□ yes,summerdays □

 

 

 

幾千の光が胸を差す
燃えるような熱情身を焦がす
振り向いて激しくしなやかに煌めきの中君のリズムに時を忘れたsummerdays
幾千の眼差し浴びながらわがままに気ままに恋して
愛を知る女は花になる
夢見る頃を過ぎていつか歩き始めたsummerdays

 

 

+ + +

 

「アニキ〜、海、行こうぜ?」

 部屋でパソコンを立ち上げ、提出間際のレポートを書いていた時。
 何気に入ってきた、啓介が開口一番、そう言った。
 書いていたレポートを保存し、椅子をくるりと回転させて…啓介の方を見る。
 すると、啓介はこれ以上にない満面の笑顔で、オレを見ていた。

 それに、ふう…とため息。

「いつ…」
「いつでも。アニキが暇になった時にでも」
 オレが寝る暇もなく忙しい身ということは、啓介も承知の上だ。
 学校の講義と、研修と、Dの両立。
 休みの日もつぶして、睡眠時間を減らして…やっとでこなしていける。
 啓介は夏休みで暇を持て余しているのだろうけれど…自分は、休みもない状態だった。
 毎日学校にも行っているし…。
 まあ、夏休みに入る前より余裕はあるが。

 オレは壁にかけてあるカレンダーを見る。
 海…なら、盆前だろう。それ以降だと…くらげが出て、泳ぐどころではなくなる。
 とすると、猶予はあと2週間ほど。
 これからのスケジュールを頭の中で高速回転させ、把握して。
 ちょうど、余裕のある日をはじき出す。

「来週の土曜はあいてる」
「え?マジ?」
「その日でいいか?」
「いい、いいっ!マジでアニキ行けると思わなかったから…うれしい」
 そう言い…啓介はオレに近付くと、触れるだけのキスをした。
 いきなりのことに、オレは目を少し開いて驚く。

 これだけ、めいっぱいよろこんでもらえるから、啓介の願いはかなえてあげたくなる。
 例え、自分を苦しめるようになろうとも…この啓介の笑顔を見てたら何でもなくて。
 ほわっと胸が、温かくなる。
 兄弟愛とは別の……気持ち。
 ―――――大好き。

「さんきゅ!楽しみにしてるな〜!」
 そして、部屋から出て行った。
 自分の邪魔を、しないように……。

 再びレポートに取り掛かりながら、笑う。
 オレも楽しみだな。来週の土曜日が。
 啓介と出かけるのも久々だし。
 それが、海だろうとも…別に、苦にはならないだろう…。

 

 そして、来週になって。
 スケジュールより、自分がいちばん、気にしないといけなかったことを、忘れていたことに気付くのだった。

 

+ + +

 

 啓介と海に行く、と約束をした…その日の朝。
 起きて、驚いた。

「――――――!」
 まず、目についたのは―――大きく膨らんだ、胸。
 これを見ただけで、もう…自分の身体に何が起こったのか、わかる。
 月一でくる…アレ。
 カレンダーを見て、そうだった…と気付く。
 毎月ぴったりと来るそれを…オレは忘れていた。
 はああああ…。
 深いため息を、ついた。

 こんな姿じゃ、啓介と一緒に海なんて行けない。
 アレが来るのは、多分明日だろうけれど…第一、女物の水着なんてココにはない。
 今から買いに行こうって行ったって、店が開いてから海に行くようじゃ遊ぶ時間なんてほとんどないし…。
 仕方ない。啓介には悪いけれど、また今度…ということにしてもらおう。
 それしかなかった。

 オレはベッドから降り、パジャマのまま啓介の部屋へと行く。
 背が縮んで何だか変な感じ。これにはいつだってなれることなんてなくて。
 啓介の部屋のドアをノックし…開ける。
 すると、啓介はめずらしく服も着替えて…ベッドに腰掛けて煙草を吸っていた。
「啓介…」
「…。アニキ…」
 オレの姿を見て、目を大きく見開く。
 女の姿になってるからだろうけれど、どことなくうれしそうな気がするのは気のせいだろうか?
 足の踏み場もない床をそれでも慎重に歩き、啓介の隣に座った。

「ごめん…啓介。オレ、すっかり忘れてた…。今日、この日だったってさ」
「……」
「だからさ、今日行けない……ごめん」
 啓介は、始終黙ったままオレの言葉を聞いていた。
 煙草をふうっと一息吸って…煙を吐き出す。
 その後、側に置いてあった灰皿に押し付けて火を消した。

 約束してたのに、ドタキャンで怒るのも無理はない。
 オレが悪いんだから。全部。
 あんなにうれしそうな顔をしていたのに。
 こんな大事なことを忘れていたオレは、ほんと…バカだ。

 オレは啓介の顔を見れず、下を向くと。
 啓介はふう、とため息をつき…見事に散らかっている床の上の物の中から、何かを手にした。
「アニキ」
 ぽんぽん、とオレの肩を軽く叩き…顔を上げさせる。
 ふと、啓介を見ると、オレに薄いピンク色の少し大きめの紙袋を差し出していた。
 え…?何…?
 ぼーっとそれを見ていたら、啓介はオレに押し付ける。
 中、見てみな?と言い。

「……」
 がさがさと紙袋の中身を出してみる。
 …中から出てきたものは。

 女物の、水着…だった。

「こんなことだろうと思ってさ。緒美と買いにいったんだよ」
「……」
「これで、行けるだろ?アニキ…水着がねえから行けねえって言ったんだよな?」
 啓介がくれた水着をぎゅっと握りしめ…こくん、と頷く。
 すると、啓介はオレのくちびるにちゅっとキスをした。
「ほら…アニキ、支度して…。行こうぜ?」
「けいすけっ」
 何だか…すっごくうれしくて。
 忘れていたオレの代わりに、先に手を回していた準備の良さがすごく…うれしくて。
 オレは、啓介に抱きついた。

「ありがと…啓介」
 そう、啓介の耳元で囁くと、啓介は…にっこりと笑った。

 

+ + +

 

 バタバタと準備をして、啓介のFDで隣県の海水浴場へ行く。高速道路を通っての、かなり長い旅だ。
 一緒に買ってきたと言うサングラスを二人でして…散々笑い合って。
 でも、少し青みがかかった色のレンズのサングラスをして運転する啓介は、横で見ていてすっごくかっこよかった。
 ……こんなふうに些細なことで惚れ直すのは、女の姿になったからだろう。
 いつもより、胸がドキドキする。
 変だ。何か…女になった時は、いつも。

 いろんな話をして、笑って…すると、あっという間に時間は経った。
 昼前に目的地に着き、駐車場にFDを停めた。
 夏休みに入った土曜日。そのため、結構人は多かった。
 車から降り、リアシートに詰め込んでおいた荷物を取る。啓介はスニーカーからサンダルに履き替えていた。
「アニキ〜、先にメシ食いに行こうぜー」
 そう言った啓介に、頷くと。
 危うく聞き流すところだった言葉を、正した。
 いくら何でも、女の姿のオレに”アニキ”はないだろ…。
「”涼ちゃん”だろ…」
「…あ。そうだった…」
 先行き、不安。

 

 海水浴場なら何処でもあるような海の家に入り、軽く昼食を取った。
 そしてその後、荷物を持って更衣室へ。
 シャワー室もついている、結構キレイなところだった。
「涼ちゃん、向こう」
 啓介の後ろについて、同じところへ入ろうとした時。啓介が困ったような顔をして、そう言った。
 …は?
 意味がわからなくて、不思議そうな顔をすると、啓介は反対側のドアを指差す。
「女子更衣室は向こう」
「…あ」
 そう言えば…今、オレの身体は女のそれで。
 そんなオレが男子更衣室に入るのは、おかしいのだ。
 あ〜…なるほど。
「そっか…んじゃ、向こう行く…」
「じゃな」
 にっこり笑って、啓介は中に入っていった。

 オレはしぶしぶ、反対側のドアを開ける。
 身体は女でも…普段は男だ。入るのにはそれはものすごい抵抗がある。
 だから誰もいないことを願ったのに…。
 同じくらいの年の女の子が数人、着替えていた。
 他にも小学生とか、母親とかいたけれど、入ってすぐにいたのは、彼女達。
 彼女らはオレを見る。じっと見て…そして、表情を明るくして、隣にいる子に話し掛ける。
 何…?身体は完璧に女だから、男には思われないだろうけど…。
 それと、彼女らの露出の多さに…クラクラした。
 水着に着替えてる途中なのだ。それは、仕方ないのに…。
 啓介みたいに、オレは女の身体に見慣れてない。
 ようやく、女になった自分の身体を目を開けて洗えるようになったくらいなのに…。
 こんなトコでは、着替えられない……!!

 オレは抱えていた荷物をぎゅっと抱きしめると、更衣室から出た。
 そして、啓介が入っていったドアを開けて大きな声で啓介を呼ぶ。
「けいすけっ、啓介っ!」
 呼ぶとすぐに、啓介は出て来た。どうした?そう、目を大きく見開いて。
 啓介はすっかり着替えてしまっていた。上半身裸で、オレを見る。
 きっと、後はロッカーに荷物を詰めてカギをかけるだけだったのだろう。
「やっぱり、ダメだ…向こうには行けない…」
「……あ、…涼ちゃん」
「ごめん…こっちで着替えさせてくれ…」
「……」
 啓介はふう、と一つため息をつくと、仕方なさそうにオレを中に入れた。
 …本当は向こうで着替えなきゃいけない。それに、慣れなきゃいけないんだ。
 でも、どうしてもダメだ。啓介も、そんなオレの心情はわかってくれてる。

 ぺたぺたサンダルを鳴らして、中に入る。
 こっちは結構たくさん人がいた。年齢は幅広く。啓介が使っているロッカーの周りには、高校生らしき男の子がいた。
 オレを見て、目を見開く。
 いくら荷物で胸を隠しても…体形は女のそのもの。
 …男子更衣室で着替える女って、いないもんな。
 オレにしてみたら、ココがいちばん落ち着くけど。
 啓介の隣のロッカーを開けて、荷物を押し込む。
 中から水着を出して、普通通りに着替えようと着ていたTシャツを脱いだ。
「…!! ちょっ…涼ちゃんっ」
 後ろから、慌てて啓介にバスタオルで身体を包まれた。
 な…何だ??
「ちょっとは意識しろよな…ココ、家じゃねえんだぜ?!」
 啓介の後ろの高校生を見て、納得。彼らは顔を紅くして、オレを見ていた。
(あ…そうか…)
 …オレには、女としての自分の身体に対する羞恥心がないそうだ。
 元々男だからなんだけど…。
「ごめん…」
 あまりの啓介の剣幕に、オレは下を向いて謝る。
 迷惑ばっかり、かけてる。
 オレが向こうで着替えられたら、こんな面倒させなくて良かったのに。
(でも、どうしても向こうでは着替えられねえ…)
「タオルで隠してるから、着替えて」
「あ…ああ…」
 オレの身体の周りを、大きなバスタオルで隠す。
 その中で、もぞもぞと時間をかけて着替えた。
 …啓介が見てる前で。

 着替えが終わると、啓介はオレの手を取って、外に出た。
 これ以上、更衣室に置いておけない…そう、言うように。

 サングラスをかけ、日焼け止めを反対の手に、砂浜に啓介に連れられて走って行く。
 ……前を走る、啓介の背中が大きくて眩しくて。
 胸がどくん、と鳴った。

 

 

 

 

 

 

song by : GLAY   "Yes,Summerdays"