だから、
蛇の様に賢く、
鳩の様に素直であれ
Therefore
be wise as serpents
and
harmless as doves.
『マタイによる福音書』
貪欲、と云うならば、優しさを強要する手がそうと云えよう。
出来ない、とは言わせない残酷に躰が萎縮しようとも。偽りで誣いる傲慢。
緊張に己の指先が冷たくなる。
「…手が、冷たいオンナは情が深いって云うケド、アンタもそうだよね」
当然の様に脚を開かせた啓介が胸に金褐色の頭を預け忍び笑う。
少し伸びている白い指先の先端にのった爪を甘咬しながら。
「ねぇ、…優しくして呉れたら俺も…優しくするよ…?」
怯えを誘う科白だと知っていて言うのなら、狡猾極まりない。摑まれていない空いている弓手の指を髪に差し入れ、ゆっくりと梳いた。
何時もジェルでかちかちに為るまで固めている髪は先刻のシャワーですっかり落ちていて、湿った癖の無い感触を伝えてくる。温かい頭皮。
獣の子みたいにこうされるのを殊の外好む啓介。
噛み付く牙の力は加減しようとしないクセに。獣の子だって本能的に其の位理解しているのに、お前はしようとしない。
痛みが、怖いんだ。
お前に与えられる痛みだけ、が。
聖母の手、と云って思い浮かべるのが涼介の手、と云うのは末期症状だと自覚している。
大理石みたいに白くて少し冷たくて、白鳩の翼の如く靭やかで優しい。
その指で髪を梳かれるのが此の上無く、気持ち良くって。
背中がゾクゾクして身震いしてしまいそうになる程良い。
下肢に直結する心地好さでは無い、獣の子が親に毛繕いされる心地好さ。
でも、其れだけでは満足できない貪欲さが身の内に潜んでいる。
涼介も其れをうっすらと察しているのか、髪を梳くだけではなく耳殻の裏をなぞったり頤下を擽ったりして其れを慰め様として呉れる。
だめ、なんだ。そんな事では押さえ込めない。
焦れて焦れて優しく扱っていた神経の集中している指の腹に咬付いてしまった。
「! けぇすけ…っ!」
優しく撫でて呉れていた弓手を引剥がし両手首を鷲摑んで柔かいリンネルに圧付けた。白膚の脚は開かせていたから力が入れられずに哀れに恟然と引き攣っている。
嘘吐き、と見開く黒瞳が詰ってきて罪悪を感じても止まった事は、無い。止め様と努力した試も無かったけれど、と自嘲気味に目を眇めた。
「ごめんね、何か……優しく出来ないや」
正直だろう?
嘘はアンタには絶対に吐かない。此れだけは女神に誓える狂気じみた自慢。
嘘は蛇の専売特許だから。
鳥の生贄には鳩を用うべし
先ずは首
次は血
餌袋と羽は東の灰捨場へ
最後に祭司は翼を持って
此れを引き裂く
全て裂き切らずに火に投じ
焼き尽くして祭壇に献げよ