TSexTwo

 

 

 犯せるかな。  そんなこと考えながら頬に触れた。
 生身の方の左手で。
 触れても目覚める様子はない。仰向けで姿勢よく、手足を伸ばして静かに眠ってる相手を、俺は何年も前から知ってた。でも、ホントのコトは、ナンにも知らなかった。
 頬に触ると、こんなにツルツルってコトも。
 目を閉じてると表情が、ものすごく優しそうに見えるのも。
 そしてこの人が、本当のことろは、凄く……。
「……大佐」
 声をかけた。返事はない。深く眠ってる。俺が隣に裸で居るのに、よくそうやって無防備に眠れるね。そういつか、言ったら笑ってかえされた。君が隣に居てくれるのに、なにを警戒する必要があるのかね、と。
 ……そりゃね。
 テロリストとか暗殺者とか、国家錬金術師殺しとかが来たら、そりゃまぁ、あんたを庇って反撃するけどさ。
 俺自身のコトはどー思ってんの?あんたのこと抱きたくて、苛々してる俺を、分かってない筈はないのに。
 ……犯したい、なぁ……。
 髪に触れながら思った。黒が明るい色だって、こうしてると分かる。カーテンの隙間から漏れてくる光を弾いて、きらきら輝いてる。この髪に指を突っ込んでガシガシって掻き回したい。髪よりもっと深くって脆い、トコにも俺を突っ込んで。
 ……犯したいよ……。
 それは簡単なことだ。本当に簡単。俺は裸で、大佐もそうで、場所はベッドで、大佐は深く眠ってる。一緒にくるまった肌触りのいいダブルのタオルケット引き下ろして、膝を抱えて、ヤっちまえばいい。多分、目覚める前に抵抗できない形に出来る。俺に繋げてシーツに這わせて、揺すりあげんのは、凄く簡単なことだ。
 ……やり方知ってるし。
 ってぇか、その『やり方』を、教えてくれたのは黒髪のこの人。教えておいて拒まれる苦しさに胸が詰る。昨夜もそう。裸になって同じベッドで、一緒に色々、遊んではくれたけど、俺に本番、させてはくれなかった。
「……大佐」
 小声で呼んでみる。答えはない。耳元に鼻先を近づける。耳たぶを舐めると大佐の肩が少し揺れたけど、それは反射で、起きたんじゃなかった。
 溜息を一つ。未練ごとカラダをシーツから引き剥がして、窓のカーテンを開ける。天井までの高い窓、いっぱいに青空が見えて、今日もいい天気だ。三階の角部屋、見晴らしがいい東南向きの、一番いい部屋だ。天井が高くて、その天井では大きな扇風機がゆっくり廻ってる。初めてこの部屋で目覚めた時は驚いた。高級ホテルの最上等な部屋に比べても遜色ない、設備と調度品だった。
 驚いたって、言うとこの人は笑う。『大佐』の地位にどれだけの価値があるか、俺はこの部屋に入るまで知らなかった。だってこの人はいつも俺とタメで話してるし、俺が生意気でも無礼を咎めたことはないし、側近の部下の人たちには、時々、見張られて追いかけられてることを知ってたから。
「……」
 背中で気配がして、俺は振り向いた。眠ってた人が身体を横にしてこっちを見てる。まだ覚醒がはっきりしてないらしいぼんやりな表情で、少し眩しそうに。咄嗟に俺は、カーテンを後ろ手にシャッと、引いて朝日を、部屋から追い出した。
 天蓋つきの寝台が据えられたこの人の寝室から。
「……、の……?」
 掠れた声がする。ごめん、まだ朝じゃないよ。眠っていなよゆっくり。俺が隣に居るから安心して。
 そんな気持ちでベッドに戻って、左手で大佐の目元を覆い隠す。そうして不意に笑えてしまった。
「鋼の。どう、した?」
 いきなり背中を震わせて笑う俺を、大佐が不思議そうに抱き締めてくれる。あんた優しいね。そうして俺は、俺の。
「節操ないね、俺」
 正直さにあきれて笑えてるだけ。
「ついこの前まではあんたが寝てると、サボリやがって仕事しろよ、って思ってたのに、さ」
 今じゃこうだよ。
『可哀想に疲れてんだな』
 そんな風に思っちまう。思えちまうんだ。俺は本当に節操がないよ。あんたに抱き締められてから。
「アルのことも……、時々しか、思い出さないし……」
 忘れる事は、どうしても出来ないけど、少なくとも大佐のこと考えてる間は、失踪した弟を思って泣きたい苦しさからは逃れられる。
「俺ってさ……、薄情で、節操がないね……」
「弟君の消息は?」
「全然、さっぱり」
「そうか。……私の方にも、まだ報告は届かない」
「……うん」
「大丈夫だ。君の弟なんだから。何処かで元気にしているよ」
「……うん……」
 答えながら身体を摺り寄せると、大佐は応えて、腕を廻してくれる。この優しさと暖かさに、俺は今、どっぷり喉まで、漬かって溺れかけてる。

 

 暫く離れた方がいい。そんな書き置きを残してアルフォンスが居なくなった日。どう過ごしたか、俺は半分以上覚えてない。探し回って、でも見つからなくて、雨が降ってて、冬だったから、途中から氷混じりのみぞれになった。手足が冷えて痛くて、でもそれどころじゃなくて。

 生まれてからずっと一緒だった。国家錬金術師の資格関係で時々、離れることがあってもほんの数日だった。俺の生身の手足とあいつの身体を取り戻すための旅に少し、あいつが疲れて失望してるのには気付いてた。俺も同じだったから。……でも。

 でも、でも。俺はお前を足手まといとか、思ったことは一度もない。お前が居たから生きて来れたのに。生身の身体が欲しいなら、俺のをやるから、だから戻って、来い。

 お前をそんな身の上にしちまったのは俺だ。確かに責任は感じてた。でも重荷じゃなかった。

『僕と一緒にいると、いつまでも兄さんが安らがない。だから』

 少し離れよう。そうしてお互い、本当はどうしたいのか考えようよ。書置きの文句は優しかった。俺を責める言葉は一つもなく、それがかえって、俺には……、辛かった。

 裏路地で座り込んでた俺が保護されて、イーストシティの憲兵が俺を知っていて、大佐に連絡が行って。驚いて迎えに来てくれた大佐に引き取られた時にはもう熱があった。軍医の往診、肺炎を起こさないように暖めて、という指示のもと、俺は大佐の寝室に寝かされた。かなり興奮状態で半分は錯乱して、安静にさせるために打たれた注射のせいで少し眠って、でも夜半。

 目覚めて、アルを探しに出て行こうとする俺を、看病かたがた、添い寝してた大佐が、止めて。

 もみ合って、暴れて喚く俺を大佐は持て余した。俺を寝かしつけようとする大佐に、機械鎧の手足で抵抗したから、だいぶ痛い思いもさせちまったと思う。深夜のベッドで、もみ合ってもつれあって、そして。

 気がついたらセックスしてた。大佐のこと抱いてた。そんな真似が出来るなんて想像もしてなかった。そもそも俺は童貞で、女の人を抱いたことも男を女の人の代わりに抱いたこともなかった。大佐は女の人だった。少なくとも、ベッドの中で、裸では。

 男に『抱かれる』ことに慣れてる、気持ちよくしてくれる、上手な女の人だった。俺はセックスが初めてで、そして。

 

「……、大佐」

 こんな気持ちになったのも。

「……って、いい……?」

「元気だな、君は」

 大佐は少し呆れて、でも、俺を片手で抱いたまま身体をシーツに伸ばしてくれた。腹にひっかかってたタオルケットを剥ぐと、昨夜も散々、絡み合って慰めあった白い肌が見える。中心の奥は赤い。その奥のさらに内側の、感触も、俺は知ってる。

「……、きたい……」

 抱きたい。あんたのこと、犯したい。

 身体を重ねて耳元で囁く。全身を擦り付けて強請る。正直に萌した俺を、下腹に擦り付けられて、大佐は少しだけピクンって竦んだけど。

「ダメ、だ……」

 両掌を滑られせて体側から真っ直ぐに、狭間を目指して降りていく俺の指先に反応しながら、でも、拒まれる。

「なんで?」

 一度はさせてくれたのに。よく覚えてないけど多分、あんたの方から、させてくれたのに。すっごく気持ちよかったのに、前後よく覚えてなくて口惜しい。鮮明なのは幾つかのシーンだけ。中でも忘れられないのはあんたの泣いてた顔。

 俺が動くと、つられて揺れて、そのたびに目尻に潤みが溜まってた。それがナンか、無茶苦茶に色っぽくて、こぼれろ、って思いながら、わざと乱暴に腰を突き上げた。俺がそうするたびに苦しそうに悶えて、高い声があんたの唇から漏れて、俺はもう、ほんっとに……、気持ちよかったよ。

 あんたの目から、潤んだ水分がこぼれ。

 その瞬間、俺もあんたに注ぎ込んだ。

 ……一度だけじゃなかった。

 なかったと思う。本当に、よくは覚えてないけど。

 朝がきて目がさめた。いつ眠ったか分からなかったけど、目覚めたってことは、俺は眠ってたんだろう。大佐の顔が見えた。大佐が先に起きてて、ぼんやりちょっと疲れた顔で、目が赤いまんまで、それでも心配そうに、俺を見てて。

 大丈夫かって、聞かれた。

 あれはホントは、俺の台詞だった。

 その時は気付きもしなかった。ただ、優しい声でナンか言ってくれたのが嬉しくて笑った。俺が笑ったら大佐は安心したみたいで、そっと立ち上がってカーテンを開けた。朝日がさして部屋が明るくなって、俺はこの部屋の豪華さに気付いた。部屋に入れてくれた人の柔らかさにも価値にもようやく、その時に気付いた。

 それから、時々、こうやって仲良く、してる。

 でも本番はさせてもらえない。……なんで?

「君の勘違いが、ひどくなりそうだから、駄目だ」

 何を俺がどう間違ってるっての。

「君は寂しいんだよ、今。だから」

 俺は寂しいよ。アルに置いて行かれて、あんたからも微妙に拒まれて。擦り付けあって刺激しあって吐き出すのも、まぁ、ずいぷん、気持ちはいいけど、でも。

「私は君には似合わないよ。君はもっと、ちゃんとした人を捜しなさい。……元気が出たらね」

 アルと離れて、それで俺が弱って、あんたに甘えていると思ってんだ。そうじゃない訳じゃないけど、それだけじゃない。

 あんたを好きだよ。愛してる。

 言うと大佐は、本当に困り果てた表情。

「……次は何処に行こうか?何してくればいい?」

 俺は大佐の依頼でとある街に行って、そこで外道の錬金術師の、詐欺を暴いてきたばかりだった。大佐は笑って喜んでくれた。

「なんでもするよ。あんたが褒めてくれるなら」

 そうしてあんたが、ちょっとでも楽になって、ぐっすり安らかに眠れるなら。

「言うこときくから、撫でて」

 甘ったれて強請る。好きだよ。大好き。あんたのこと考えると寂しいのが止まる。アルフォンスは俺から離れていったけど、あんたは俺を拾って、あっためてくれたから。

「……こんな、つもりじゃ、なかった……」

 俺を抱き締めて、擦り付けた頭を撫でてくれながら、大佐は低く呟く。何が?俺にあの時、抱かせてくれたこと?

「こんな大それた悪事を、するつもりでは……」

 なかったって繰り返す、あんたの言ってる、意味がよく分からない。あんたはつまり、俺をカラダで騙したコトになんのかな?騙されていいよ、あんた優しくてキモチイイ。

「私は、ただ……」

 分かってる。あんたがただ、俺を暖めようとしてくれただけってことは、よく分かってるよ。あんたに俺は慰められた。あんた本当に暖かくて、俺はあんたに夢中だよ。

「気晴らしの暇つぶしの、遊びなんだよ、鋼の。……いいね?」

 よくない。そんなこと考えられない。俺はあんたのこと心から愛してる。これは多分、恋とかいう例の、あの病気。

「君は君に似合いの、優しい女性と、ちゃんと恋愛をするんだ。いいね?」

 いいわけねぇだろう、って。

 以前の俺なら大声で喚いただろう。

 今は黙って聞いてる。あんたに大きな声は出さないよ。でも。

「……反論しないのは」

「ん?」

「出来ないからじゃないよ」

 あんたの立場でそんな風に、逃げ場所を作っておきたい気持ちは分かるけどさ。俺があんたに飽きて恋人を別に作っても、お互い傷つかずに、もとに戻れるためのウソ。

「いま、ナンて言っても、あんた信じられないだろうけど」

俺はガキで、あんたはオトナで、俺たちの間には倍近い歳の開きがある。あんたが俺のこと、今は信じられなくても仕方ないと思うよ。でも。

「時間を、待つよ。……十年もこのマンマなら、さすがのあんただって、俺のこと可哀想にって思うだろ?」

 あんたをホントに愛してる。それを信じられたら。

「なってな。……ホントの『恋人』に」

 俺のお願いを、大佐は物凄く苦しそうに聞いて。

「……困る……」

 ホントに困り果てた声で。

「君の十年は私のと意味が違うんだ。君は十年後、全盛期だろうが、私は」

「大総統閣下の愛人ってのも、いいね。顔パスで総統府の奥までズンズン、歩いてってみたいな。俺のことそうしてよ。未来の大総統閣下?」

「君は若くて、まだこれからだ。色々なことを経験して」

「随分色々、もう見たつもりだけど?」

「世間のことはな。色恋は別だ」

「最初のあたりを一生捕まえちゃいけない?それが一番、幸せなことじゃない?」

「それは相手が、お似合いの相愛だった場合の話だ」

「あんた、ナンにそんなに拘ってんのさ。俺が初めてじゃないのはよく分かってるよ。別にいいよ、それは。今から先を俺だけにくれれぱ。……浮気しないよな?」

「もう、君だけだと思うけどね。私はとぉにこういう遊びの、女役は卒業の歳なんだ」

 関係ないよ、愛してる。って、多分、言っても信じられないんだろうな。寂しいけどいいよ。待つから。

「君とのことも本当に久しぶりで……」

 分かってる。俺があんまり寒そうで震えてて、寂しくて錯乱してたから抱き締めてくれただけ。恋愛じゃなかったのは分かってる。でも俺のことスキだろ?スキな筈だ。ホントはあんた、俺のこと。

 愛してるんだよ。気付いてくれるまで、待つさ。