T・Sex・Nine
最中に、甘く優しく、囁いた。
ナニ考えてますか?
無防備な肌を俺の目の前に晒して、横向きで俺に繋がれてる人の目の、焦点があっていなかった。
そんなことを尋ねる余裕があったのは、もちろん情事の、事後だったからだ。大佐の狭間は俺に擦られて吸われて、鮮やかな朱に染まってた。同じ色味が胸にも落ちていて、陶器みたいな艶のある胸にぷくんと膨れた突起が扇情的で、俺は唇を寄せて吸い上げた。
途端に目が閉じられる。ちょっとカラダを捩るような仕草。大佐はもう、それはそれは、じつに美味い『女』で、俺は夢中だった。
大佐のベッドの中で、彼のセックスを慰める遊びに。
繰り返すキス、掌と指先での愛撫。抱き締めて好きだと囁きながらカラダを撫でおろし、狭間にそっと、優しく唇を寄せる。
好きな女に気に入られたいオトコが思いつくことは全部した。我ながら情熱的に抱いて、繰り返し欲しがる飢えを隠さなかった。セックスの相手が途切れたことはない俺だけど、恋はやつぱり、時々しか拾えなくて、中でも特別、抱いててドキドキした。
男は上淫、つまり自分より身分が上の女を好きになることが多い。
征服の味が濃いから。
俺が抱いてた人も、若い大佐で国家錬金術師で、東方司令部の実質的な指揮官で出世頭。直属の上司で、俺よりずっと偉い人。でも、ベッドの中では、かわいい女だった。
ナニ考えてますか?
そう尋ねたのは自信があったからだ。そろそろ俺の味に慣れて、腕に慣れて、最初の頃の緊張も最近は緩んで、大人しくしていたから、てっきり俺のことお気に召して、乗り換える気になったんだ、って思ってた。
だってそうだろ?
どう考えたって、俺の方がイイ、筈だ。
いつもそばに居るし、欲しいときに好きなだけしてやるし。あんなまだガキの、この人より細い背中と違って、思い切り爪をたててくれても指が食い込まない、俺の背中の方が、ずっと。
このヒトには似合う。そう思ってたからつながりをとかないまま、汗で額に張り付いた前髪を払ってやりながら、くちづけながら、尋ねた。
「……、ズ、がな……」
キスの隙間に、イヤな名前が聞える。
「どう出るんだろう、って、な」
なに。
大佐、あんた、俺に抱かれながら、まさかそんなこと考えてたの。
「あいつは俺のことは脅さない。だから写真は、鋼のに見せるだろう。それはそれで止められないとして、あの子に、どう、詫びればいいだろう、か……、ッ……、ン……ッ」
冗談。俺とシながら、そんなこと考えてたの?
ねぇ、俺のことは?
「……お前か?」
目の前に居る俺を、初めて気がついたみたいに大佐が見る。そうだよ、そうです。俺のこと、どう思ってる?
ちょっとは、好きになってくれたでしょ?俺とこーやってんのキモチいいでしょ?自信あるんですよ、俺。女の子たちはみんな俺のこと褒めてくれるよ。ウロコが堅くて盛り上がってて、美味しいって、気にいってくれるのに。
「……自業自得だろう、お前は」
どうしてそんな声を出すの。俺に脚を披いて抱かせてくれながら、まるでイヤイヤ、付き合ってるみたいに冷めて。
俺がお気に召さないの?
「……怒って、ンすか?」
「別に。お前はヒューズに利用されただけだ。そのうち泣きをみるだろう。あれと張り合えるのは俺だけだ」
軍法会議所の中佐。切れ者で知られた頭のいい男。この人の同級生で親友で、昔の恋人。
「あいつは周りを利用しながら生きてる。それを襟首掴んで止めて、お互い納得できる話にしようぜ、って、言えるのは、俺だけなんだよ。……ジャン・ハボック少尉」
シーツの上で裸で抱き合いながら、階級つきのフルネームを呼ばれるのは落ち着かない。
ねぇ、大佐。俺は。
「ずっと、こーしたい、って、思ってました」
頬を寄せる。つるつるでしっとり。まるで女の子だ。いいや今時、十代の処女でも、こんな肌はしてない。
「ずっと大佐のこと好きでした。抱きたい、って思ったのは、鋼の大将とあんたがヤってるって、知ってからですけど」
体液の絡んだ具体的な欲望を抱いた。そうしてそれは叶えられたけど、かなり歪んだ、奇形のかたちだった。でもやめられない。あんたを好きだから。
「あの時に、中佐から、『出て行け』って言われたら、中佐のこと撃ち殺したと思いますよ」
強姦じみた、あの濡れ場。ただの暴力なら護衛の役割を果たせた。でもあの男には主張があった。あんたとハガネの大将を別れさせる為だ、って。
その目的に俺は同調した。こっちに来い、手伝え。そんな風に言われて逆らえなかった。あんたを二人がかりで押さえつけて俺が抱いた。罪悪感はある。でも後悔はしてない。
ねぇ、俺に乗り換えてくださいよ。俺の方が上手い男でしょ?
「じゃ……、な、イ……。……、ン……ッ」
ゆっくり、イイとこ狙って揺らしてやると、細い腰を浮かせて応えてくれる、カラダはもう、俺になじみかけてるのに。
「セックス、じゃ……、ない……、したいダケ、じゃ……」
ない、って、繰り返すのは、つまり、まさか。
あんた、あんな子供を好きとか愛してるとか、そんなんじゃないでしょうね?
止めなよ、そんなの変質的だ。半分の歳のガキに乗り回されて、ヒィヒィいって満足してるなんてらしくない。俺に抱かれてうっとり笑いなよ。じゃなけりゃせめて、ヒューズ中佐なら、俺もあんたの相手として納得できたけど。
あのガキは、ヤバイ。
「淋しくて、俺が、脚を披いたと、思ってるの、かな……、あいつも」
少し淋しそうに、不本意そうに、彼が呟く。俺の肩に腕をまわしながら、アタマの中には、俺じゃないオトコが居るの。
「それなら、三年も、もたない、で……、もっと早く、つく、……、ん……、ひ……ッ」
続きを、聞きたくなくて、口づけで言葉を阻んだ。
止めろよ、やめて。あんたそれ大概失礼だぜ。目の前に俺が居るのに、あんた抱いてんのに、ナンで、違うオトコのこと話す。
「お前は身代わり、なんだろう?」
キレイな顔で目を細め、俺を憐れみながら。
「俺がハメられたのはヒューズにだ」
じゃ、ナンで、あんた俺に大人しくされてんですか。
俺を好きになったからじゃないの?
「……、あいつ本気で、俺が肌寂しいんだと思ってるな」
ちょっとだけ、ほんの少し、傷ついた表情。
「他のにどう思われようが構わないが、あいつからだと、不本意だ。誤解を、ときたいから」
なに、それ。「……あいつの結婚で身心ともに苦しんだのは、挙式の前後半年くらいずつで、あとは慣れた。人間、そうそう、苦しんでばかりは居られない。セックスしたいだけなら、あの時に相手を探してた」
あんたこんなに、美味い女なのに、何年もオトコなしでよく生きてこれましたね。
「あの子と、どうなるにしろ、あいつとは別にカタをつける。今は、あいつに切り札がある。だから」
今は大人しく、向こうの出方を待ってるの。
「ヘタに動くと、あの子を余計に傷つけられそうな気がする」
へぇ、優しいんですね。
で、俺は?
「ここまで言ってもまだ分からないか、ハボック」
愛してます。大好きです。あんたのいうこと、きくから恋人にしてくれださい。女の子と併用の愛人でも文句言いませんから。
「奴に使われた時点で、君は私の、眼中にないのだよ」
……。
そんな風な。
静かな冷たさは、ずっと感じてた、けど。
「でも、キモチイーでしょ?」
抱けば潤んで、刺激に零す。性生活の充実はあんたの頬の色艶に出てて、つるつるのピカピカ。あのガキが泊まってった夜も、こんな風じゃなかった。
俺は上手い男でしょ?
「……だからナンだというのかね」
俺とセックス、気持ちいいでしょう?
「それが、なんだ」
だから。
俺の愛情を分かって、俺のこと好きになって、ください。
「無茶を言うな」
こんなに熱心に抱いてる。滅多にこんなことまではしないよ。オトコだってセックスは相手による。あなたに俺が今、こんなに情熱的なのはあんたを愛してるからだ。
「セックスが……、なんだって、いうん、だ……」
彼の言葉の、語尾は俺が浸食していくリズムに巻き込まれてかすれた。でも俺の耳には、鮮やかに届く。
「これがそんなに大事なら、あいつを許して、トモダチになんか、もどれ……」
俺と繋がりながら、他のオトコのことばかり話す人を。
どうしよう。
俺は、ホントに、好きになっちまったのに。
夜勤あけの未明、まだ暗い早朝、司令部から離れた街角の公衆電話から、俺は悪党の棲家に回線を繋ぐ。
『……、もしもーし、誰だ、こんな時間に』
妻子もちだそうだけど、この男以外が電話に出たことはない。深夜早朝の電話は自分にだから、とでも言い渡してあるのか。
「俺です」
この男への電話は、盗聴を前提に話せと言われていた。
『……あぁ、ナンの用だ』
「どうなったかなと思って」
『お前がシンパイすることじゃねーよ』
起こされて不機嫌なのか、いつも以上に、男の声はキツイ。
この声が崩れたのを一度だけ聞いた。本気の本心が響いてゆれるのを。あの夜、あの人を抱き締めながら。
なんで俺に連絡をしなかったのか、って。
あの人のことを責めていた。
最初から言っていただろう。俺には結婚とお前のことは別だった。俺は今でもお前を抱きたくて疼いてる。なのに俺を措いて、なんであんなヤバいガキに手ぇ出しやがった、って。
身代わりに俺に抱かせながら、言った。
『そっちの方こそ、最近どーだよ』
あんたのシンパイすることじゃないですよ。
とは、俺は言えない。
「順調ッすよ、オカゲさまで。最近、猫も懐いてきてくれてカワイーんですよ」
そんな、虚しい嘘をつく。電話の向こうが、フンと鼻で笑う。
『どーだかな。……じゃあな』
回線が切られる。受話器を戻して、俺も歩き出す。
……今度会ったら、殺すかもしれない。