T・Sex・Seven
なぜ、と尋ねられる。どうして庇うのか、と。
分からないよ。……いや、違う。
私は、あいつを庇っているんじゃ、ない。
君が弾劾するように、確かにあいつに、酷い真似をされた。でもね、なぜか、あいつを責めようとは思わなかった。今も思わない。
そんな権利は、私にはないんだ。あいつが私にしたことを責める権利があるほど、私は素行が、よろしくないからね。
「……、合意だったっていうこと?」
いや、そうじゃないけれど。
そもそもあいつを、私は自分で、私の部屋に入れたし、ベッドに寝かせた。そういうことはね、よくしていたんだ。あいつと、その、身体の関係が消滅してからも。
セックスしなくなってからも、よく。
友人だったからね。
「あぁいうコト、されてもダチなの、まだ?」
……うん。
やり方はちょっと、いただけなかったが、あれはあいつなりに、俺の不行跡を止めさせようとしたんだと、思う。
いきなり不意打ちの実力行使。
あいつの一番、得意なやり方だ。
あれは温和なフリしているけれどそういう男。誰よりも頭が良くてシビアで現実的。『言って止めるようなら最初からしないだろう』というのが、あいつの基本スタンスで、それはまったく、その通りだと俺も思う。
部下や身内に問題が起こる都度、慣れてる俺さえ驚くような思い切った対処をする男だよ、ヒューズは。
だからね、きっとあいつは、あぁいう手段で、わたしを君と、別れさせようとしたんだと思う。普通はあぁいう写真を撮られて見せられたら、別れ話に、なるものだろうから。
わたしもてっきり、君が怒って、わたしを嫌って、さようならだと、覚悟はしていたよ。
「後悔してる?」
なにを?
君と一緒に、こうしていることをかい?
していないよ、少しも。わたしは自分の意志で君と居る。君を好きだし、こうしているのは楽しい。君に、早く弟君を捜してあげたいと、心から思ってる。
君を愛してるよ。
「……、うん」
優しい告白を繰り返して、何度も抱き締めてようやく、安心した顔で肩に懐いてくるのが可愛い。機械鎧の手では決して、わたしに触れようとしない気弱さが可愛い。そして。
「いえが、ほしい」
わたしに悪いと、君は思っているね。後悔しているのは君の方だ。
「あんたと暮せる家が欲しいな。軍の手が届かない国外でさ、ちぃさくていいから。毎日、ちゃんと、暮せる家が欲しい」
そうか。でも、私はこういうのも嫌ではないよ。士官学校に入学した、君くらいの歳から軍隊が生活の場で、気ままな生活を知らなかったから、旅の暮らしもそう悪くはない。
「そう?」
鋼の。いや、エドワード。
そんなに悲しそうな表情をしないでくれ。
「あんたが、そう言ってくれんの嬉しいけど、俺はあんたの匂いがするベッドがいいな……。あんたの部屋の、あんたのベッドで、眠るの好きだった」
そうか。まあ確かに、短ければ一晩、長くても三日で宿を変える、こんな暮らしでは、寝床に気配は残りにくいだろうが。
私が居るからいいじゃないか。本人じゃ不満かね?
「ううん。でもね時々、思い出すんだよあんたの部屋。朝なんか特に。目ぇ覚ましてあんたが隣に居るのにあんたの部屋じゃないのがヘンなカンジでさ……」
全身で懐きながら毛布の下、裸の肌を擦りあわせながら。
「あんないい部屋住んでた人を、こんなのにつき合わせてんのは、もしかして物凄く、悪いことしてじゃって、思うんだ」
あそこはわたしの部屋ではなかった。命令一つで取り上げられる官舎に過ぎなくて、だから、君がそんなことを思う必要はない。君とこうやって一緒に居られて、私は幸せだよ。君を愛してる。
「……ホント?」
本当だとも。嘘をついてどうする。証明してみせようか?
「ちょ、たい……、ぅわッ」
……ね……?
「もう、俺、真面目な話、してんだよ……、う……ッ」
真面目な話、なんか。
したって面白くないだろう。
もっと楽しい事をしよう。
「……、た、いさ……。……ロイ……ッ」
悲しそうに寄せられてた眉が開く。目蓋の端が赤くなって、呼吸が浅く、速くなる。キモチがいいかい?そうだと嬉しいな。わたしは君が、楽しそうにしていてくれれば、それで満足だよ。
わたしには責任がある。君を汚して不幸にしてしまった。償いの方法はみつからないまま、どうすればいいのか分からないまま、とりあえず隣に居る。君に笑っていて欲しいよ。君が苦しそうだったり悲しんだりしていると、辛い。
何度も何度も、何回も君に言われたけれど。
あれは本当だった。わたしは君を、とても好きみたいだ。多分最初から愛していて、だから君を、抱き寄せてしまったんだ。
……きっと。
「……ロイ……」
すまない。本当に、君には申し訳ないよ。
悪いことしているのも、迷惑をかけているのも、わたしの方だ。
ごめん。
「は……ッ」
飛沫が、わたしの内部で散る。じゅくっとしたリアルな熱に震える。身体が反射的に暴れて、それは逃げようとした動きに確かに、似ていたかもしれなかったけど。
「……に、げんな……ッ」
だからって、噛むな。イタイ。
君をダイスキだけど、この癖だけは止めて欲しい。痛い。
わたしにすぐに噛み付いて痕を残す。君がどうしてこれを繰り返すのか、なんとなく分かっているけど。
ヒューズにハメられて巻き込まれた、わたしの部下にも、噛み癖があった。写真の中で、わたしは歯形だらけだった。
「逃げないでよ。家、買ってやるから。あんたのあれより、広い部屋探すよ。絶対、幸せにするからさ」
逃げないよ。
君を幸せにしてあげられるまでは、君から離れないと決めた。居なくなってしまった弟君を、君に取り戻してあげたいから。君は一人で淋しくて、その淋しさを埋めようとしてわたしに掴まってしまった。だからせめて、そのことだけでもね。
私は君に取り戻してあげたいと思ってる。
「ねぇ、俺ね、俺さ……、ホントはね……」
君が何かを言いかける。わたしはそっと、顔を近づけて君の唇を塞ぐ。君の言葉の続きを知っている気がする。でもそれは、言ってはいけないことだ。
重なった唇ごしに、瞳で訴える。それは許されないことだ。君は、弟君に対して責任があるだろう。わたしが君にあるのと同等か、それ以上の重さで。
放り出して、情事に耽るなんて、そんな真似は許されない。
そんなことで幸福になれる訳もない。
何度か柔らかく重ねていくうちに、君の瞳が閉じられる。諦めてくれたのを悟ってわたしも目を閉じた。そっと抱き寄せられる腕に素直に、身体を委ねながら。
キスもセックスも君の思い通りに、君がしたいように、すきなだけ好きに使っていい。どうせ、長くは、続かない。今だけだから、せめて今、君が安らいでくれることを。
「……、すき」
わたしは心から願っている。
「もーちょっとだから、我慢して。俺を裏切らないでよ?」
裏切りがどんな意味なのか、どういうことを裏切りというのか、分からないまま頷いた。それでも不安なのかぎゅうっと、腕をまわしてくる相手に脚を絡めて。
今はまだ、離れないから安心してお休み。
「うん。……、明日、アメサシは、駅前でな」
「憲兵にみつかるとまずいから、カフェでは会わない方がいい。何かを買って、汽車の中で食べよう」
国内で遠距離の移動は汽車しか手段がなく、逆にいえば駅には犯罪者や手配中のテロリストを発見するべく憲兵が張り込んでいる。わたしたちは出来る限り、馬車やバス便を利用して足跡を消していた。どうしても汽車に乗らなければならない時には、髪の色を変えて別々に駅に向かい、席も互いが見える位置に腰かけながら、言葉は交わさず、他人のフリを、した。
宿もチェックインもそうだ。チェックインも別なら部屋も一人ずつでとって、そっとロビーや階段の踊り場で落ち合う。そうやって、今までは一度も疑われずにこれた。
食事も、なかなか、一緒にはできない。持ち帰りを部屋の中で食べる以外は。分かったと子供は素直に頷いたが、暫くたって、もう眠ったと思った頃。
「……、もう、一つ……」
小さな声で呟く。なにが?
「遠くに行ったら、最初に……、一緒にメシ、食おう……」
そうだね。そうできれば、いいね。
「街の一番いい店で、いちばん高いモノ、一緒に」
いいね。ついでに一番高いワインもつけてくれ。白と赤を一本ずつ。食後にはチェリーのリキュールをクラッシュアイスに、蜂蜜と一緒にかけて。あれが一番、わたしは好きなんだ。
そう言うと、君はやっと、心から安心したように笑う。
「……うん。いっぱい、なんでも、好きなもの……」
食べさせてくれると言ってくれる、君を愛しているよ。君が嬉しそうに笑うとわたしまで明るい気持ちになる。
「家は、どんなのが……、いい……?」
半分寝言で、語尾は寝息だった。ごめん、それには、答えられないよ。想像も出来ないから。いつか気候のいい土地に気持ちよく住める家を買えばいい。でもそこには、ちゃんと、君にお似合いの優しい女の子と住むんだ。女の子はやがて妻になって、君に子供を、産んでくれるだろう。
君が幸せになれる家がいいな。
もちろん、そこにわたしは、居ない方がいい。