ヴァリアーの本国での公用車はリンカーン。しかし、ここイギリスで高級車といえばロールスロイスだ。改造されていないパークウォードはゆったりとした七人乗り。

「よぉ」

 世間の迷惑になる幅と長さの車を運転していたのは銀色の鮫。助手席から降り立ったのはアッシュグレイの髪をした獄寺。空港に着いた若い男が借りようとしていたスポーツカーはキャンセルされていて、代わりに馬鹿馬鹿しいほどの高級車が、特別客の出入りする搭乗口にピタリと横付けされていた。

「お出ましありがとうよ」

 助手席から降りてドアに寄りかかって、獄寺隼人は飛行機から降りてくる山本を待っていた。ハンドルに肘をかけた姿勢で同じく待っていた師匠が片手を上げて合図をする。大好きな二人を先端の正面に並べて突きつけられる露骨な懐柔策。

それでも山本武の凍りついた表情は溶けない。荷物というほどでもない、小さなボストンバックを肩に掛けた姿でぴたりと、車の三歩、手前で足を止めた。

「心配させて、悪かった」

 さすがの獄寺隼人もヘタにつつかず真正面から向き合う。じっと、その顔を、山本が見つめる。凄みというか、凶相が、その頬から口元にかけてをひどく鋭角な印象にしている。もともと顔立ちはニヒル系で凄みがきいているのに笑顔が消えると野生的を通り越して凶暴さが目立つ。ドーベルマンの本性を包み込んで隠すシェパードの愛嬌が剥がれ落ちて、シンプルに表現すれば怖い顔になる。

「騙してねぇし、ハメたんでもねぇ。マジで誘拐された。ただ理由がよ、ちょっと誤解があったんだ」

「申し訳ありませんでした」

 二列目の座席のウィンドウを下げて、誘拐の犯人が顔を乗り出して山本武に謝る。

「誤解があったのです。そもそも、僕の狙いは獄寺隼人ではなかった。色々間違いました、申し訳ありません」

 早口で謝り、窓から体を乗り出して頭を下げる。隣では柿本千種も軽く会釈をした。さらに三列目の窓が下がって。

「ごめんね」

 そんな言葉を滅多に口にしない雲雀恭弥まで、凄みのある艶をたたえる目尻を、悲しそうに細めながら頭を下げる。

「骸をウチに踏み込ませてしまったボクを庇って、獄寺隼人は代わりに捕まってくれたんだ。ごめん」

「オレだよ」

 雲雀の奥から沢田綱吉が必死の様子で顔を覗かせる。

「骸以外は全部、オレが悪いんだ。ごめん、山本、心配させて、本当にごめんなさい」

 頭を下げる雲雀恭弥に重なるようにしてボンゴレ十代目が詫びる、さらにその後ろのシートには、なんとヴァリアーのボスが居た。つまらなそうに座っているだけでノーアクションだが、居るという事実だけで物凄いこと。

「ってーわけで、オマエに侘びだ。なんでも言えよ、好きなよーにするぜ」

 背後にはずらりと仲間が居るけれど、殺気を通り越して冷気を身にまとった山本武と、立って向き合っているのは獄寺だけ。

「心配させて、ごめん」

 凛々しいほどに真っ直ぐな謝罪。

「……獄寺」

 やっと、ようやく、山本が声を出す。

「おぅ」

「一つ、訊いていいか」

「なんでも、幾つでも」

「オマエどーしてそんなに機嫌がいいんだ?」

 それ、は。

 普段のアッシュグレイを知る全員が不思議に思っていたこと。

「オレに騙しを仕掛けたんじゃないなら」

「んなこたぁ、しねーよ」

「なんでオマエはそんなに機嫌がいい?」

 少しの嘘も誤魔化しも許さない様子の厳しい声。

「ここで言わなきゃならねぇか?」

 二人きりの時に答えたいと獄寺は希望したが。

「聞かせろよ」

 関係者全員の前での公表を山本は要求した。誘拐の被害者でありながら、犯人である骸と縄張りに踏み込まれた雲雀を庇って許してやれと、カラダを張っている態度を不審に思っている。

「うしろ」

「が、どした?」

「すげぇメンツが、ずらり揃ってっだろ」

「うん」

「テメェに謝るタメに並んでンだ」

 そうではない人間も約一名居るが、恋人に付き合ってやっていることじたい、滅多にない奇跡。

「オレを間違ってユーカイした後の骸の慌てっぷり凄かったぜ。山本武が怒る、山本武が来る、って、それしか言わずに、右往左往してやがった」

 本気の敵対ならまた違う態度をとっただろうが、「マチガイ」で攫ってしまったことを、ヤバイマズイと頭を抱えて苦悩していた。謝る方法を必死に探していた。

「いい気分だったぜ」

「……なんで?」

「骸のヤローが震え上がるぐらい、オマエが怒るってことだろ」

「なに言ってんだよ、ハヤト」

「オマエに惚れられてンだってよぉく分かって、オレぁユーカイされてる間中、すっげーいい気分だった」

「わかって、なかったってことか?」

「知っちゃあいたけどよ、他人から言わンのは、とくに後ろのずらりにヒーヒー言われんのは、やっぱちょっと、別だ」

「あー、分かるぜぇー」

 黙って話を聞いていた銀色が運転席からカラダを乗り出して、話に口を挟む。

「他人から言われてそっかぁーって、ナンのはオレも、覚えがあるぜぇ。オレもガキの頃、似たことがあった」

 かなり露骨な助け舟。だが、山本武は師匠の話を行儀よく聞く。そちらに顔を向け口元を見つめる。

「ボンゴレの本邸でよぉ、聞こえよがしに言われたことがあんだぁー。ザンザスの、ちょっとお気に入りだからって調子に乗りやがって態度がでけぇ、ってなぁー」

 この銀色は少年時代、大ボンゴレの御曹司の側近として本邸に足繁く出入りしていた時期がある。

「オレぁそれまでなぁ、まさか自分がそんなふーに見えるたぁ思ってもなかったんだ」

 この銀色が昔のことを喋るのは珍しい。獄寺隼人の釈明に口添えをする目的だろうけれど、懐かしそうな表情はでまかせでもなさそう。

「オレのボスは昔っから機嫌わりぃのがデフォなオトコでよ、いっつもすっげームッとしてやがるから、オレのこと嫌いなんだと思ってたぐれぇだ」

 銀色の階層を聞いて雲雀が首をそらし、言われている男の顔を見た。男は面白くなさそうな顔だがちゃんと聞いている。

「お気に入りって言われてよぉ、すっげぇ、嬉しかったなぁー」

 ほんの何ヶ月間かしかなかった少年時代の思い出。

「スクアーロは」

「ん?」

「なんで、いんの?」

「後ろのガキが間違った理由に、ウチのがうすーく、噛みこんでっからだぁー」

 ティアラの王子様が獄寺に譲った腕時計がそもそもの原因。

「うちのボスさんもコミで助けに行くつもりだったぜぇ。本人がさっさと『誤解』をといて帰ってきやがったけどなぁー」

「アンタが絡んでんなら、オレを騙してんじゃないよな」

「当たり前だぁー。てめぇはオレの、ヤンチャで可愛い弟子だぜぇー」

「うん」

 師匠と言葉を交わすうちに山本武の目元に張り付いていた凶悪さが剥がれてくる。少し首を傾げて凝った肩をほぐす仕草をする。やっと少しだけ笑う。ゆっくりと腕が広げられる。即座に獄寺はそこに飛び込んだ。

「ハヤト」

「おぅ」

「無事で、良かった」

「おぅよ。無駄足踏ませた詫びにナンでもするぜ。好きなことしてやっから言ってみろ」

「オマエが元気ならそれでいい」

 ぎゅっと抱きしめ、告げる若い男は真剣にそう思っている。

「んじゃ、オレ、日本に帰るから」

 キスもせずに腕を解いて、そう告げられても獄寺は驚きもしなかった。

「おぅ、またな」

 ひらっと手を振る。指先を当てて、車の中の師匠と仲間に口元で少しだけ笑って、若い男は空港の中へ戻る。

「山本、よっぽど急いで来たんだね」

 シーズン中の野球選手なのに、そんなことは忘れて駆けつけて来たのだろう。連絡や準備もしないで来てしまったから、食事もせずに帰らなければならないのだろう。仲間たちは敢えて引き止めない。必要があるのだろうから。

「純愛だから、彼は」

「そのアクセント気になるな。オレだってオマエには死ぬほど純情だぜ、ヒバリ」

「キミが純情ならこの世に不純は存在しないことになる」

「マジで言ってんなら殺すぞ」

 と、ボンゴレ十代目はマジが言っている。証拠に瞳がオレンジに、薄く発光する。

「本気で言っているよ。君ほど性質の悪いオスはこの世に居ない。少なくとも、ボクは知らない」

「おい」

「ボクは、実は、そこを好きなんだけど」

「……」

「純情な男なんか面白くないよ」

 車内で、そんな話をしているとも知らずに。

「十代目、すみません」

 VIP用の出入り口に戻る山本を見送っていた獄寺が車へ戻ってきて、助手席の窓からボンゴレ十代目に声を掛ける。

「うん、いいよ。行っておいでよ」

 ナニを言いたいかは顔を見れば分かった。

「飛行機とぶの見送ったら戻ります」

「うん。どうせ動くの、夜だから」

「あとよろしくな」

 ヒバリに頼んで獄寺隼人は山本の後を追った。なんとなく全員でその細い後姿を見送る。

「よかった」

 ほっと息を吐いたのは六道骸。

「山本武が獄寺隼人に夢中でこちらに意識を払わないでくれて本当に助かりました。よかった」

 今回の誘拐事件の下手人でありながら、ほぼ意識を払われず相手にされなかったことに骸は心からほっとしている。

「アイツが面白くなくて誰が面白いんだ」

 師匠としては弟子を庇ってみる。

「でぇ、これから、どーするぅー?」

 車のエンジンを掛けてギアを入れ、ゆっくりとロータリーから抜けながら後部座席の連中に尋ねた。

「夜までバラけよう。オレちょっとヒバリさんちで眠らせて」

 夕べは獄寺が心配で、ろくに眠れていないらしい沢田綱吉が言った。

「それから骸、オマエの襲撃からやり直しだ」

「今回はあなたの指示に従いますよ、沢田綱吉」

「……噛み殺してやる」

「どうぞお手柔らかに」

「オマエとやったあと、オレはお前の襲撃を仕組んだのがザンザスだと勘違いして咎めに行く。そこで第二戦だ」

 沢田綱吉は背後を振り返る。

「メンツを揃えて来い」

 顔に傷のある男は尋常に答えた。