S・Sex・Fourteen
『帰らないで、うちの子になればいいのに』
言ったあいつはガキだった。聞いてた俺らも、同じくそうで、でも昨日のことみたいによく憶えてる。
あれは秋だ。剪定を終えた葡萄の枝を燃やす匂いが村中に漂ってた。ピナコばっちゃんの家で夕食を食べさせてもらって、宵闇の中、自分ちに帰っていく俺らを見送りながら、ウィンリィが言った。
母さんが死んでからは本当にばっちゃんには世話になった。親代わりをしてくれて、ウィンリィとも家族同様で、でも本当のそれじゃない証拠に、俺とアルは、夕食が済むと自分たちの家に帰ってく。
『大きい家で、みんな一緒に住めればいいのに』
そのときのあいつの言葉を鮮やかに覚えてるのは、多子供心に、悲しみを感じたからだった。両親に死なれたウィンリィと、葉は親をなくした俺たちと、寂しいからって、家族にはなれない。
それでも、その後で。
『待ってて。あたしがいつか、大きな家たててあげるからね』
リゼンブールきってのお転婆らしい言い草だった。笑って俺に手を振るあいつは、いつも俺たちが見えなくなるまで戸口に立って見送ってくれた。
俺たちの親の家は壊れて、俺らはそこから放り出されて寒くて寂しくて。忘れられない暖かさを取り戻そうと足掻いた挙句に禁忌を冒して、さらにたくさんのものをなくした。
罪深い、というなら俺が、一番の罪人だ。人体錬成の禁忌を冒した上に、そのせいでアルまで犠牲にした。
どれだけ、俺が、あいつに償いをしたかったか。
同じことを、俺は俺の『妻』にも思ってる。
一生ずっと、いうこときいて、そばに居たかった。
俺のせいで不幸にした人を抱きしめたかった。
「……なんでこんな真似したんだ」
大総統府の奥、風通しのいい部屋。ようやくつわりのおさまりかけた女が髪の先を挟みで揃えてる。俺のより濃い金髪が、昼下がりの陽光を浴びて輝く。
「俺の大事な人ってことは知ってただろう。お前らなんで、追い出すような真似するんだよ」
相手は妊婦だ、それもまだ安定期前の。そう思ったから怒鳴りはしなかった。でも語尾は、自分で分かるくらい震えてた。アルが来て、居なくなって、入れ替わりに俺が戻ったとき、。俺の部屋から、俺の大事な人は居なくなってた。
大騒ぎする前にジャンが『保護』したって俺に言って、詳しいことは、説明なしだった。事情を問いただそうとしても曖昧に誤魔化されて、奥方に聞けよって、そればかり。
それでけでも、俺にはなんとなく分かった。ウィンリィは俺とロイとのことを喜んでなかった。でも、まさかこんな真似、されるとは思わなかった。実際にしたのはアルフォンスだったみたいだけど。
「お前ら、グルだろ」
俺は確信を持って言った。そうよと、鋏を置いて易々と、アルの子供を孕んだ俺の『妻』は答える。
「理由は何度も言ったでしょう。あの人と居るとあんたおかしくなるからよ。アルだって悲しんでる」
「恋人なんだぜ、大事な人だ」
「それが分かんないわ。あの人と、あたしも何回か会ったことあるけど、どう考えたっておかしいわよ。あたし同性愛にはそんなに偏見ないつもりだけど、男同士とかそういうのの前に、おかしい」
「ウィンリィ」
名前を呼んで、一旦は深呼吸。これは大事な幼馴染で、アルの嫁さんなんだから、今は本当に『義妹』。傷つけていい相手じゃない。分かってる。でも。
「檻はお前とアルのこと許したぜ」
大声で怒鳴りたい衝動が腹の底から湧いて胸郭に流れ込む。俺の女に対する弾劾は、俺自身を悪く言われるよりはるかにに生々しい敵意と挑発。
「俺のカラダで勝手にセックスして、ガキ作ったのも許した。アルのなら俺のでいい。お前と子供を、ずっと守ってやるよ」
せめて生まれてくる子供が大きくなるまでは、母親と安心して暮らせる安全で暖かい家を、用意してやりたいと心から思う。
「だからあんたのことも許せっていうの?前提条件が違いすぎる」
「俺は一生、オンナはロイだけだ」
「だからそれがおかしいって、気付いてよ」
「迎えに行きたい。一緒に来い」
「いやよ」
「来てくれ。頼む」
何度かもう、ジャンの家まで行った。でも会ってくれなかった。アルとウィンリィに追い出されて傷ついてんだと思うと無理強いも出来なくて、俺にもアルのこと黙ってた負い目があって、大人しくひいた。でももう、そろそろ限界。会って顔を見て、声をきいて抱きしめないと死にそう。
「お前とアルが祝福出来ないならそれでもいい。残念だけど、諦める。でもこれはやり過ぎだ、そうだろ?お前らが俺とロイのことを嫌ってるからって、俺たちを引き離す権利はない」
俺のせいで殺されたかと思ってた人が生きててくれて、また会えた。その幸運を、俺はまだ噛み締めてる途中。これからいろいろ、やっと『ちゃんと』しようって思ってる。再会から今まではセックスばかりだったから。
まずは約束してた指輪、そうして高いレストランでワインつきの食事。ちゃんと約束覚えてるよって証明して、最終的には、一緒に暮らす居心地のいい家を。
「迎えに行くから一緒に来い。そうして、お前はアルの女房なんだって、ロイに言うんだ、はっきり」
俺が居ない間の勝手を許す、それが裁定の条件だった。
「あたしは行かないわ」
「ウィンリィ。俺が優しく言ってるうちに折れろよ」
「行かない。……あんたを好きなの」
「は……?」
いきなり告げられた言葉に意識がついていかなかった。
「あたしはあんたのこと愛してるのよ、エド」
「なに、言ってんだお前、アルの女房だろうが」
「アルもあんたのこと愛してるの」
意味が、本当にわからなかった。
「だからあたしたち寝たの。あんたがセントラルに攻め込んで、ロイさんと万が一にも、再会する前に、子供つくったのよ」
女の赤い唇からこぼれていく、ひどく禍々しい言葉。
「ロイさんに会ったらいうわ。この子はわたしとあんたの子供だって。もうあんたのこと誘惑するのはやめてくださいって、お願いするわよ。本当のことだもの」
「……俺のガキじゃねぇ」
後頭部を鈍器で殴られたような、重く響く衝撃を感じながら、それでも、それだけは、言い張る。
「お前と寝たのは俺じゃねぇ、アルだ」
俺は女を、一人しか知らない。死ぬまでロイだけ。それだけが、俺に出来る証明。人生くれた相手に俺の、愛情をあかすための。
「身体はあんただったわ。子供はあんたの子供よ」
「アルのだ」
「遺伝子はあんたのよ」
「DNAだけで人間は出来ねぇ。魂が要る」
「錬金術師はロマンチストね、エド」
ほんの少し、少しだけ、ウィンリィが笑う。微笑むと雰囲気が柔らかくなって、俺の戦意を削ぎおとす。
「医者として言わせて貰うけど、卵子に精子が到達して受精すれば子供はできるわ。これは厳粛な事実よ。強姦されても女が孕むのが証拠」
……嘘だろ……。