束縛。
呼んでいる、という知らせは何度も、何度も届く。
そのたびに無視した。けど、聞いてない訳じゃない。むしろうっとり、しながら考えていたのは彼のことだけ。今ごろは寝台の上でうめきながら涙を浮かべ、俺が来るのを待っているだろうか。俺に伝えてくれたかと何度も侍女に確認し、耐え切れずもう一度、伝言を頼むだろうか。
仕事が忙しかった。それは嘘じゃない。明日の分まで片付けた。今夜ゆっくり、彼を可愛がるために。
夜半近く、部屋へ行く。彼を繋いで閉じ込めた部屋へ。室内は暗い。眠ったのか、と思って燭台に火をともし寝台を見ると、彼は潤んだ目のままでこっちを睨んでいた。
「……ハズセ」
怒りに、震える声だった。
「はずせよ、これッ」
悲鳴にも威嚇にも耳を貸さず、近づき唇を重ねる。重ねようと、する。彼は顔を背けて避ける。追わずに、抱き締めた。愛しい、ヒトを。
「はずせ、啓介」
彼の、意地は。
「はずして……」
限界の、痛みの前に崩れた。
「無茶だ、こんなの。女の子だって五つ六つの頃にするのに、俺に、今更、こんなの……」
そうかな。でもまぁ、いいさ。
カタチがムリでも本質が近くなりゃいい。
「外してくれ。……頼むから」
彼の、踝から踵、指先までをびっしり、覆い尽くした布。
オンナの足を変形させ、小さくするための、纏足用の。
「どー、して俺にこんなこと、するんだ」
知りたい?それはね。
「あんたが……、戻るとか言ったから」
大唐帝国の皇帝の使者として、蛮族の酋長のもとへ使いに出た、彼。
酋長が唐と和解するために娘を、皇帝の後宮に差し出そうとしていて、その打ち合わせの為に出向いた遠方の地に政治状況が変わって、帰国できなくなった彼。長いことその地に抑留されていて、最近やっと、酋長の気持ちが再び和解に傾いて、ようやく帰って来れたのに。
彼が再び、生きてこの地に戻れるとは、誰も思っていなかった。
だから唐室に代々つかえる名門貴族の家督は俺が継いだ。そして、生年武将として王宮の警護に当たっている。そのことに彼は苦情は言わなかった。家督を寄越せ、とも。
ただ、帰着の挨拶を皇帝に、申し上げて。
そうして両親の墓に詣で。
政争の犠牲になって敵地で苦労した彼に、暫くゆっくり暮すようにと、皇帝からお言葉があった。俺もそのつもりだった。華池宮に滞在を許され温泉に漬かり、既に堂々たる文官に出世した旧友たちと、旧交を温めて。
そろそろ、宮廷に、彼に相応しいポストをと。
俺が皇帝に申し出ようとしていた、時期。
「……なぁ、啓介。なにか、くれないか」
彼が俺に、優しく微笑みながら言う。俺はいいよと即答した。なにが欲しいの。
「そうだな。織物か、珠。贈りたいから」
抑留されていた土地へ。てっきり世話になった誰かに礼としてだと、俺は思っていたのに。
使いの者に、託した伝言は。
「必ず戻ると、伝えてくれ」
聞き捨てならなかった。
……なんだよ、それ。
ドコに『戻る』ってのさ。
問いつめる俺にあっさり、彼は答えた。遠方のその土地に妻子を残してきたのだと。
聞いた瞬間、俺は世界が、真っ暗になった気が、した。
「俺が、あんたのことをどんなに、ずっと、想っていたって、おもってんの……?」
抱き締める。足の布を解くことができないように、両手を背中で結ばれた兄の、背中を。
「何処にもやんねぇ。誰にも、渡さねぇ。女房子供なんて忘れな。……さもなきゃ」
殺すぜ、あんたの、『妻子』。
都に迎えて、あんたの目の前で嬲り殺す。
言うと彼は、信じられない、という目で俺を見た。
他人を見るような、目で。
「……どう、して」
分からないのかよ。
どうしてって、それは、俺の、台詞。
あんたに一番、近いのは俺だ。兄弟って以上の絆を、あんたが誰かと結ぶのは許さない。
「家督なんて、俺も子供も狙っていやしない。夷族の子って馬鹿にされるのが可哀相で置いて来たんだ。俺はただ、ここに、一度帰って、来たかっただけなんだ」
そう。良かったね、かえって来れて。俺も嬉しいよ帰って来てくれて。
ずっと、あんたを、待っていた。
「お前の、邪魔にはならないからこんなのはもう、止めてくれ」
あんたを、愛して、いるんだよ。
「頼むから。もう、二度とお前の、目に触れないようにする、から」
……させない。
そんな真似は、絶対に。
俺からもう一度、離れるなんて、許さない。
足指を付け根から、内側に曲げたカタチできつく、縛り付けて。
痛いと叫ぶ彼を、屈強な男が両脇から支えて歩かせる。
体重をそこにかけて歩かせることによって、足のカタチを変形させるのだ。土踏まずに陶器の破片を入れていて、下手に歩くとそれを踏んで痛いから、彼はぐっと足指を、反らしたままで歩かなければならない。
「ケースケッ」
俺は院子(中庭)を歩く彼を、寝室の窓から眺めていた。気づいた彼が、叫ぶ。
「止めさせてくれ、頼む。昔は仲いい、兄弟だったじゃないか」
うん、そう。
昔は、そうだったね。
俺はあんたをダイスキで、あんたのいうことはなんでもきいていた。
あんたに褒めて欲しかった、からさ。
なのに……、あんたは俺を置いて行った。
遠くに行くなと、行くんなら連れて行けと。
泣いて、俺も、あんなに頼んだのに。
「啓介……ッ」
恨んで、いるよ。俺からあんたを取り上げた、あんた自身を。
そうして俺以外に、大切なものを遠くで作った、あんたを。
恨んで、呪って。
だからそこは、……復讐。
纏足の本場,陽州から腕利きの老女を、何人も招いて。
彼の足を、任せる。
カタチはそう重要じゃない。代わりに実をとる。
そう言うと、老女たちは全てを察して、その通りに、した。
骨を変形させ、筋を伸ばして。
痛めつけて。拷問じみた整形を、一つ残らず、見守った。
俺が彼の、苦しみを見て愉しんでいるのだと彼には誤解、されたけど。
違うよ。それは、似ているけれど、違う。
俺の為にあんたを歪ませる罪を、俺は正視、していたいだけ、なんだ。
愛しい人を、抱き締める。
かわいそうに、俺が近づくと、腕を伸ばすと恐怖に竦む人を。
髪を撫でる。頬を寄せる。背中を抱いて、膝にくちづけて。
……足を、掴む。
「ひ……ん」
最初は一掴みに。そしてゆっくり、指を揉むように。
「うぅ、……ッ」
その、可愛がり方を、俺は老女に習った。
柔らかく掴み、揉んで、揺らす。
たまらない、というカンジで彼の目蓋が震え息が漏れる。
……掌の、手相の筋を爪で辿ってみれば、そこが性感帯ってコトが分かる。
足の裏も同じ。全身に繋がる神経とツボの集まった場所。そこは普段、床に地面に接して感覚が鈍くなっている、だけ。纏足によって地に触れないように、すれば、すぐに神経は敏感に剥ける。
普通では、愛し合えない、俺たち。
身体を重ねる、為にはこう、するしかなかった。
「イヤ……、っん、ひ……、いやぁーッ」
彼の、足の縛り布を解く。
敏感なその場所を、片方は掴み上げ足指の間に指を挟んでうごめかす。泣いて、感じて、彼は悶え狂う。
そして。
「ヤメ……、やぁ、だ。かんべん、してぇ……ッ」
もう片方を……、俺の、に。
押し当てて、擦る。
「やぁ、こんなの……、いや、も……」
仕方ないだろ、こうするほかに、あんたを抱く方策がなかった。
鳥姦は、イヤだって言ったじゃないか。
抱こうとしたら、舌を噛もうとした。
だから、他の、手段を講じた、だけだよ。
「う、ぅー」
かわいそうな泣き顔で、彼は俺の欲望を受け止める。
好きだよ、ダイスキ。
「……逃げんなよ」
だから。
「あんたが逃げたら、あの使者も殺すぜ。あんたの酋長からの使者。あんたのオンナとガキ、人質みたいなもんだろ?使者が殺されたら、ブジじゃ済まねぇなぁ」
笑いながら、俺があなたを、脅すのは。
「弟にオンナにされてるなんて知られるよか、一生生き別れ、の方がマシだろ?」
愛して、いるから。
「第一あんたもう、馬に乗れねぇよ。どーやったって、戻れねぇ」
くっくと喉が鳴る。嬉しい。愉しい。幸せ。
彼をにがさず、抱いている事が出来て。
「……アクマ」
彼が、真っ白になるほどシーツを強く掴んで、指先を震わせながら。
「そう。……あんたが、そうした」
俺をあんたが俺を、そうしたんだよ。
……アニキ。
最後に強く、俺は彼のふくらはぎを抉った。
仰け反り、自身の欲望をこぼす彼をぎゅうっと抱き締める。
……シアワセ。
憎まれていい。
悲しませても。
呪われたって、構わない。
あんたが居なくなる、恐怖に較べれば。
「……、し、てるよ……」
膝の内側にくちづけ、付け根に向かって腿をなで上げる。ひくっと筋が強張って硬直する。
この、足を断っても、腕を落としても。
あんたを俺の、そばに置いておくよ。……だって。
「……、て、る」
から。