S・Sex・Five
最初は指だった。痛いと言って泣くと、代わりに舌先が入ってきた。柔らかく濡れていて痛みはない。けれど自在な動きと弾力に、苦しみは増した。
「……、ド……、も……、ヤメ……」
許してくれと何度願っただろう。その都度、指先や舌先は動きを止める。でも瞬間で、すぐに。
「……イヤ……」
また蠢き出す。粘膜の狭間、朱色のあやめの花のようなそれに手をかけ、花先が埋まるほど鼻面を押し付けて深く、舌を潜り込ませて探っている。内部がどうなっているのかを。
「……もう、イヤ……」
情けなく泣き出す。痛みより羞恥で。悲鳴に似た泣き声を上げ続け目と、股間に顔を埋めていた男がのろのろ、そこから離れていく。未練ありげに、最後にぺろんと、舌先でクレバスを舐めて。
「……ッ」
シーツの上で、ビクンと跳ねた身体を、
「意地悪」
恨みがましく告げられながら、抱きしめられる。必死に顔を背けると逆らわず、後を向いた、背後から抱かれた。
意地が悪いのは、君だよ。
「なんで、どーして。教えてくんないあんたが意地悪じゃん。俺が知りたいのは当たり前だろう?」
ベッドの足元には重たい医学書。真面目な解剖学の本と見比べられながら、生殖器の中を探られるのは、辛い。
「どーしてさ。大事なコトじゃん。あんたが教えてくれりゃ、俺だってしやしないよ。……どこがどーなってて、どうすりゃキモチイイのかさ」
俺の機嫌をとるように男の腕が絡んでくる。
「……知らなくても」
「はい、なに?」
「セックスは出来るだろう」
「出来ますねぇ。蛇口ひねれば水が出るし、秋になりゅ木の実が成る。原理を知らなくても事象はこなせるさ。でもそれで我慢できないのが俺たち、錬金術師じゃなかったっけ?」
神が定めた摂理の、原理を知ろうとして不遜に足掻く救われない生き物。知識への欲望を押さえきれずに時として、人間性をも踏み外し、禁忌に触れて罪を得る。
「どうやったらどうなるのか、じゃなくて、どうしてそうなるのか貼りたいんだ。好きな人のこと知りたいのはさ、当たり前で、おかしくないだろう?」
背中から肩を抱き締められて、そのまま暫くじっとしていたが、
「もう今日はしねぇよ……」
いつまでも身体を固くしたままの俺を、宥めるようにそう告げた。
「しないからこっち向いて。オハナシしようよ。……な……」
うなじに後ろ髪に、熱心に下ろされる唇。俺が息を吐くのを待ってから、そーっと体を仰向けに直されるのには逆らわないで置いた。
拒絶を二度繰り返すと、いうことを聞いてくれなくなる。交渉の余地なく奪われる。でもそんな打算とは別の場所で、
「……」
俺に懐きたがる、二十歳の金色の若者は可愛かった。
なんともいえない瞳で見つめられると、無抵抗に目を閉じるしかない。それは承知の合図で、唇を重ねられる。下唇を舐める優しい誘いにのって自分から開くと、噛みこむほど深く、殆どセックスそのものみたいな激しさで、内側を犯される。
それは嫌なことじゃない。
真剣な情熱は愛しくて、自分から腕を絡めて抱きしめてやった。
よく無事で。大きくなって。
生きていてくれて、それだけで嬉しいよ。心から。>
やがて唇が離れる。閉じていた目をゆっくり開くと、金色の光彩に自分が映っていた。
「なに笑ってんの?」
「……ふふ」
「なんだよ。俺なんかおかしかった?」
もう一度、抱き合いながら、今度は軽いくちづけ。
「君があんまり」
「なに?」
「いい男になっていから驚いた」
「……」
無言のまま、ぎゅうっと強く、また抱き締められて。
セックスするんだと思って体の力を抜いたのに。
「ご褒美に」
「……ん?」
「教えてくれる?」
「子供は産めないよ」
「……そっか。残念」
期待していたらしい。深い溜息。
「でもいーよ。それはもともとだし、俺あんましさ、結婚とか家庭とかってのにキョーミないし。アルと違ってね」
「弟君は何処に?」
「……」
「会わせてくれないか。懐かしいな」
「……ナンにも聞き出させねぇよ」
「そういう意味じゃないよ」
「なぁ、ロイ。……俺さぁ、残念だよ」
「なにが」
「あんたぶくぶく、中年太りしてりゃ良かったのに」
「酷い事を」
「老け込んで白髪頭でさ」
「まだそんな歳ではないよ」
「それでも俺、あんたを好きだったよ」
言葉の語尾に嘆きが混じって、ふと顔を見ると、金色の光彩は溶け出す寸前の、頼りない色に潤んで。
「……あんたが俺を好きなのは、五年前から知ってた」
抗弁の気力もなくて頷く。その通りだった。
「あんたが俺を信じてないのも、知ってた」
それは違う。君の情熱と愛情を信じてるよ。それは時々、痛いこともあるけど、君に悪意がないのは分かっているから。
「俺は証明したかった。あんたにも、あんたの周囲の、あんたのこと好きだった奴らにも。俺はホントにあんたのこと愛してるんだって。……連中がどうしてあの時にあんな真似したのか、最近になって分かる気がすんだ。きっと俺があんたのこと酷く傷つけると思って、そうなる前に、俺と別れさせようとしたんだろう、ってサ」
そうだね、多分。
私は君に、似合わなかったから。
「あんたが四十なっても爺になっても、俺あんたのことちゃんと愛したよ。結婚して死ぬまで連れ添ってくつもりだった」
十五の君に、そういえば、そんなことを言われたね。でもまさか頷く事は出来なかった。信じなかったんじゃない。そんなことさせられない、と思ったんだ。
気持ちだけで十分、幸福だったよ。とても。
「ひどいよ」
耳元に低く囁かれる、言葉。
「こんな綺麗で、若返ってんのは、ひどい。これじゃナンにも証明になりゃしない。おれはあんたのマンマで良かったんだ。オトコとか年上とか、気にした事は、なかった。……気にしてたのは……」
俺だけだったね、確かにそうだ。でもこうは思わないかい?
君は若くてキラキラだったから、何も気にかける必要がなかっただけだ、と。……今も。
「あんたはひどいよ、ロイ。なぁ怖いこと聞いていい?聞くの怖かったけど、聞かないで居るのも、怖い。あんた、幾つ?」 『あれ』から五年。いまちょうど二十五歳、くらいだから。
「十年したら」
「……、ロイ。……大佐……」
「十五歳になる」
「……、っぱり……ッ」
「それまで君のものだ」
十年間、愛し合えるのは素敵なことなのに。
君はどうして、そんなに悲しそうに泣く?
「十年したって、俺はまだ三十だよ」
そうだね。私が君と愛し合った歳だ。
それまでずっと、君に償うよ。あの夜のことを。
「あんたは長生きしなきゃいけないんだよ。俺より十五も行きなきゃいけなかったのに、なにが、十年だよ……ッ」
……ダメだ。
十五歳以下の、子供とのセックスは、いけないことだ。そんなことしているのがバレれば社会的な信用をなくすし、なにより、子供の体では、君を愉しませてあげられないと思うから。
十年したら、君はちゃんと。
「また言うの。他の女と仲良くしろって?」
うん。
十年じゃなくていい。君が飽きるまで、もう少しだけ、君と抱き合わせて、飽きたら捨てていいよ。
そうして君は、君に似合いの、女の人と、シアワセに。
「……何処、だよ」
「……ッ、エドワード……、指、イタ……ッ」
「錬成陣、何処だよ。勝手なことしやがって。破ってモトに戻してやる……ッ」
「……、ムリ……、人体錬成じゃない……、門……」
これは俺が、俺自身にかけた呪いじゃない。
禁忌の扉を開いた代償の運命。
「……、ロイ。ロイ、ロイ……。嫌だ……、ロイ……」
そんなに泣かないでくれ。なんでもしてあげるから。
教えてあげるよ。君が知りたがっていること。ほら。おおまかに分けて、大陰唇と小陰唇があって、君が花びら、って言ってるのがまぁこの二つのことで。
性的に興奮してくると、特に変貌が激しいのが小陰唇だ。充血して肥大化して開いていく。濡れるのはそのもっと下からで、反対に、性器の一番上の粒がいわゆるクリトリスで、女性が一番、かんじる場所ってことになってる。
聞いてるかい、エドワード。せっかく教えてやっているのに。
そんなに身も世もなく、泣き嘆かないでくれ。
「俺はあんたの、まんまで良かったのに……ッ」
泣かないで。愛してるから、こっちまで切なくなる。
昔、弟に出て行かれた時も君は、こんな風に泣いていたね。そんなに悲しむな。ずっと君のことを愛してるよ。
「……戻してやるから、絶対、俺が……」
いや、それは。
それは、どうだろう。あまり嬉しくない。
このままの方がいい、俺は。
「ずっと一緒に、生きてよ……ッ」
もちろん。時間が来るまでは、ずっと。