S・Sex・Sixteen
夜明けまでセックスを繰り返した。
夜が明けても、届けられた朝食に見向きもしないでキスを。
腕をまわせば抱き返してくれる人は、朝日の中でいっそう冴えて見える。白い肌はただごとではない艶を帯びて、若い男はそっと、その頬に左手で触れた。
「……」
軽く閉じられていた黒い目が開く。隙間に覗く瞳が濡れて見えて、眺める男を、ひどく切なくする。
「一緒に帰ろう」
昨夜から何度も繰り返した懇願。
「帰ろう。俺にひどいことさせないで。頼むから」
哀願と脅迫が絶妙に混じった言葉だった。
「わたしにひどいことするのかい?」
悲しみが零れるように、少し腫れて充血した唇が開く。
「君にそんなことされるくらいなら死んでしまいたいよ」
「縁起でもねぇこと言うなって」
「だってひどいことをするんだろう?」
連れて帰りたい。自分の部屋に引き摺ってでも連れて帰って、寝床の中に繋いで、毎日撫でて暮したいのだ、本心は。
「……しねーよ……」
溜息とともに、形のいい後頭部を撫でる。この形を捜してさがして、幾つの頭蓋骨を抱いただろう。あの数だけ人間が死んだのだ。普通に暮していれば、戦争が起こらなければ、軍に逆らわなければ生きていられたはずの人間が。
「ウィンリィとアルのこと、説得できたら帰って来てくれる?」
「帰れない。君の家族に、わたしは嫌われているから」
「あんが居てくれないと俺が生きてけないって、あいつらに分かってもらうよ。だからさ」
「なぁ、エドワード。この世には子供を残せる人間と、残せなかった人間が居る」
「作ったガキ、見捨てて振り向かない親も居るぜ」
「わたしは残せなかった。でも、君はせっかく、作れたんだから大切にしなさい」
「やっぱそれか。許してくんねーの?」
「許すとか、許さないじゃなくて」
「ホントに抱いたの俺じゃないんだってば。あんたも錬金術師なら魂の存在を信じろ。身体が俺でも、意識はアルだった。だからあれは、アルの子供だよ」
「君も錬金術師なら契約は遵守しなさい。結婚は神聖なものだ」
「俺がアルと居るのかそんなに気に入らないの。じゃあナンだよ、砂漠で腐って、死んでりゃ良かったのかよ」
「生きていてくれたのも会えたのも嬉しかったが、君はわたしに戻って来るべきじゃなかったね」
「あんたどーしたって俺に三行半、寄越すつもりなの?」
「君を嫌いでも憎んでも居ない。愛してる。でも愛人は勘弁して欲しい。それだけは嫌だ」
「言える立場か、考えてみるんだな。自分はどーなんだよ、俺で何人目だ?散々やっといて、処女の花嫁みたいなこといぇ……」
若い男は言葉を止めた。黒髪の恋人が深く俯いて、その肩が揺れたから。ごめん、と、自分も俯きながら謝る。こんなことを言うつもりではなかった。
「ごめん。……あんたがあんまり、物分り悪いからだぜ」
傷つけたり、過去を暴いたりしたいのではなくて。
「ごめん」
「いや。本当のことだから」
「ごめんなさい。責めるつもりじゃなかったんだ」
「時間だろう。もう行きなさい」
「とにかく、話し合おう。また勝手に消えるなよ。……見張りを置いておく。あんた一人で決めちまうからな」
高圧的に言ってはみたものの、それだけでは気持ちを伝えきれない気がして。
「……お願い」
最後に屈んで、殆ど膝まずいて。
「俺から好きな人とりあげないで。ずっと会いたくて、やっと会えたんだ。またいっぱい、これから、いっばいさ……」
言っているうちに、昔を思い出して。
「……ねがい……。あんな風に、棄てられんのは、一度で充分だ」
初めてのセックスから二ヶ月で駆け落ちした。セックス自体は、本番は二回だけ。駆け落ちの最中は何もかも慌しくて、そうして引き離されて五年、再会から二週間。
「いっぱい仲良くしよーよ。言うこときくからさ、どうしたらいいか言って」
「……仕事に行きなさい」
「帰って来てもいい?」
「奥方と食事をすませた後でそっとなら」
「そんなに気になるモンなの?」
「とても。君だって昔、ヒューズに悪戯をしたじゃないか」
「あの写真まだ持ってる。あんたが枕抱えてる眠ってるやつ。でもあれ飾れないのが寂しい。今度一緒に撮ろうよ。ヌードじゃない、仕事場の机の上に置けるの」
関係の始まりはセックス。確かにそれは否定できない事実。でも愛情は深まり拡がって、生きていく全部を重ねてしまいたい。
「もう逃げるなよ。あんたが今度逃げたら、俺本当に、あんたのこと繋ぐからね」
「君と会うのが怖いんだ。いつ、アルフォンス君と入れ替わるか分からないんだろう?」
「あんたにもう、ナンにもさせないって」
「乱暴されようとしたよ、わたしは。君には抵抗が出来ないから怖い。今夜待つのはいいよ。でも来るのが弟君でない保証はない」
「あんたさ、俺に、アルを棄てろって言ってんのか」
「君が出来ないことは分かってるけどね」
白い美貌が悲しそうに笑う。
「まぁそれは、しちゃいけないことだがね」
「……俺は」
「何をどう話し合ったところで無駄なんだ。今夜もう一度寝て、それでさよならしよう」
「あんたを、欲しい」
「わたしもだよ。でも、君は君自身のものじゃないんだろう」
「……俺、あんたんだよ」
「それは嘘だ」
「俺じゃないのにどうして分かるんだよ」
「君を自分が持っていないことは知ってる」
「ロイ」
「死にそうな声を出すな。家族に受け入れてもらえなくて別れるのは、よくある悲劇さ、気にすることはない」
「ふざけてる場合かよッ」
「せっかく会えたのに、さよならは寂しいね。ペットの猫になって君の部屋で飼われてみたいけど、君はそれでは嫌かい?」
「五体満足の生身が、せっかくあんのに、そんなことは言うな」
「……そうだね」
ごめん、と詫びて、女は恋人を建物の外、車寄せまで見送った。防弾の公用車に乗り込むまで。
角部屋の窓際で、ライフルを構えていた男は。
「……ッ」
やや似合わない品のない舌打ちとともに構えていた銃を肩止めから外す。
「ダメっしたか?」
「ここで庇ってるロイごと撃ち殺せれば、俺にも権力者の適性があるんだがな」
「そんな男に宿なんか貸しませんよ。一人二人、コロシタからって揺らぐ軍隊でもないッいよ、シンは」
皇帝殺せりゃ別ですがねと、シンの軍隊の軍服に着替えながら煙草を咥えた金髪が言った。
「んじゃ、俺行きますんで、大佐の見張りよろしく」
「誘拐してきゃ身代金ががっぽりとれそうだな、あの様子じゃ」
車に乗りこんでからも窓を細くあけて長々と、何かを話している。
「妬けますか。俺、間違いましたかね。大佐が寂しそうだったから、大将と会わせたんスけど」
溜息とともに、まだ若い男は思い出す。
「なにが大佐の幸せか分かりマセン」
そういえば眼鏡のこの人も、そんなことを言っていた。