再会は廻し蹴り。蹴られてやったのはされるだけのことをしたから。

 ハメた結果が予想より遥かに重大になって、波風たちゃいいと思っていたのが沈没させてしまって、本当のところ後悔していた。幼馴染の旦那とやらに裏切られてちょっと泣けばいいとは思った。でも顔に消えないケロイドを残すほど憎んだ訳ではない。

 憎むどころか、たぶん好きだった。だからこそ仲睦まじい様子が気に入らなかったのだ。ちょっかいかけたら凄いことになって、ちょっと泣くどころか絶望で何年も引き篭もってしまわれた。ついでの用事もあり江戸へ来ても屋敷から出てこないせいで姿も見れなくなってずいぶん後悔した。

本当は、ずっと悔いていた。

「オマエまだ万事屋やってっか?」

 蔵宿の店に突然やって来た相手に挨拶なしで尋ねられ、やってますよと答えつつ、にやけそうで困った。

「仕事頼みてぇ」

 心の中に深く刺さっていた棘が抜けるかもしれない。

「報酬は20万、ただし日数不明だ。一週間か、長くて十日もかかんねーと思うが、二週間になったら追加料金を払う」

 女が乗ってきたハリアーは柳生家のもの。迫力を通り越して威圧感さえあるでかい車を安普請の店の前にでんと停められるのは営業妨害だが、そこから降りてきた美女と話しているところはぜひ、ご近所様に見て欲しいと男は思っている。

「気前いいの相変わらずだねぇ。でもいーの、もう親方日の丸じゃないんだろ?」

「落ちぶれたって、てめぇほど困ってねぇ」

 スラックスにシャツにジャケットという姿の女は内ポケットから封筒を取り出す。受け取った白髪頭の男はなんの遠慮もなく封を切り中身を確認した。手を切りそうなピン札が20枚、きちんと方向をそろえて重ねられている。

「オタクはいつもニコニコ現金払いで、すっげー大好きだよ。でもどったの、このお金?」

「オレの身代金の一部だ」

「ああ、この前、柳生の九ちゃんと居たね。なに、大奥に仕えんの?やめなよ、レズな群れの餌食になっちまうぜ」

「旅支度しろ。行くぞ」

 女は男の戯言を聞かない。

「何処に?」

「銚子」

「お煎餅より汁粉が好きだけど」

「頼む仕事は駆け落ちの相手だ。期間は追っ手がかかるまで」

「……は?」

「既成事実だけでいい。捜しに来たのに手は出すな」

「えーと、それって、つまり?」

「なにがなんでもいっぺんはトボケる癖かわんねぇな、万事屋」

「やっとゴリと別れんの?良かったねぇー」

 悪魔が満面の笑みを浮かべる。地獄を見すぎてにごった目をした男だが、笑うとそれなりに爽やかになる。

「なぁ、じゃあいっそ、ホントに駆け落ちしない?エッチしていいならタダでいいよ?」

「エッチしなくてナニが駆け落ちだ。オレが欲しいのは既成事実で偽装じゃ意味ねーんだよ、バカ」

「しらっととんでもねーこと言う癖も相変わらずだなオイ」

ぼり、っと、玄関先で万事屋は頭を掻く。これはこの男の驚いた時のクセ。

「行くぞ」

「ちょっと待って。準備とかしてないし」

「準備してからするもんでもねぇだろ」

「焦ってんのかよ。んじゃ行きましょうか。守ってやるぜ、お嬢」

「気持ちの悪い呼び方をするな」

 女は美しい眉根を寄せる。初めてあったのは二十歳前の頃からこの男は時々女をそんな風に呼んだ。結婚していると何度言っても改めないのだから、わざと。

「いーんじゃねーの、よくオレんとこ来たよ。まーアレだ、捜しに来るのが総悟クンだとすると、山崎クンじゃ確かに迎撃するには役者不足だよな」

 白髪頭の男はご機嫌、たいそういい気持ち。自分が選ばれたのだという自意識はオスの本能を心地よくくすぐる。店を戸締り、十日の臨時休業の張り紙をして、隣家の同業者に声を掛けて、男は女が運転する車の助手席に乗り込んだ。

「わざわざオレんとこ来たのはご慧眼だよ、お嬢」

「めでてぇ男だなテメェ。ってかー、そんなキャラだったか?」

「ダレが来たって連れ戻させねぇから安心しろ」

「ナンにも心配はしてねぇ。ってーか、連れ戻されねぇと話が進まねぇじゃねぇか」

「ん?」

「んな格好いい役ならなにも、金まで払っててめぇに頼む必要はねぇ」

「オレしか頼める人が居なかったんじゃないですかぁー?」

「ある意味、そのとおりだ」

 平日の昼間、車は流れは順調ですぐに首都高に上がれた。スムーズな加速で追い抜く車のドライバーたちが皆、自分の乗った車と隣の美女を見ているようで白髪頭の万事屋は本当に気持ちがいい。高価な車を自分が運転して隣に美女を乗せるのもいいが、美女に運転させ助手席で寛ぐのはもっといい。昔、そうしている奴を見て、苦しいほど妬ましかった。

「追っ手、ってぇか、迎えが来たら」

「叩き返してやるぜ」

「てめぇは宿の窓から遁走しろ」

「はい?」

「居残られると話が面倒になる」

「ちょっと、トシちゃん?」

「欲しいのは既成事実だけだ。相手の男はいらねぇ」

「もしもし?」

「テメェ個人はいらねぇんだよ、万事屋」

「……自分がなに言ってっか分かってっか、お嬢?」

「ろくでもねぇことだから報酬の支払いが発生するンだ」

「オタクのその台詞ひさしぶりだねぇ」

 汚れ仕事の最前線に居た京都時代、凄腕の万事屋は時々その片棒を担がされた。あんまりな時は文句を口にして、その返答は、いつもお決まりだった。

「けどもうオタクは公務員じゃねぇ。公務執行中の責任をお国がとってくれるワケじゃねぇんだぜ?」

「そもそも公務じゃねぇよ。私行の最たるモンだ」

「オトコあんまり馬鹿にしてっと食い殺されちまうぞ」

「まぁなぁ。カラダだけ使わせて用が終わったら消えろって、言われンのはオトコの名誉に関わる、イヤなことだろーなぁ」

 同情に堪えないという女の口調が男の気に障る。

「さすがにオレも、別に好きとか愛してるとかじゃなくっても、ちょっとでもカワイイとか使えるとか思ってるヤツには申しわけなくって、ンなこたぁとても言い出せなかったぜ」

強さで選ばれたと思っていた気持ちが冷たく褪めていく。

「オレには言えるンだ、なんで?」

「大嫌いだから」

 あっさりとそう告げられて。

「光栄、だねえ」

 強がりでなく心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜着の上から撫でた時点で、あれ、とは思った。

「おー、」

 手応えのいいカラダを好きなように弄って、びくびくしかけたところで狭間に這わせた、指先が。

「すいこまれたぜ、いま。……、あっちぃ、し」

 はだけた胸を朱鷺色に染めてあえぐオンナの呼吸に合わせて、狭間も息づく。うっすら汗で湿った肌はしっとり潤んで、全身で貪りたくなる。

「ナンか、すげぇ、イガイ……」

 背中から抱きしめて、もう片方の腕と掌でやや乱暴に掴んだ胸のふくらみは意外なほど豊か。その先端は硬く凝って尖り、指先で弄ってやると鳴き声を洩らしながら全身を波打たせる。

「ンだよ、イイオンナ、じゃねーの」

 服の上から見てもスタイルはいい。けれど脱がせると更に水気が豊かでくびれが深かった。そして何より思いがけなかったのは。

「フカンショーじゃなかったンだねぇ、オタク」

 腕の中でヒクヒクと震えるカラダは上気して薄めた血の色に染まっている。ビンクではなくあくまでも赤が透けて見える。愛撫を受けて色変わりして、指をたてるときれいな声で啼くのは演技ではない。証拠にカラダの内側がひどく熱い。

「オレぁてっきり、濡れない冷たいマグロで、そんで旦那に愛想つかされたンだと思ってたぜ」

 まさかこんな風に、抱いてわくわくするようないい匂いの、きめの細かいオンナとは思わなかった。

「……、も、……、」

 喘ぎながら、オンナが何かを言おうとする。ちゃんとオトコの言葉を聞いている。

「んー?どしたぁー?」

「どいつ、も、こ、いつ、も……」

「どいつ?山崎クン?」

「ヒト、を、ナン、だと」

「自然な発想じゃん」

 他にこの美女が飽きられる要素は見当たらない。

「あー、吸い込むすいこむー。おーい、すっげー名器っぽいんだけど。オタク唇薄いのに、こっちは……、」

 狭間の具合を、かなり露骨で卑猥で具体的な表現で、ムダに真面目に褒められて。

「……、ヘンタイ」

「オトコだからさぁ、そーゆーコトしか考えてないよ」

 背中から耳たぶを齧りながら正直なことを言って。

「オタクがあんまり、美味しいと……」

 お互い困るねと、囁きながら、指先を動かす。

「う……、っ、う……、ぁ……」

「はは。胸しぼったら、こっちから垂れてきた、ぜ」

「……、ッ、ぅ……」

「はは……、あはは……」