TSexEight

 

 深夜のホテル、ロビーの電話室。人影はなく、眠そうな顔の夜勤のフロントマンが、立っているのが斜めに見えるだけ。

 セントラルの都市番号はゼロイチ。そこから五桁の番号を押していく。ゼロbヘ軍の施設や行政機関に割り振られ、民間の店舗は3、個人宅は大抵が5から始まる。

 人間は、四桁までは大抵、一度きいたら覚えられるもので。

 わたしもいくつかを覚えていた。

 ポケットいっぱいに用意していたコインを順番に入れていく。よくこうやって、昔、あいつを捜した。仲が良かった頃。

 大昔の話だ。わたしも奴もまだ若く、人生が生々しかった時期。あいつのことを俺のものだと、まだ思っていた頃。

 若い時から、あれは硬質なオトコ。だけど時々はガスを抜いた。そのタイミングが、俺にはよく分かってた。あいつは強い。だからって痛みを感じないわけじゃなく、逆に。

 繊細というのに近い、感度の高さを持っている。

 だから時々、行方不明になった。年に何度か、俺と約束をしている時にわざと。またかと思いながら俺は心当たりに順番に電話を入れていく。あいつのいきつけの店はよく知っていた。俺のいきつけでもあった。

 一緒に、よく、いろんな店に、行った。

 暗くても不便でも、治安が悪くても値段が高くても、椅子のスプリングが悪くても構わなかったが、天井が低い店が嫌だって言う、訳の分からない好みがあいつにはあって、そういう店はどんなに繁盛していても何処か空虚な落ち着きがあったのを覚えてる。

 若い頃は、相応に遊んだ。一緒にいろんなことをして。何軒かめでお前が見つかっても、俺が迎えに行くと居なくなってることがあった。電話をしたら席をたったと、バーテンが俺に伝える。そのくせ、次にいく店を、必ず伝言していった。

 次の店にも姿は見えなくて、でも伝言はあって。

 そういう時は酔いたいときだから、わざとゆっくり、追いかけた。

 最後の店では大抵、カウンターに突っ伏して眠ってる。隣に座って一杯だけ呑んで、揺り起こして連れて帰るのがいつもの、お約束。

 公用車の運転手たちが小遣い稼ぎに、夜のセントラルで違法にやっているタクシーの中で、お前はそっと、俺にもたれてきた。そうされるのが、俺は好きだった。頑丈で強硬なお前が俺にだけ、時々弱いところを見せた。部下を追放したり仲間を告発したり、本当はお前だって、したくないのにな。

 お前は女に、よくもてた。彼女たちはお前の強さに惹かれていた。強い子供を産む本能に従った当然の好みだ。でも、俺はお前の、弱さをすきだった。それだけが俺だけのものだった。

 なぁ、ヒューズ。お前の中の、俺にだけ弱い場所が。

 今ごろズキズキ、痛んでるだろう?

「こんばんは。どうも、ご無沙汰しています。今夜、そちらにマース・ヒューズは……」

 お邪魔していないでしょうか、なんて。

 言ってると、まるでお前の、妻みたいな気分だ。

 空振りも後追いもあった。四軒目でみつかった。とても恐縮ですが、急用なので起こしていただけませんか。そう告げて、電話に出てもらう。なにやら気配が、聞えてきた後で。

『……、ロイ……ッ』

 よぉ、ヒューズ。こんばんは。いい夜だな。こっちはいい夜だ。セントラルはどうだ?

『なにがこんばんはだ、しらっとしやがって!今何処にいるのか言え!ふんじばってやる!』

 言うか、馬鹿。

 なぁ、ヒューズ。

 語尾が震えてるぜ。

 俺が、生きてて嬉しいか?

『何処に、居やがるっ』

 遠いところ。

『さっさと戻って来い。今なら、まだ、なんとか、なる』

 ならないさ。いくらなんでも、俺だってそのくらは分かってる。俺は職務放棄した。佐官以上のそれは敵前逃亡と同じ扱いになる。十九や二十歳の新兵が、恋人こいしさに故郷に帰っちまったのとは話が違うから。

『ロイッ』

 そう怒鳴るな、話がある。頼みが、あるんだ。

 なぁヒューズ。叶えてくれたら、お前に居場所を教える。俺を逮捕して手柄をたてればいい。

『自首するんだ。自分で戻って来い。付き添って、やるから』

 俺にだけはらしくなく、相変わらず甘いな、お前。

 お前みたいな男でも、棄てた女には情がわくのか。

 案外、お前も、ふつうの男か?

『ざけんな……、ロイ……ッ』

 頼みがある。叶えてくれたら、軍に出頭する。

 捜してくれ。みつからないんだ、エドワードの弟。鎧の身体の、あの彼を探してくれ。俺もずいぶん探した。でも見つからない。あとはもう、軍の情報網を絞るしかない。

 なぁヒューズ。カワイイ頼みだろう?お前のせいで俺は人生を棒に振った。お前が俺にあんな真似したからだぜ。

 悪かったと思っているだろう?心から、お前は悔いて、酔いつぶれるくらい苦しんでる。

 楽にしてやってもいいぜ、許してやる。お前がこの、頼みをきいてくれたら。

『わかった』

 物分りがいいところ、好きだ。

『わかったから、お前は、とにかく戻って来い……ッ』

 俺の頼みを、お前が叶えてくれたらな。

 また連絡する。次は何処か、また違う店で。

 おやすみ。家に帰って眠れ。セントラルはそろそろ冷えるだろう。うたた寝で風邪をひくな。

 そう言って、本体に置きかけた受話器から。

『ロイ、俺が……ッ』

 悲鳴みたいな声が漏れてくる。

『俺が悪かった、こんなつもりじゃなかったんだ、ロイ……ッ』

 置きかけた受話器をもう一度、唇の横に戻して。

「おやすみ」

 もう一度、言って電話室を出る。フロントとは反対側の、客室へ続く階段は暗く、そして。

「エドワード、君もだ。……風邪をひくよ」

 そして寒い。壁の窪みにまだ細い身体を隠すようにして、立っている君には途中から気付いていた。

「……今の、中佐、だよな……?」

そうだよ。ヒューズだ。

「俺に隠れて、中佐に連絡とってたんだ……?」

他に、軍の情報網を握っている知人が居なくてね。君だって分かるだろう、行き当たりばったりで弟君を、みつけだせる訳がない事は。情報が必要。君が賢者の石を探していたときのように。

わたしが君に、各地から集まってくる情報を取捨選択して、伝えていたように。

「なんでこんな真似すんだよ。俺を愛してるって言ったくせに、やっぱり嘘だったのか?俺を裏切って、あんな奴のところに戻る気かよッ」

「エドワード、声が大きい」

 咎めると一瞬だけ、口を噤んだが。

「……逃がさねぇからな」

 声は、低くなったが、相変わらず強い。

「おれ絶対、あんたのこと離さねぇから。これからずっと、眠る時は、縛って眠ってやる。俺に黙って、出て行けないように……ッ」

 出て行く、というのが、君のそばかな離れるという意味なら、誤解だ。なぁ、エドワード。

「わたしはどこに立っている?」

 思いつめた目で見上げてくる金色の子供に向かって、尋ねる。

「外に行こうとしているかね?君が眠っている部屋に戻ろうとしているように見えないか?」

 フロントに背中を向けて、客室に続く階段へ。

「君があんまり気持ち良さそうに眠っていたから、起こさなかった。それだけだよ。他意は、ない」

「中佐のトコに帰るとか言ってたダロ?」

「自首しろと言われていただけだ」

「……するの?」

「するものか。わたしだって、捕まりたくはない」

 エドワード。部屋に行こう。肩が冷えているだろう。

 私はコートを羽織っているが君はシャツ一枚で、そんな姿では寒い。暖めてあげるから部屋に。

「俺を棄てない?ホントに棄てないな?」

 当たり前だよ。何を言っている。君を愛してるよ。

「なぁじゃあ。あいつにもう、連絡とったりしないで」

 それは、駄目だ。あれより確実で精度の高い情報源は他にないだろう。精度と、そして信頼度も高い。あいつは俺を裏切らない。軍に密告は、しない。

 ……ともだち、だからね、わたしの。

 たった一人だけ、大切な友人だ。

「ンな風に、おもってんのは、あんただけだと思う」

 手を差し出すと、ようやく納得したのか、わたしの手を取って子供が、先に立って歩き出す。手をひかれながら私は、意味が、よく分からない。

 ヒューズは友人だよ。なぁ、エドワード。
 やりの方の是非はともかく、あんな風に、力ずくでも軌道修正を、させようとしてくれる友人は滅多に居ないんだ。
「中佐はまだ、あんたのことスキなんだよ」
 ぎゅっと握り締められる指先が冷たい。部屋に戻って、ベッドに戻って、抱き締めて暖めた。腕の中で不安そうに、子供はゆらゆら、揺れていたけれど。
「……縛っていい?」
「君になら」
 答えると、やっと安心しように笑う。機械鎧を変形させて、細い鎖の手錠が練成される。かしゃりとそれが、わたしの手に嵌まった。
「痛くない?」
「いや。……でも少し冷たいかな」
 言うと手が引かれた。毛布の中、子供の腿に当てられる。奉仕を求められているんだと思って、夜着の隙間から下着に指をかけようとしたら。
「……が、う……」
 そっと、今度は逆に肩を抱かれて、わたしの手は、腿の間に挟まれた。脚の付け根の、両足とも、生身の太腿に。
 暖かい。いけないくらい、とても、あたたかい。
「背が」
「……ん?」
「少し、伸びたね」
「……そぉ?」
「あぁ」
 背が伸びて、大人になっていくね、君も。
 だからわたしは、少し焦っている。早く、急いで、望みを叶えたい。……早く。
「……ちゃんと、いろいろ、終わったら」
 ん?
「こんなんじゃなくて……、指輪……」
 どうしよう。
 君をどんどん本当に、好きになっていくよ……。