A romantic triangle・前編
その夜、赤城は異常な緊張に包まれた。
「どうしたんですか、あれ」
「昨夜、啓介さんと一緒の時は普通でしたよね」
「なんかトラブルでも?」
本人に声をかけきれないチームの連中から史浩は何度、同じことを尋ねられただろう。その都度、
「俺にもよく分からないんだ」
同じ答えを返す。知らないと断言しなかったのは知ってるような気がしてるから。しかし、
「誰にやられたんですか」
「啓介さん来てないけど、なんか関係あんですか」
メンバーたちは引っ込まない。
「負かされたチームの報復とか?柄の悪い奴らも居ますから」
「隠さないで教えて下さい。走り屋カンケーなら、同じチームの俺らにも関係あります」
「頭やられて黙ってる訳にはいかないですよ」
史浩は心の中でため息をつく。
「そう盛り上がるなって。啓介はもとから欠席の予定だった。大学のゼミ合宿らしい」
メンバーを宥めて史浩は、澄ました顔で二軍の下りを眺める男に近づいた。
「涼介」
その名を呼び捨てれる奴は、チーム内でも史浩と弟・啓介の二人だけ。
「ちょっと、話がある」
名前を呼ばれ振り向いた白い美貌の、左の目蓋からこめかみにかけて。
見るも無惨に、腫れあがっている。
人目と聞き耳を避けて乗り込んだFC。
「なんで来たんだ」
怪我の理由より先に史浩はそれを尋ねた。
「そんな面で、峠に。明日になったら赤城どころか群馬中の走り屋に噂が広まるぞ。高橋涼介が誰かに殴られた、ってな」
涼介は答えず口元だけで笑う。何かをおかしがってる時の顔。何がおかしいのか史浩には分からない。が、こういう時の対策は心得ている。
「どれだけの騒ぎになるか、お前が分かってない筈はないな。確信犯め何が狙いだ。そんな傷みせびらかして、どうしようってんだ?」
とにかくこっちが喋ること。核心に近づけば涼介の方から肯定か修正がはいる。
「喧嘩ふっかけたいチームでもあるのか?騒ぎじたいが目的か?加害者を退けなくする為とか?」
「……半分は、そうだ」
長い睫を伏せながら、うそぶく美声。見る者の心を騒ぎ立たせる美貌。
「もう半分は?」
史浩は微動もしない。
「自棄だな。1パーセントくらいは責任感」
「二軍の選抜タイムなら俺が見とくから、お前、さっさと帰れ。これ以上ここに居られたら暴動が起きちまう。今日は啓介も居ないし、血の気が多い連中を、俺一人じゃ押さえきれない」
礼儀正しく友好的な姿勢で知られるレッドサンズだが一皮剥けば男の集団だ。喧嘩っぱやいのも多い。涼介の威令が行き届いているのと史浩の調整能力でボロを出さないだけ。短気な啓介が時々げる怒鳴り声が、安全弁の役割を果たしてもいる。
「わかった」
涼介は頷く。
「素直なのは目的を達成したからか、それとも俺がちょっとは気の毒になったか?」
「わけは聞かないんだな」
「聞かれたい顔してるから」
史浩の台詞に涼介が瞬く。ようやく今夜、一矢報いたようだ。
「好きにすればいいさ。なにするのかは知らないが。なにやらかしたって驚かないぞ。お前がえげつない欲張りだって、俺はよぉく知ってる」
長い付き合いだ。まだお互いに詰襟を着てた頃からの。「誰に、なんで殴られたのかなんて俺の知ったことじゃない。お前のことだ、どーせ殴らせるように仕向けたんだろ」
「酷いな。人を悪党みたいに」
「みたいじゃなくってまんまだ。俺だけじゃない。みんな知ってることさ。……本当は、みんなお前の、そこを好きなんだ」
性悪で悪食なとこを。
翌日、夕刻。
『涼介か?須藤京一だ。ようやく出たな。半日も無視しやがって』
大学の駐車場へ向かう途中の電話。
「無視した訳じゃない。今の今まで、実習だった」
『昼に飯ぐらい食うだろ』
「そんな暇はない。死体解剖だったからな。太った男だった。脂肪の多い検体は匂いがきつくって嫌だ。アルコール漬けの腹が……」
『迷惑な噂が流れてる』
大きな声で京一は涼介の言葉を阻む。
『俺がお前を殴ったって噂だ。真に受けた馬鹿が三人も会いに来やがった。朝から携帯は鳴りっぱなしだ。……流したのは涼介、お前か』
「まさか」
短い答えに電話の向こうで京一はため息。携帯を持ち直し態勢を整える。
『何処までが噂で何処までが事実だ?』
台詞が途中でふっと揺れた。煙草をくわえたと涼介には分かる。案の定、ライターのカチリとした音。
『まるっきりのデマにしちゃ具体的過ぎる。傷の場所とか具合とか。それに時間も。昨夜の件が今日ひろがるのは、デマには早い』
「京一」
『おう』
「一、二、三の次がたくさんだった時は笑ったが」
『シュミレーションのことか?』
「安心したぜ。見かけによらず頭がいいのは、お前の数少ない取り柄だ」
『お前は間違ってる。一 、二 、三 の次はX 』
「変わりないだろう」
『大違いだ。三をこえたら次は特別。情事も喧嘩も、お前も』
「口説いてるのか?」
くすくす、涼介は笑う。すれ違う大学生たちの目が釘付けになる。穏和だが笑うということは滅多にない男だ。花弁が滴りそうな笑顔。構内を抜けて東門裏の駐車場へ折れた時、
『……殴られたのは本当らしいな』
電話の向こうから、妙に確信に満ちた口調。
『誰にやられた?』
涼介は返事をしない。返事どころか、彼は携帯を耳元から離した。
愛車の白いFCは駐車場の一番奥、今朝停めた場所で忠実で躾のいい飼犬みたいに、彼を待っている。
その前に黒のエボ 。
白線の並びを無視してFCの進路を塞ぐように。
運転席から京一はハンドルにもたれながら携帯の通信を切る。助手席のドアを開け、さっきまでの笑顔とは一転、
「乗れ」
不機嫌に立ち尽くす涼介を車内に招き入れる。涼介は京一を下目に眺め、やがて優雅な動きで漆黒の車内に肢体を滑り込ませた。
京一は、軽く口笛。
「えらく素直じゃねぇか」
「仕掛けておいて言うな。腹がたつ」
「目立ちたくねぇか。猫かぶってるな」
「常識を弁えているだけだ。……いつからここに居た」
「昼過ぎ。それからずっとここで寝てた」
「随分暇なんだな」
「十日ぶりの休みに、朝の四時から電話攻撃されてみろ。自棄も起こしたくなる。そっちは何人に聞かれた?その怪我はどうしたのかってな」
「四十人くらいだ」
「なんて答えた」
「弟と喧嘩した、と」
「……」
歩行者の往来する構内を安全速度で抜けた京一は、ちらりと涼介の横顔に視線を流す。
「……どっか悪いのか」
「別に何処も」
「素直過ぎるぜ、お前」
「嘘かもしれないだろ」
「お前が弟を嘘に使う筈がない。嘘で庇うことはあってもな。驚かれなかったか」
「別に」
とりつくしまのない一言。
口元だけで笑って、京一は黙る。あのきつい目と生意気な顔をした弟のことだけは自分から喋りたがるのを、昔馴染みの男はよく知っている。
「大学の連中は知らないからな」
待つほどもなく涼介は口を開く。
「お前の弟がすげぇブラコンだってことをか、それともお前が実の弟にぞっこんだってことを、か?」
「両方だ」
「チームの連中にはなんて言った?」
「特に何も」
「俺の名前は出しちゃいないんだな」
「当たり前だ」
「ならいい。……どうする」
「なにが」
「案内しないなら好きにするぞ」
「……例えば?」
涼介はふっと目元を、からかうように細める。
「赤城山の麓だ。派手な看板が集まってる」
ラブホテルの。
「勘弁してくれ。お前のエボは目立ちすぎる」
「じゃあどうする」
「次の信号を左に」
「……何処だ、ここは」
閑静な住宅街。ずらり並んだ豪邸の、中でも目立つ大きな門扉。
「俺の家だが」
「タクシー代わりに使いやがったな」
「そんなつもりはない」
言いながら涼介はキーホルダーを出してガラス部分を押す。音もなく車庫のシャッターが上がる。
六台は楽に並びそうなスペース。一番奥の真っ黄色が視界に入るなり京一は眉を寄せた。
「奥に停めた方がいい。うちの父親、車庫入れが下手糞でな。ぶつけられた事が二度ある」
「父親、本物か?」
「多分な。……母がうまいんだ」
「なるほど」
奥から二番目には真赤なロードスターが鎮座している。母親の車だろう。
「開けろ」
言われて京一はドアロックを解除。涼介が降りるのを待ち、黒い車はそのまま車庫から出ていこうとする。
「おい」
行かせない、という風に涼介は身体で進路を塞ぐ。冷たい黒いボンネットに白い指を這わせ。
「なにしてる。降りろ」
「弟とお袋が居る家に俺を入れてどうする気だ」
「母は居ない。今朝、俺が出る時にも車はあったから父親とベンツで出ていった筈だ。啓介は昨日から居ない」
「……」
「降りろ。わざわざ出てきてくれたんだ。接待してやる」「……」
警戒中の狼みたいな目を京一は涼介に向ける。涼介は微笑む。勝負は一瞬。京一はため息を漏らし、ギアを入れ替え車をもとの位置に戻した。
玄関は広かった。吹き抜けも、それに続くリビングも。しかしそんな事にいまさら、京一は驚きはしない。驚いたのは、
「お帰りなさい、涼介さん」
リビングに髪を結い上げ着物を着た美女が背中を向けて立っていたこと。
「顔を見るの三日ぶりね。昨日は何時に帰ってきたの?遊ぶのは構わないけれど、もう少しマシな遊びを覚え……」
喋りながら振り向き、女は言葉をとぎらせる。人影が一つでないのを見て。
彼女が誰か、京一は聞かなくても分かった。人形のように整った目もと、鼻筋、薄情そうなのにどうしてか艶っぽい、肉の薄い唇。
涼介とそっくりの美貌を曇らせ、戸惑ったように女は瞬く。
「お邪魔しています」
京一はとりえず頭を下げた。ピシリと背中を伸ばしたまま腰から。ごつい体躯の男に礼儀ただしくされ、女にようやく笑みが戻る。
「いらっしゃいませ。ごゆっくり。……もう行くけれど、涼介さん」
「はい」
「その怪我はどうしたの」
「啓介と喧嘩しました。昨夜」
「そう。啓介さんは?車はあるのに家に居ないなんて」
「大学の合宿です。マイクロバスの運転手をすると言ってたから、車置いて行ったんでしょう」
「そう。……あなたもレッドソックスとかいう集まりの仲間なの?」
女に視線を向けられて京一は、
「レッドサンズです」
真面目に訂正。
「俺は違います」
「真面目に答えるな京一。からかわれてるんだ」
うすく笑って女は出ていった。彼女が居なくなったあともリビングには蘭の香りが漂う。可憐な、けれど肉厚な花弁を持つ、甘く淫らな花。
「辻が花染めだった」
ぼそり、京一が口を開く。
「悪かったな。居ないと思ったんだが、着替えに帰ってたらしい」
「帯は鍋島紬。着物と合わせりゃエボ が買える。お前に姉が居たとは知らなかった」
「母親だ。兄弟は、啓介の他は居ない」
「どう見ても三十過ぎたばかりだぜ」
「俺が幼稚園児の頃からあんな風だ。少しも変わらない」「お前と似てるな」
「よく言われる。乗り換えるか?」
「やめておく。あんな着物を買ってやる甲斐性は俺にはない」
「喉がかわいているか?」
「いや」
「だったら、行こう」
先に立って涼介は二階に上がっていく。
「で、最愛の弟と喧嘩した原因は?」
京一は煙草の煙を吐きながら尋ねる。
「藤原のことでな」
「藤原?何処の男だ」
返事はない。涼介はまじまじと京一を見る。
「女か?」
「そうじゃない。お前、名前を知らないのか。……無理もないか。俺たちだって名前を呼びだしたのは最近だ」
「だから誰かと聞いてる」
「秋名のハチロクだ」
答えに京一はあきれ顔。
「もう喰ったのか」
「喰いつき場所を思案中なのさ」
「悪い癖だぜ、涼介」
「欲しいものは欲しい。仕方がない」
「お前、今度は秋名を敵に回すぞ。レッドサンズを作った時もだったな。あちこちのチームから腕のいいのばかりを集めて」
看板や次期リーダー格を引き抜かれたチームの面々には不穏な空気が漂った。レッドサンズが県内遠征を繰り返し勝ち星を上げていくにつれ、結局は高橋涼介が赤城エリアの象徴となってカタがついたけれど。
「あれを秋名だけに置いておくのは惜しい。俺の掌に入ればもっと大きな場所に出してやれる。……ところで京一」
「おう」
「お前は俺の部屋に煙草を吸いに来たのか?いつまで俺をこうしておくつもりだ」
ベットの上で涼介はシャツを脱ぎ靴下を脱ぎベルトを外し、あとは京一が乗るだけ、という態勢。
「そうせっつくな。気後れしてんだから」
「お前が?」
「親の顔みちまうとどうしても、な。特に女親は」
「気弱だな。らしくない」
「お前の厚顔さが……」
京一はジャケットのポケットから携帯灰皿を取り出してようやく吸い終えた煙草を捨てる。
「羨ましい時がある。たまにな」
「灰皿だったらそこだ」
ベットの脇に置かれたクリスタルの灰皿にはマルボロが二本。涼介が吸った訳ではない。この部屋で、啓介が吸っていったのをそのままにしてある。
「弟に見つかったらヤバいだろう。また殴られるぞ」
「まさか。お前のことではそこまで盛り上がらない。あいつはちゃんと、知っている」
「気晴らしの遊び相手ってか」
「俺がガキにしか盛り上がれない性質だってさ。お前には興味がない」
「ふぅん」
ゆっくりと京一は近づき涼介の、顔でなく首筋に唇を寄せる。
「お前じゃつまらない」
涼介の過度な挑発に、京一は返事をしなかった。黙ってベットに近づき自分を待っていた肢体に腕をまわす。涼介は目を閉じ男の存在を享受する。固くて頑丈な雄の身体。骨格は啓介も負けてはいないが硬さでは京一に分がある。押しても引いてもびくともしない、したたかな充実。
うっとり、と言っていいような、甘さに浸食されかかった気分が、
「……な」
不意に途切れた。
最初は状況がよく理解できない。不意に力が加えられ身体が揺れ、クン、と重力が不自然にかかる。慌てて目を開けた時は既に、何もかも手遅れだった。
抱き上げられたなんていう甘い状態ではない。担がれたと言う方が正しい。二つ折りにされて荷物か何かのように、肩に。
「……きょー、いち?」
腹を圧迫されて声さえうまく出せない。平仮名喋りが幼く聞こえて京一は笑ったが、声を出さなかったので涼介には見えない。涼介の頭は京一の背中にまわされていて、彼の視界は現在、京一の踵と逆さの床だけだ。
細身とはいえ長身の涼介を軽がると抱えたまま京一は歩き出す。揺れて腹を圧迫されて、苦しい。膝をがっちり押さえられていて暴れることも出来ない。腹にも力が入らない。京一のベルトに指を掛け支えにし、首だけは何とかのけ反らした。揺れる床が恐かったし、頭に血が下がりそうだったから。
「なに……」
意図が分からず戸惑う涼介に構わず京一は部屋を出る。きちんと整頓された涼介の部屋を。廊下は広く天井も高く、男一人を担いでも余裕で歩けた。
階段横の部屋の前で足を止めた途端、
「……京一」
比較的おとなしかった涼介が男の意図を察して伸び上がる。ベルトに掛かる重さがぐっと増えた。それでも男は、小揺るぎもしなかった。
「止めろッ、その部屋は」
「家に俺を入れたのは間違いだったな」
裕福さが華やぎになって漂う空間。それは涼介がふだんから身辺に纏っている雰囲気。蜜か毒か、よく分からない。両方かもしれない。どっちでも同じという気もする。
呼吸するたびに目眩がする。どんどんひどくなる。さっきの挑発で限界を超えた。
「京一ッ」
本気で咎める声を気にせずドアを開ける。上がってきた時から見当をつけていた。多分ここが、あの弟の部屋だと。広さは涼介の部屋と同じくらい。しかし。
「壮観だな」
乱雑さもここまでくると感心してしまう。足下に気をつけながら慎重に進み、窓際のベットに担いでいた身体を放り出す。
「……ッ」
咄嗟にわきをすり抜け、逃げようとする涼介。
「おっと」
無慈悲に捕えうつ伏せに押さえつける。そのまま馬乗りになると、緊張で裸の背中がしなる。色白の透明感のある肌。欝血しやすいそこに唇をつけ思いきり吸い上げる。離すと花弁のような痣。
「なに考えてる貴様、離せッ」
「勝手すぎるぜ。さっきまで早く乗れって煩かったくせに」
「俺の部屋に戻れッ」
「嫌だね」
京一はシーツと涼介の胸の間に無理矢理に手を伸ばす。うなじに顔を寄せる。湿った感触の肌が気持ちがいい。今時の若い女には期待できない肌理。
「京一、止めろ」
涼介の声が低く掠れる。怒りと緊張、恐れ、そして。
「でなきゃお前とは、これまでだ」
「こんなに興奮してんのに、か?」
京一は胸をまさぐる指を蠢かす。ろくに触れられてもいないのに尖った乳首。かたい指先で転がすようにすると、息を呑む音が聞こえた。
「のりのりじゃねぇか。腰まで揺れてるぜ。大好きな弟のベットで嬉しいだろ」
「よせ。……そこまで恥知らずじゃない」
「お前が?恥知らずじゃない?嘘つきめ。気持ちいいんだろう?」
「いやだ……、離せ」
「本当に嫌なら止めるが、どうもそうとは思えねぇな」
「怒った、のか」
「さぁな」
左手を胸元に残したまま、右手を涼介の芯に廻す。抱いた身体が途端にピクンと跳ねる。途中で何度か間隔があいてるが、何年も馴れ合った身体はぴたりと、吸い付くように寄り添う。
「や、だ……、いや……」
撫でられることに慣れた猫のような仕種で、それでも言葉だけは辛げに拒み続ける。無視して京一は床に落ちていた枕を拾い、うつ伏せのまま喘ぐ涼介の顎下へ、支えるように差し入れる。
「きょう、……あ」
整髪料の匂いがかすかにして、嫌がって涼介は頭を激しく振る。柔らかな髪が京一の鼻先をくすぐる。愛しそうにそれにキスして、優しいしぐさで、京一は涼介の頭を枕に押さえた。
仕種がどんなに優しかったとしても、妥協のない力は有無を言わせない。
きつくしごかれ、耐え切れず涼介は声を上げた。泣き声寸前の、可哀想な声。
「けい……、とは、……、寝て、な……」
「言われなくても分かってる」
京一の方も呼吸は荒い。台詞は早口になってしまう。うつ伏せにしていた肢体を仰向けにした時、涼介が一瞬竦んだのは、語気荒く聞こえたからだろう。
「殴りゃしねぇよ。殴れるもんか」
白い美貌を惚れ惚れと京一は眺めた。冷たいほど完璧に整った顔立ちのなか、睫のかげりの深い、切れ長の目の縁だけ赤くなっているのが凶暴なほど艶っぽい。腫れた目尻の傷が目だって、痛々しい。
この顔を、抱いてて殴れる男が居るとは思えない。自他ともに硬派と認める京一でさえ、指先で唇の先端で、そっと撫でるのが精一杯。 セックスしてる時のこの顔が、京一は二番目に好みだった。一番はやはり夜の峠。指向性の強い車のヘッドライトが彼を照らしながら流れていく瞬間。影と光のコントラストがこれほど似合う奴は居ない。
「……、ン」
優しい扱いに涼介は甘い声を上げる。艶めきと裏腹に反応は素直で飾り気がない。跳ねて震えてうっとりと弛緩する。声はあまりたてない。時々呼吸に色がつく程度。 ベットでうるさい女はもともと苦手だった。涼介を抱くようになってますます嫌いになった。来損ないのAV女優みたいにぎゃーぎゃー喚く女の絶頂を京一は信じ切れない。あれは数をこなす商売女がなるべく楽なように、男をさっさとイかす為の演技。
抱く相手に貞操とか処女性とかを求める気は少しもない。ただ、セックスを身体より先に頭で、それも嘘くさい紛い品で覚えた素人の、性の悪さは手に負えない。もっとも女ばかりの責任ではない。需要と供給は連動する。反応の少ない女をマグロと嫌う阿呆が多いから、無意味に叫ぶ女が増えるのだ。
「……正直、少し」
膝をすくうと睫をふるわせて待つ、
「意外だったけどな」
この『女』の方がどれだけ雄を、真剣に待ち望んでいるか。
いやとも止めろとも、涼介はもう言わなかった。欲情に瞳は濡れて潤んで、唇の隙間に舌がのぞいている。ザクロの粒のような真紅に熟れ切った乳首。愛撫と奉仕で、ようやくその気にさせた瞬間。陥落、もしくは征服をやってのけた充足感とともに、
「……ぁ、……ンッ」
溶け合うために欲望で貫く。
とろけたいほど愛しいと、思い知らせてやる為に。