SSexSix

 

 

 どうなんだろう、と思いながら、俺は力なく寝台に横たわる女を眺めていた。

 胸も腰の丸みも、俺の女の方が豊かな気がする。そんな風に女のカラダを眺めたのは初めてだった。服の上からじゃなく直に触れて撫でて揉みこんで弾力を感じて、形と膨らみを認識して、俺はようやく、オンナって生き物の形状を理解した。

 した後は興味が湧く。それは目の前の相手にじゃない。考えてるのはこれと比べて、『俺の女』はどんな風なんだろう、ってコト。世間の中で、あれはどういう位置付けになるんだろう。

 背は、俺の女の方が高い。肉付きもやや豊かだ。曲線の具合も。まぁでもこっちは悪阻がきつくって、ろくに食えないせいで痩せ細ってる。

「お前がそんなに弱ってると別人みたいだぜ、ウィンリィ」

 俺に向かってスパナをガンガン、絶妙のコントロールで投げつけるお前がなんか、懐かしい。

「食べれそうなの、なんでもいいから、思いつかないのか。取り寄せてやるぜ」

 俺が言うのを、俺の妊娠中の『妻』は黙って聞いていた。戦争捕虜の女を自室に引き入れてもう一週間、そのカラダに溺れ込んでることを『妻』も知ってる。でも、文句は一度も言ってこなかった。ただ体調をぐちゃぐちゃに崩して、侍医から報告があって、俺は見舞いに訪れた。

「一緒にごはん食べてよ」

 まだ腹の膨らみはよく分からない。でも下腹のせり出した妊婦より今の時期の方がキツイらしい。そんな知識を、俺は『俺の女』から聞いた。俺の女は俺に、見舞いに行け行けってうるさかった。

「一人だと味がしないの。ひとりぼっちでゴハン、食べたことなかったから」

 そういえばあの人を取り戻して以来、俺は三食、いや夜食いれて四度、メシは全部、あの人と食ってた。昼飯さえ執務室から寝室に食いに戻って、あの人がまだ眠ってるときは寝顔見ながら食った。その方が美味かったからだ。

 今日もそのつもりで、『見舞い』の後は部屋に戻って、天気がいいから中庭で食おうと思って、ランチボックスを用意させた。一週間、全然部屋から出してないから、そろそろ、陽にも当てないと体に悪いかなと思って。

 ふっと心に影がさす。自分の女の事はそうやって心配してたけど、ウィンリィのことはそういえば、一度も考えてやらなかった。これは俺の女じゃない。でも大事な相手で、今は大切な時期だ。

「いいぜ。なに食う?」

「なんでもいいけど、外で食べたいな」

「……そうだな」

 天気がいい。大総統代行の『妻』が住む部屋は当然、俺の寝室と近くて中庭は俺の寝室からも見える。

 俺の女がまだ、眠っていてくれることを祈りながら。

「ピクニックするか。サンドイッチ持って」

 俺は『妻』に手を差し出す。右手を、差し出す。こいつがつけてくれた機械鎧じゃなく生身の。

「ねぇ、エド。あんたって、あたしにゼッタイ、右手しか出さないのね」

 気のせいかちょっとは元気になった様子で長い金髪の女は俺の手をとり、ベッドから出て簡単な服に着替える。俺はその間、従卒にランチボックスを取りに行かせた。ロイと一緒に食おうと思って俺の部屋に運び込ませていた藤の。

「なんで?」

 いまさら訊くなよ、そんなこと。分かってるだろう。

「お前もう、アルの女だから」

 俺の幼なじみってだけじゃないから。

「俺が気軽に触れる訳ないだろ」

 ガキじゃないんだお互いに。犬っころみたいに転がりあってた子供時代は終わった。俺もお前も大人になって、男になって女になって、別の相手とセックスしてんだから、当然、礼儀が要るだろう。

「つまんないなぁ、そんなの」

 そうか?

俺はガキじゃなくなった今の方が面白い。色々、まぁ辛かったり面倒くさかったりも多いけど、ガキの頃より深く味わえるから。俺が愛してる女を。

「昔、三人で一緒に居れた頃の方が楽しかった」

「無茶言うなよ。いつまでも、それじゃ済まないだろ」

 奇数は不安定だ。三人居れば誰か一人が抜けて、別の相手と番にならなきゃいけない運命、だったのさ最初から。

「うそ。あんたが勝手に、いちぬけていったのよ」

 かもしれないな。でもそりゃ偶然の運命だ。なんでそんなに、恨みがましい顔をするんだよ、お前。

「寂しかったんだよ。あたしも、アルも」

 そりゃ知らなかった。お前らはお前らで、仲良くしてると思ってたぜ。勝手にガキまで作っといて、なにが寂しいんだか。

「ねぇ、あの人のこと見つけたの?あんたの部屋に閉じ込められてるの女の人だって聞いたけど、どうなの?」

「関係ねーだろ、お前には」

「あるわよ。だってあたしが浮気されたことになるんだから」

「……あのな」

 暖かな外出着に着替えた『妻』の手を引いて、中庭に続く階段を降りていく。足元気をつけろよ、って一応、お決まりの気配りなんかしてみながら。

「お前そりゃ大概なわがままだぜ。自分はアルとガキつくっといて、俺にどうこう、言える立場かよ」

「でももうちょっとやり方を考えてよ。あたしあんたと結婚してるんだから、こんなやり方されるのはみじめよ」

「俺だってあいつと五年前に結婚してんだよ」

 してくれと俺は言った。ロイはついてきてくれて二人で駆け落ちした。それが結婚じゃなくてなんだ。

「死に物狂いでようやく会えたんだ。暫くは離さない」

 閉じ込められる、って表現されちまうような扱いは、おいおい、変えなきゃならないとしても。

「あたしはイヤよ。あの人とあんたが結婚するなんて」

「なんでお前が反対するんだよ」

「幼なじみ、ううん、家族として反対。あの人、あんたを幸福にしないから」

「……なんでお前がそんなこと言えんだ?」

 心から不思議だった。だから足を止めて、まじまじと眺めながら尋ねる。俺がいまどれだけ幸せか、見ててお前は分からないってのか。ロイのこと触って抱きしめてキスしてメシ食って、一緒に居られるだけでこんなに幸せなのが、どうして分からない。

「アルだって反対だよ。この前、出て来た時に言ってた。あんたがあの人のこと探して必死なのが辛いって。不幸になるために努力してるようなものだから、って」

 俺の、どこがどう、いま不幸なんだ。ロイと手を繋いでるだけで身体が浮き上がる気がする、こんなに幸福なのが、お前たちには分からないってのか?

「早く目を覚まして、って、あたしたち思ってるよ」

 真摯な目は正気で、本気で、だから逆に、俺は呆然と立ち尽くす。

「あんたゼッタイ、なんか騙されてるわよ、エド」

 バカ言えよ。俺は本当にあの人に、酷い要求ばかりして、ぐちゃぐちゃに壊した。

 俺が奪ったものをせめて、一個でも取り返して幸せに、したいってずっと思ってた。俺に人生、くれた人だから。

「あの人あんたに似合わない」

 この世で、たった一人だけの伴侶。命がけで俺を愛してくれた。

 俺の一番、大事な人なんだぜ……?