The sex on the turn
ことは大層、しずかに運ばれた。
国軍大佐の失踪も出頭も断罪も、失踪に同行し出頭時まで一緒に居た最年少国家錬金術師の処罰も。
まるで最初からなかったことのように。
三十日間の留置期間を終えて、留置場から出された『もと』国家錬金術師を、その弟が迎えに来ていた。弟はその日まで、金髪の少尉のうちに滞在させてもらいながら、兄との面会に通った。
金髪の少尉は、南方戦線への転出が内定して少し忙しそうだったが、兄弟には親切だった。それは。
「頼むって言われたからだ」
面会どころか差し入れも許されないもと上司とは、結局、最後まで会えなかった。一応身柄は軍事裁判所で予審取調べ中、ということになっていたが、本当にそこに居るかどうかは、分からない。
結局、少尉の手には、一枚のメモだけが残った。非公式なルートで届けられた、ほんの短い走り書き。横罫線の頭には憲兵隊の透かしが入っていて、それでそのメモがあの男の憲兵手帳から千切られたものだと分かる。
なにもかも全部、許してやるからあの子のことを頼む、と。
書かれているのは、本当に、そんな短い言葉だけ。
「それ、見せて」
釈放された夜、夜行汽車で発つ兄弟を見送りがてら、食事をとったのは駅前の店。夜遅い時間だったが客は多く、薄暗い店内にざわめきが篭っている。
差し出された左手に金髪の少尉は、大事に手帳に挟んだメモを渡した。破られることを承知だったが、もと最年少国家錬金術師はじっと、それを見た後で。
「サンキュ」
尋常に返した。そして。
「なぁ。マース・ヒューズって、どうしてる?」
「療養中だ。あの人の護送の時、襲撃してきたテロリストとやって、公傷で入院した」
「一ヶ月も?そんな重傷なのか?」
「さぁ。俺はその場に居なかったから知らない」
「あんたは、南方戦線に行くってったな。殺されんじゃねーの?」
戦場で死地に追いやられ口を塞がれるのではないか、と、金目の少年がするどく問うのに、少尉は肩を竦めるだけで答えた。
「かもな。その前に、気が済むようにしていいぜ、大将」
煮るなり焼くなりと、金髪の少尉は言った。その口元を、じっと見詰めながら。
「いっぺんも」
「ん?」
「ロイはあんたたちを、悪く言わなかった」
呼び捨てにされる名前に少し、少尉は目を細める。違和感のない、呼びなれた口調。『駆け落ち』の間中、そう呼んでいたのだろう。
「なんでなのか、俺はよく分かんなかったけど、悪いのは自分だって、言ってた」
どこが悪いのか、それも分からなかった。『子供』である自分を『犯した』あのセックスが罪だったと言うのなら、俺に償ってくれればよかったのに。俺を一生愛して責任とってくれれば、それでよかったはずなのに。
「なんでこんな事になったのか、俺はまだ分からない」
拘置されていた間中ずっと、そのことを考えていたけれど。
「わかんねーんだ」
「……ごめんね、兄さん。僕が悪かったよ」
沈んだ兄に、鎧の弟が謝る。
「僕を捜すために、兄さんに苦労させて、大佐にまで迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
「お前のせいじゃねーよ、アル」
それだけは金目の少年は断言した。それははっきりしていることだから。
「ナンで大佐がこんなことになったのか、俺はまだ分かんねぇ。でもさ。ロイが、あんたのこと許す、っていうんなら」
カタンと、少年は簡素な木の椅子から立ち上がる。仕草は自然で、右手にコップを持って、まるでカウンターにセルフサービスの水を取りに行こうとしているみたい。
「俺もあんたのこと、許すよちょっと、辛いけど」
機械鎧の右手に持ったグラスを斜めに高く放り投げて、天井の電灯に当てる。ガシャンと電球が割れ、バチバチ、青白い光。
「うわ、なんだ、なんだッ」
「え……、停電か……?」
「ぎゃっ、ガラスが降ってくる!」
少年が割った電灯は一つだけ。なのに破壊音は連続した。錬金術を使って少年が店内の電灯を割り、そのせいで店内は真っ暗、大混乱。
「……走れッ」
アニキの無茶に馴れている弟は言われる前に既に走り出していた。何が起こっているかまだ、理解しきれていない少尉を引き摺って。
「つけられてたよ、あんた。……俺かもしんねーけど」
裏路地を走りぬけながら、息も乱さずに少年が早口で告げる。
「セントラル駅はヤバイ。一駅先から、北行きの汽車に乗るぜ。そっから適当に乗り換えて、最終的には国境を越える」
「……俺もか?」
「あんたこの国に居たらヤバイだろうが」
軍人には戦死がつきもので、さくっと口を塞がれる。
「……俺の心配なんか、要らねーんだよ……」
口惜しそうな、声は一緒に駆けていく弟や少尉に告げた言葉ではなく。
「あんたが許すってんなら、俺だって許してやるよ……ッ」
だから。
必ず会いに、また戻ってくるから。
……生きて。