TSexSix

 

 

『こんなつもりじゃなかった』

 あんたが何度も繰り返した言葉。

『こんなことを、するつもりでは』

 なかったンなら、教えてよ。じゃあどんなつもりだったのさ。
 気持ちよかったからあれはレイプじゃない。ないことにしていい。でも俺があんたに、犯された事実に変わりはない。俺は初めてだった。あんたはそうじゃなかった。俺はガキだった。あんたは大人だった。
「……鋼の……」
俯くと睫毛が長いのが凄くよく分かる。俺はあんたを好きになったから、あんたが愛してくれるなら、最初のことは、ナシにしても良かった。
「……すまない」
「今更謝られたって、遅いよ」
 もう何もかも、遅いんだ全部。
「そうだね……」
 大人の男たちの、報復は俺の想像を超えてた。こういう真似するもんなのかよ男同士ってのは。確かに俺は連中を牽制した。だからって、この復讐は汚すぎるだろう。俺が気に入らないなら俺に向かってくりゃいいのに、なんだってこの人にあんなこと。
 そして。
「……すまない……」
 どうして、あんたが謝るのさ。
「私が悪いからだ。……私が悪いんだ」
 だから、どうして。
「君にね。悪いことをしたよ。すまない」
 なんであんたが謝るの。
「君になんだか汚いものを、塗りつけてしまった気がする」
 顔を上げて、俺を見る、瞳の黒に吸い寄せられて、俺は窓から部屋に押し入った。大雨の夜、列車は一つ前の駅で止まったけど、居ても立ってもいられなくて夜道を走ってきた。
 大佐の寝室は二階にある。衛兵の交代を狙って、塀を乗り越えて、窓ガラスを音がしないように機械鎧で切って、鍵を開けて押し上げたら大佐が目覚めて、ベッドから起き上がったところだった。
 寝室に入る。高い絨毯が俺のせいで濡れる。
「何処行くんだよ」
 大佐が、部屋を出ようとしたから、尋ねると。
「タオルを取ってくる」
「いらない」
「そのままじゃ、風邪をひく」
「いらない。こっち来て座って」
 それどころじゃないんだ。
 ベッドにもう一度、戸惑う大佐を座らせて。
「……君に、どう謝ればいいのか分からないよ」
 俺が目の前に立つと、大佐は本当に苦しそうに、震えかけの声で言った。
「何でも君の望む償いをする。出来ることなら何でも。出来ないことでも、努力を、する。……本当に、どうすればいいか」
「ごめんなさい」
 俺は床に膝をついて、ベッドに座った、大佐の脚に。
「ごめんなさい。……ごめん」
 生身の左手で触れて、詫びた。
「ごめんなさい。こんなことに、なるなんて、俺思わなかった」
「……鋼の……?」
「ごめん。……っとに、ごめ……っ」
 あいつらを挑発したのは俺だ。でもまさか、その報復があんたに行くなんて思わなかった。それもこんな卑怯なやり方で。あいつらがあんな真似、するなんて思わなかった。あんたを傷つけるなんて。
「ごめんな、俺のせいだ。……痛かったよな……」
 写真を見た。現場はこの部屋だった。二対一だった。
 この人は、痛くて苦しい顔、してた。
「ごめん……」
「……がね、の……」
「ごめんなさい。……何でもするから、俺のこと嫌わないで」
「君の、せいではないんだ。私はその、……はじめてでもないし」
「ショジョじゃなきゃレイプされても痛くないの?」
 膝に押し当てていた額を外して、見上げる位置から不意に顔を向けると、咄嗟に表情を晦ましきれなかった人が瞬く。
 ほら、やっぱり、傷ついてるんだろ。
 痛くて怖かったんだろう?
「仇、とってくるから」
「……やめなさい」
「そしたら許して、前みたいに、そばに寄らせてくれる?」
「やめるんだ。私にそんな、価値はない」
「まずあんたに謝ってから、って思って」
「自業自得なんだ」
「まずここに来たんだ。……今から行って来る」
 最初に、あの金髪の少尉。
 それから眼鏡の中佐。一番許せないヤツ。奥さんも娘も居て、昔、あんたを棄てて結婚したくせに、なんで今更、あんな真似したのか、俺はどーしたって分からない。
「あんたはどっちが憎い?」
 あんたが憎い方を、あんたの目の前で。
 殺して、あげる。
 そう、囁くと、黒髪を揺らして拒むようにかぶりを振る。
……なんで?
「誰も憎くはない。……悪いのは私だ」
 だから、なんで。
「罰だよ。これは、相応の。君みたいな若い子に手を出した私が悪いんだ。だから……、怒ったんだ……」
 そこでさ、なんで、あいつらが怒るの。
 あんたに犯されたの俺だろ。なんであいつらがあんたのこと、怒る権利があるの。あんたを断罪できるとしたら俺だろ?責任とって、俺のこと愛してくれれば、俺はそれで良かった、のに。
「ヒューズとは、昔、関係が、あって」
 知ってるよ。でも大昔だろ?もう別れて何年もたってんだろ?なのにどーして、あいつにあんたの罪を問う権利がある。
「ハボックは、ヒューズに、ハメられて共犯者に、されただけだ。……頼むから」
 なに。
 許してやれなんて、あんたの口から言われたら俺、中佐の家に火ィ点けちまうかもよ?
「君に、罪を犯させる価値は、私にはないんだ」
「あんた、俺に黙ってろって言うのか」
 こんなに苦しいのに。
「あんたにあんな真似されて、俺になんにも、するなって言ってかんのか!」
 そんなことを、今更いわれても。
「鋼、の」
「無茶言うんじゃねぇ、できっかよ!」
「頼むから。本当に、なんでも、するから。……頼む」
「あんたさぁ、そーやって庇うのは、今でも、中佐のこと好きだから、か?」
「違う」
「ちがわねぇよ、じゃなきゃナンだってんだよ」
「違う。これ以上、君に罪を犯したくないんだ」
「もー遅いんだよッ」
 何もかも、もう手遅れなんだ。どうして分からない。
 噛み付くような口調で振り仰ぐと、黒髪の大佐が、泣き出しそうに痛々しく俺を見詰めた。俺はもう、半泣きだった。
「もう遅ぇよ。あんたのこと好きなんだ。好きになっちまってんだよ。あんたとしたのが最初のセックスだぜ?そうそうさらっと、忘れにられるもんかよッ」
 遅いんだ、もう。何もかも。全部。
「……、がね……、の……」
 怒鳴って泣き出した自分が情けなかった。でも止まらなかった。
「俺あんたのこと、恋人だと思って、るよ……ッ」
 大事なだいじな、大切な。
「あんたが遊びでも、俺はダイスキだよ……」
 本気になるなって、愛情じゃないって、セックスだけだって。
あんたに何度も、言い聞かされたけど無駄だった。
「結婚してって、言いたいくらいだよ。あんたが嫌がるの分かってたから、言えなかったんだよッ」
 ずっとそばに居て。ずっと一緒に居て。
 結婚して。俺のものになって。
 ……俺と、一緒に、来て。
 ……来てよ……。
 一人で旅、するの淋しいんだ。ずっとアルと一緒だったから。一緒にあいつのこと探して。そうして、あいつにカラダを、取り戻してやって、そして。
 二人で暮らそうよ。あんたと一緒なら、俺は何処でも、何しても生きていける。なぁ、責任、とってくれるんなら。
 俺のものになって。
 ……なって。  


 俺は、ガキだった。
 だから自分が、なにを要求してるのか、理解してなかった。
 暫くじっと、俺を抱き締めてくれていた人が。
「……いいよ」
 答えてくれた覚悟の価値も、よく分からないまま。
「一緒に弟君を捜そう」
「ホント?」
「……あぁ」
 嬉しかった。伸び上がってキスすると、彼は目を伏せてくちづけに答えてくれた。ずぶ濡れのまま、そのままベッドに乗り上げた。俺に押された彼の身体が、シーツの上に仰向けに倒れて。
「冷たい?」
「いや。……大丈夫だ」
 大丈夫な筈はない。濡れた機械鎧は、さぞ冷たかっただろう。でも、文句も言わないで抱き締めてくれた。俺はホントにガキだった。奪ってくことしか出来なかった。大佐の熱も、優しさも。
 未来も。
「だい、スキ……」
「……私もだよ」
 愛情も、地位も出世も、なにも、かも。  




 消えたのは、国家錬金術師が二人。
 残されたのは、銀時計が二つ。
「な、もつもりじゃ、なか……ッ」
 歯軋りしながら口惜しく、うめく金髪の若い男。
「争った形跡なし、室内に物色の後なし、簡単ながら荷造りまでして、失踪当日、口座から現金が朝一番で全額、本人によって引き出されていた、となると」
 それを尻目に、失踪現場を検分するのは、中央司令部から派遣されてきた軍法会議所の中佐。
「拉致の可能性なし。本人の意思による逃亡と断定する」
「あんたなに、冷静に言ってんすか……ッ」
 激昂する若い男を尻目に、銀縁の細い眼鏡を指先で押し上げて。
「国家資格の返上手続き未完。ロイにはその上に、職務放棄がつく。逃亡先によっては情報漏洩、利敵行為……。馬鹿め……」
「俺らのせぇですよ……ッ」
「目撃証言は?」
「……、たいさぁ……」
「駅の目撃証言はどうなってる。方向だけでも、さっさと聞き込んで見当をつけろ」
「中佐は平気なんスか?俺られのせぇで、大佐、大将とフケちまったんですよ?俺こんな、つもりじゃ……ッ」
「嘆いてる暇はない。さっさと見つけて、連れ戻す。自分で出頭せるんだ。時間がたてばたつほど、あいつに不利になる」
「あん時、あんたを、撃ち殺してりゃ良かったよ」
「あれだけヤっといて今更、後悔しても遅い」
 あんなにいいオンナを、あんなガキに、渡すのは我慢できなかった。だが。
 だからといって破滅させるのは、更に不本意で。
「……捜すぞ」
 軍法会議所の中佐は指の骨が軋むほど、強く、きつく、掌を握り締める。