政略結婚・2

 

 

 

 朝、執務室の脇机にカボチャが置いてあって、アァ今日はその日かと思い当たる。秋の収穫を祝うお祭りで、子供たちは仮装して街を歩き、玄関先にかぼちゃの置かれた家の呼び鈴を鳴らす。

 王宮で育った王様は王様になる前、王子様だった頃から街を歩いたことはない。母親には物心つく前に死なれたし、父親とはだだっ広い王宮の別の建物に住んでいた。もっとも一緒に住んでいたところであの陰鬱な父親に、お祭りの日のお菓子を貰いに行くなんて考えられなかったが。

 午前中の執務が一段落した十一時過ぎ、秘書官の煎れたお茶を飲んでいると内線の電話が鳴って、アルフォンス公からです、といって取次がれる。出ると、今から客を連れて行ってもいいかと伺いをたてられ、どんな客かも聞かずに承知した。幼い頃から二人きりで育ち、大人になって利害関係が絡みだしても尚、仲のいい兄弟。

「兄さんもどうかと思って」

 招かれたのは街の宝石商。王室御用達の重々しい店ではなく、若いデザイナーたちの装飾品を扱う気軽な店で、最近、城下では人気を集めているという。

店主がうやうやしく持ち込んだブリーフケースの中にはベロア貼りの小箱が二十余り。その中にはお菓子の形を模したブローチや指輪、ネックレスが納められている。本物の金と宝石で作られているが、価格は三十万ゼニーから八十万ゼニーといったところ。街の青年が恋人に贈るには勇気が必要だが、王室に納められる商品にしては破格の安さだ。ケタ一つ二つ違う。

「でも可愛いでしょ?女の人はこういうの好きだよ。ウィンリィは指輪しないから、このブローチは僕が買うけど、他はにいさんが先に選んでいいよ」

 キャンディーの束に模した色石のブローチを指差して弟は告げる。

「俺は、いい」

「またそんなこと言って。これなんか嫂さんに似合うと思うけど」

 真珠を繊細な金鎖で留めて飴細工のようにしてある髪飾りは、確かにあの黒髪に素晴らしく映えそう。

「せっかくだから買ってあげなよ。嫂さん喜ぶよ?」

「喜ばねぇよ」

「喜ぶと思うけどなぁ。あ、じゃあ、これと、こっちと。えーと、もう一つ、これも。このブローチは僕が持って帰るからリボンをつけて、他は配達して欲しいんだけど、今日中に届けてくれるよね」

 幼なじみで従姉妹でもある妻を愛しつつ、他に愛人や恋人が何人も居ると評判の王弟は噂を傍証するかのように、複数のプレゼントを買った。態度は堂々として金払いはよく、長身で爽やかなハンサム。女たちは王弟殿下である彼を愛し、だから我儘を許している。

 注文を承った宝石商が退室し、兄弟で向き合って、久しぶりに二人で昼食を摂った。食事に時間をかけるのがキライな兄に付き合って簡素なサンドイッチ。この国で王家に生まれた男子は基本的に軍人で、よく言えば簡素わるく言えば潤いに乏しい、がさがさした生活も仕方のないことだが。

「最近、嫂さんとはどうなの?」

 兄の家庭生活を弟は心配している。幼なじみの妻をはじめとして、異性関係では潤いに塗れている弟にとって、兄の女運の悪さは見過ごせない問題だ。

「相変わらずさ」

「戻って来てそろそろ一ヶ月だっけ。嫂さん少しは兄さんに馴染んだ?」

「なにが欲しいか、今朝尋ねたんだ」

 ばくはくと昼食のサンドイッチを食べていく目の前の兄は、弟のひいき目抜きにしても、宮廷内で一・二を争う容姿の持ち主だ。もちろん弟は、兄と競り合うのは自分のつもりでいる。

「いちお努力はしてんだね、にいさんも」

「珍しく返事した。自由が欲しいってな」

「ふぅん。それで?」

「出て行きたいんなら好きにしろって、居間に突き出してきた」

「ベッドの中から、裸で?」

「そうだ」

「だから兄さん、上の空なんだね」

 納得して頷く弟の言葉を兄は否定しない。執務こそそつなく済ませたが心ここにあらず。意識は私室の居間に飛んでいる。膝を抱えて多分食事もせずに座り込んでいるだろう女。季節は晩秋、寒くて凍えている。侍女が気を利かせて暖炉に薪でもくべてくれればいいが、国王が処罰していった女を助ける勇気を使用人に期待するのはムチャだ。

「僕は時々、嫂さんが憎いよ。どうしてあんなに依怙地なんだろう。兄さんがこんなに大事にしてるのに」

「俺をキライだからだろ」

「そんな権利が、そもそもあの人にはないのに。ねぇ兄さん、立ち入ったことを聞くけどさ」

「聞くな」

「きくよ。セックス、うまくいってるの?女の子は気持ちよくしてあげないと自分が男の犠牲になってると一人で思い込んで増長する生き物だよ」

「毎回泣かれてる。ヤったあと暫く口も聞かないでメシも食わないから、なるべく本番はしないようにしてる」

「わー。しんじらんなーい」

「俺と寝るたびに死にたくなるらしい」

「にーさんも悪いところあるけど、嫂さんさいあくー」

「俺のどこが悪い?」

 詰問ではなくごく真面目に、兄は弟に尋ねる。

「昔のことはもうどうしようもないけど、いまどこが悪いのか教えてくれ」

「今朝、門のところにかぼちゃが飾ってあってさ」

「そこにもあるぜ」

「子供の頃のこと思い出したよ」

 子供のための祭りの日、街を歩いた事はない。けれど義母になる予定の女は大昔のその日、部屋の前にカボチャを置いてくれて、二人の子供を待っていた。彼女に倣って王宮の他の者たち、侍女や侍従、果ては厩の御者のたまり場にまで王子を招くためのカボチャは置かれていて、ヤンチャ盛りの男の子たちは王宮中を探険して、一日中、駆け回って過ごした。

それはひどく楽しい、たった一度だけの記憶。本格的な冬に入る頃、義兄らとともに出征中だった父親が戻って来て、女の身柄は父親の宮殿に移された。

「あの頃はあの人、僕らに優しかったね。よく遊んでくれた」

「暇だったからだろ」

「昔は優しい人だった。みんなで虐めてオモチャにして、それでセックス嫌いになっちゃったんなら、ちょっと可哀相」

「俺が悪いのはわかってる」

「でもあとに引けないんなら、前に進んでくしかないけどさ。しつこいけど女って、ベッドでヒィヒィよがらせてないと手におえないよ。僕としてはにいさんに別の女性と幸福になって欲しいけど、にいさんはあの人がいいんでしょ?なら対策をたてなきゃ」

「放って置いてくれ」

「おけないよ。……にいさんが辛そうなのに」

「俺が好きでやってることだ」

「躾してあげる。多分、嫂さんも素直になれた方が楽だし」

「あいつ俺のことキライなんだ」

「古い国の王女様だからね。新興国の僕たちが王家とかいってるのがおかしいんだろう。気持ちは分からないじゃないけど」

 王妃の実家は征服されたとはいうものの、先祖は神様だという神話さえ持つ、千年以上を経た宗教国。この兄弟で四代目の若い国家は興隆を極め軍事と経済では圧しているが、文化芸術方面はさっぱりで勝負にならない。

「にいさんあの人に合わせすぎだよ」

征服したのに従順を強要しきれない、惚れた弱みからの齟齬がぎしぎし、男と女の肌を傷めるほどの軋みを生じさせている。

「らしく力ずくで押し轢いてしまいなよ」

野蛮人らしく。