鳥の鳴き声

呪文

歌を歌うこと

すべては同一

 

 

 

 

ぎしぎしと鳴るベッドのスプリングは涼介の喉から出てこぬ喘ぎの代わりの様だった。

噛み締められた色のない唇。

リンネルを口内に含めないよう躰は仰向け、手で口を押えられないように手首を鷲摑んで磔の如くにした。

「…なぁ、好い加減、啼いて呉れてもイイんじゃねぇ…?」

饕る酷虐さで挿し拆きながら囁く。

不安定な姿勢で緩慢に揺すって強いたが、鞏固に唇を閉ざしたまま背骨を撓らせ白い肢体は拒否した。

「血、出てんぜ? 唇。折角奇麗な唇なんだから、噛み切ったりすんなよ……な?」

上体を倒し奥まで抉り、白い秀でた額に己の額を合わせ唆す。

「!…っ、い、やだ……っ」

「如何して?」

ブラックオパールの様に瞳が泪で煌くのを近距離で挵ら笑った。

「オトートにされてキモチヨクなってんのが許せない?」

「ちが、う…」

「じゃ、オトコに組み敷かれてんのが許せない?」

「…ち、がぅ…っ」

「んー? イタいワケ…は、ねぇな…。俺、ちゃんと優しくしてるし。丁寧だろ?」

耐えられないとばかりに、汗に湿った烏羽玉の髪が捩れたリンネルを掻き混ぜる様に振られる。

強情な麗人はこの上なく加虐心を煽り立てて始末に負えない。

眉間に険しい皺ができる程堅く閉ざした瞼、その朱に染まった縁を飾る長い睫に絡まる海の味の温かい雫。

「…あんま、そういう顔見せてっとヘンな気がおきてくんだろ。俺の我慢のゲンカイ、考えてる?」

忙しなく熱病患者の息だけを吐き出し、あえかな愧色に慄いた脣吻に浮かぶ血を舐めとって諭す。

無色透明と鮮赤は同じ味で、舌先で轉がすと僅かに鉄臭だけが違う。

「虐めてるみたいで興醒めになっちまうだろ? 意地っ張りだなぁ…」

言葉は窘めていたが、上から眺める視線は嗜虐の色を湛え、残酷な愉悦に酔い掛け始めている。

薄い瞼の皮膚を通して強く感じるそれに新たな泪が分泌され、顳顬をするり、と伝って頭皮を湿らした。

それは開放を促す。

閉塞された二人の奇矯空間から。

 

 

苛つく内心のままに煙草に火を点けて白煙をふかした。

「鳴かぬなら鳴かせてみせよう…なんだけど、…キツいな。アニキは」

結局聴けたのは無理強いした悲鳴だけで、縡切れ投げ出された傍らの四肢を見下ろした。

加虐に酔い余裕を失った己のことは考えから意識的に外し、冷え切った白皙を未だ熱い掌でなぞる。啓介の熱を掌から吸収しても簡単に冷えるのは陶器の様で、いっそ潔い。

「…鳥だって可愛がったらイイ声で鳴いてみせるモンだぜ?」

「……鳥……扱いなんだな…」

不意に苦笑する常の冷静な声に啓介は兄の顔を覗き込んだ。

「喩、だよ。アンタ、何考えてんの? ヒデェ目に合うの自分だぜ?」

「別に…オンナじゃないし、多少のキズは何とも無い」

「ふぅん……そゆコト考えてたんだ? 俺とするのって“多少のキズ”なんだ? アイシテルからとかとは、…違うんだ?」

手酷い暴虐を受けましたと謂わんばかりに歪んだ端整な顔を涼介は憫笑し口調を真似た。

「アイシテル、からだよ? わかんねぇかなぁ…」

「わかんねぇよ。アンタの考えてるコトはいっつも解んねぇ。一人で結論出して一人で実行して一人で満足、…それこそ折角罠張って摑まえた野の鳥に鳥篭破られて逃げられちまったみてぇ」

長くなっていた煙草の灰を慌てて枕許の灰皿に押し付け揉消した。

其れきり言葉も話してくれなくなった涼介を置いて啓介は部屋を出た。

自分の部屋に戻り、昨夜自分で寝乱したままの冷たいベッドへ倒れ込む。隣の、二人分の汗を吸って微温くなった、居心地の悪い柔らかさよりは幾等もマシだった。

何羽もの鳥から毟り取られた羽が詰まった枕を抱きかかえ寝相を変えると、涼介を一人、その居心地の悪い中に置き去りにしてきた薄情を己の恋情に責められた。

思い通りにならないのは涼介だけ。

他の雑多なことは如何とでもなる。

彼の人は何を思ってその汚されたリンネルに包まっているのだろう。

白磁の冷やかな肌を温め続けたいと恋情は言う。

けれど、それ以外の感情が先走って傷つけてしまう。熟れた果実の様な唇しかり。

持て余した熱が一人のベッドを温め、もう考えるなと誘惑してきた。枕の中の羽の柔弱さも、そうおし、と呟く。

眠って、忘れてしまいなさいな? またこの次がある限り。

この次。

語らない唇ではそれすら不安要素で胸郭と脳の中をギリギリと締め付けられた。

 

 

熱が去ったことで急速に冷め行く部屋。

こんな悦びは他に知らない。

それでもまだ余韻で温かい胸許へ氷の指先を当てて躰を強制冷却処理。

絡み付く枷にならないことが愛してる証。

呪文(マレフィキウム)で縛り付けることなんて矜持が許さない。

「鳥は、お前だよ」

だから空へと嗾ける。

未だに雛気分の抜けない甘えっ子に手を焼いているけれど、もうすぐそれも終わるだろう。

慈しんで慈しんで、その時までは腕の中に置いといてあげる。

幸せに満ちて小さく喉を鳴らして笑いながらリンネルごと躰を丸め、夜魔の懐へと意識を放り投げた。