「はは……、あはは……」

「、つ、てぇ……」

「んー?もーとどめ欲しい、ですかぁー?」

「つめ、い……、って、ぇ……」

「なに寝言ユってんの。こんなに濡れてて指が痛いわきゃねぇダロ。十年もヒトヅマだったくせにオボコ気取ンのはムリありす……、っ、お……?」

 花びらの内側に埋めて蠢かせていた指先に違和感を覚えて男が指を引き抜く。

「……ッ!」

 ぎゃあ、っという悲鳴は辛うじて喉で押し殺した。

「使い古しでユルくったって、いてぇモンはイテェよ……」

 細い声で女は苦情を告げる。力の抜けたカラダを起こしだるそうに身動きして、枕もとのティッシュに手を伸ばし、二・三枚を引き抜いて、狭間を拭う仕草は艶なものだった。

「あー、イテェ」

 そのまま男の背中を向けシーツの上に転がる。肩をすぼめてじっとしている素肌に、衝撃を受けて硬直していた男はやっと正気を取り戻し、毛布を掛けてやった。

「……、なんで……?」

 男の動揺はまだ収まらない。男の指先にまとわり付いた血の量はかなり迫力がある。

「てめぇが乱暴でヘッタクソだからだ」

 怪我をした場所を押さえながら、女ははきはきと嫌味を言う。

「そっちこそ、何年女抱いてやがる。この、ボケ」

「……けっこう長いですけど……」

 放たれる悪罵は昔を思い出させて、男を切ない気持ちにさせる。生意気で口が達者な女は好みだ。嫌味を聞くためにわざわざ、巡回コースの街角に立ち止まっていたこともあった。

「こんなのハジメテ……」

「うるせぇ。反省しやがれ」

「してます」

 即答する。ふざけてはいなかった。

 それなりに異性の体は知っているつもり。意図して乱暴したのでも爪をたてたのでもない。動かしたとき妙な角度がついて、すいっと、確かに、粘膜を掠めた感触はあったけれど。

「……肌うすいもんね、オタク」

 あれでこんなに出血するほど、裂けるとは思わなかった。

「すげぇ膨らんで熱かったし。あんだけ張ってりゃ、うん……」

 明らかに自分が怪我をさせたのだけれど、驚きすぎて納得できなかった。けれどゆっくり、男は自覚していく。蜜の溜まった洞の内側は高い熱を孕んで、濡れた花弁は膨らんで指の根元に絡みつくように蠢いて、内側の粘膜は張り詰めて震えていた。

「まぁ、ナンだ」

 その感触を、ぞくっと思い出した途端、ひどく悪いことをしたのだという後悔の気持ちがこみ上げてきて。

「なんだ」

「……こんなにイイオンナとは思いませんでした」

「言い訳にゃよく動く口だな」

「ごめんね」

 心から謝る。聡明な女は言葉だけではない謝罪を感じ取って。

「反省しやがれ」

 男を許してやる。甘くはないが優しいところが、ある。

「うん」

 許されてほっとした男はシーツの上に転がるオンナを、毛布ごと背中から抱きしめた。

「ごめん。……ヘタレた」

「あー?」

「オタクの怪我にびっくりして萎えました」

 本当のことを正直に告白する。爪でざくっと粘膜を裂いてしまった結果の出血にびびって、男の蛇は膨らましかけていた鱗をおさめている。

「マジか」

「マジです」

「ヤローってのはムダに繊細だな」

「キスからやり直しゃまた勃つけど、今夜はやめとく。怪我させちまったし」

 この、カラダをいま、貪れないことより。

「どーせやり直すなら明日、最初ッからイタしましょー。明日はバージンやるみたいにしてやるよ」

 ヘタクソに喰って、悪い印象を残してしまう方が、惜しい。

「それはそれで気持ち悪ィぜ」

「男の誠意に感動するところだろココは」

「いい加減さに呆れるぜ。変態なのか繊細なのかどっちかにしやがれ」

「繊細な変態です」

 ぎゅーっと抱きしめながら本音を告げる、勢いで。

「なんでお嬢、指輪してなかったンだよ」

 いまさらの恨み言をぽろりと零してしまう。

「仕事の邪魔になるからだ」

「オタクと会ってから一年以上、オレはオタクがゴリの女房って知らなかったんだ。ナンにも言わなかったよな、なんでだよ」

「聞かれりゃ答えたぜ」

「どっから見てもちょっとイイトコのお嬢って風で、尻も胸もキュッとしてて、前から見ても後ろから見ても生娘だったぜ」

「ヤローの勝手な妄想なんざ知らねぇよ」

「オトコはそこしか興味ねぇんだ。オタクが最初にちゃんとしてりゃあオレだって気持ちが違ってた。オレに憎まれなくってすんだかもしれねぇのに」

「ああ、つまり、テメェはザキより伊藤よりヘタレだな」

「……口説いてる時に別の男の名前言うんじゃネェ」

「オレが近藤さんの女房なのが、恨めしいってはあいつら言うけどよ、勝手に惚れといて惚れたくなかったとかグチグチ、こっちのせいにした愚痴は聞いたことがねぇ」

「ダマレ」

「どいつもこいつも同じコト言うって思ってたけど、てめぇはさすがに、図抜けて情けねぇ」

「ああ、そーですか」

 怒りは、一旦おさまった欲望を目覚めさせる。

「痛い目あわされたいんなら、素直にそー言っていいんだよ?」

「てめぇに凄まれたって、ちっとも怖かねぇよ」

「あーそーですか。んじゃもう、オレの顔見ただけで怖くて泣き出すよーにしてやるよ」

「一番痛いことはもうされてる」

「あんなもんじゃ、ないよ」

「近藤さん盗って、オレの半分、べりって剥がしたじゃねぇか」

 恨みを今度は、オンナが口にして。

「……、っ」

 思い出したらたまらなくなったらしい。そのまま、声を出さずに、肩を竦めて、身体を丸くして。

「泣くなよ」

 ナンにもしてねぇのに、と、男は言わなかった。酷いことをしたことがあった。

「ごめん」

 こんなに痛がるとは思わなかった。

「泣くなよ。ごめん、って」

やりすぎだったと、ずっと悔いて、いた。