S・Sex・Twelve
寒い、冷たい。そのうえ腹が減った。
最近どうも、こんなメによくあう。
日没後の屋上、赤外線スコープつきのライフルの標準ごしに総統府を見張る。気温はぐんぐん下がってく。非常食のつもりだったナッツ入りのチョコは一欠片も残ってなくて、煙草だけはあと二箱あるけど、煙じゃ腹は膨れない。
それでも吹きさらしの屋上から、暖かな部屋に戻ろうとは思わなかった。
今夜はここに、あの弟が来てる。隠してるけど、俺には分かる。顔つきも立居振舞も上手に真似てるが、弟はアニキじゃない。証拠にいつも、『奥方』とメシを食う。
アニキもたまにはそうしてる。でも順番が違う。アニキはいつも仕事が終わって一度は自分の部屋に戻ってから出直すが、弟はまっすぐ奥方の部屋に行く。つわりで痩せた女が心配でたまらないんだろう。夫が妊娠中の妻を気遣うのはいいことだろうけど、そのオトシマエが何処に向かうかを、俺はもう、ずっと心配してた。
自分の好きな人が、不幸せな恋をしてる時。
それをなかなか受け入れてやれないって、俺は身に染みて知っていた。俺は昔、どうしたって俺の大佐と大将の恋を許せなくて蛇の誘いに乗ったのだ。あの誘惑の蛇も辛そうで、あっちの動機も欲望じゃなくって、不幸になるのを、見ていられなかっただけだと、今は思ってる。
だから多分、あの弟もアニキの恋を受け入れてやれないだろう。それはもしかしたら、自分がそれほど愛されないカナシミが動機かもしれない。でも『相手の為』っていう大義名分を隠れ蓑に、思い切った真似を出来るものだ、って。
俺は本当によく知っていた。
俺の大佐が起居してる部屋の、灯は早々と消えた。今夜は大将がやって来ないことを知っていたらしい。そのまま朝まで眠っててくれれば、俺としては万歳だったけど。
やっぱり世の中、そうそう甘くはない。悪い予感に限ってよく当たる。深夜を廻った頃、その部屋の明かりが点った。ライフルを抱え込んだ姿勢で座り込んでた俺は掌に馴染む鉄の塊を肩止めで抱えなおす。嫌な感じがした。
スコープの、赤と緑に染まった視界の中、俺の大佐が部屋の明かりを点ける。パッと視界が真っ白に染まって、俺はライフルのスコープを赤外線からノーマルに戻した。寝巻き姿の大佐がドアに向かう。室内は暖かいらしくて薄着だ。
ドアを、開けないでくれと心の中で祈ったけど。
祈りは届かず、視界の中から消えた大佐が部屋に戻ったとき、隣には別の男が居た。何かを話してる。もちろん内容は聞えない。でもいい雰囲気じゃないことは分かる。やがて男が、俺の大佐の、肩に乱暴に手をかけて。
嫌がって大佐がカラダを振った瞬間、俺は引き金を引いた。
……勘弁、しろよ。
恩人だった。でも、恋は恩義より重い。