは侍女使ってたけど、戻ってきたからそっちは整理する。どれも孕ませちゃいないから面倒はないさ。……なに?」
ぎこちない動きで俯きながらかぶりを振る女に王様は手を伸ばし、黒髪に触れて。
「妬くなよ。ちゃんとかたづける。ってーか、あんたが片付けろ。夫の愛人の始末は正妻の甲斐性ダロ?」
「きみと」
「はい、なに?」
「……結婚なんかしない」
「ザンネン。あんたの意思は関係ないんだ」
「きみの父親より、義兄達より、きみをダイキライだ」
「はいはい。分かってるけど、わざわざ言うな。……分かってても腹たつから」
「きみの顔なんか見たくない」
「耳聞こえなくなったか?」
「きみを怖くもないんだ。故郷を焼くなら好きにすればいい。わたしはもう、何も愛していない」
「みんなに見捨てられて、独りぼっちだもんなぁ?」
若い甥様の口調には揶揄があった。けれど。
「そうだよ。だからもう弱みはない」
悲しみを通り越して絶望の淵に滑り落ちた女の、血の気のない横顔に眉を寄せて。
「みかたを、やるよ」
あんがい真面目な声をだす。
「きみを大嫌いだ」
「俺をそうでも、自分で産んだガキは可愛いだろ。あんたが産めば皇太子様だ。あんたを見捨てた連中を見返してやりゃいい。……、ん?」
女の白い肩が病的に揺れる。寒さに鳥肌たっているのを見て、掴んでずるり、胸元へ引き寄せた。力の抜けた身体は無抵抗に寄り添う。冷たい肌をぴったり抱いて、自分の体温が移って、温まっていくのに王様は目を細めた。
セックスの時、女とべたべたするのはキライだった。前後も最中も。皮下脂肪を貼り付けたべっとりした皮膚の感触がダメだった。汗で湿ったりしていると、指先に触っただけで、こっちが鳥肌だちそうになるほど。
この女だと、なんでそれが平気なんだろう。平気どころか気持ちがいい。口で強がっも生理的な感覚はゼッタイで、自分がこの相手に、惚れているらしい事はもう、否定したくても出来ない。
「子供なんか、できない」
「何べんいったら理解するのかな。あんたの意思は関係ないって」
「わたしは避妊手術済みだ」
意味が、咄嗟には理解できなかった。
「鬼の国に嫁いだときに、蛇になる決意くらいしたさ」
くっくっという病的な笑いを納めて、腕の中から見上げてくる美貌の艶やかさ。黒めがちの大きな瞳は澄んで、唇は腫れて充血して、禍々しいほどの赤。
美しい女は幾らでもいる。けれどまっすぐ、自分を見詰めてくるのは、この相手しかいない。
本当は。
「十年前から、きみを大嫌いだ」
父親の後妻になるために征服地から送られてきた人を。
「理解していないのはきみの方だ」
身代わりに押し付けられた子供の頃から、本当は。
「わたしの嫌悪と軽蔑を分かってくれ。……野蛮人」
ずっと。