朝まで、というのは、男の方が無理だった。

「返事は?」

  力の抜けた女に寄り添いながら、男もひどく疲れている。けれども見栄で平気な声を出し、女の肩を撫でながら追求はしてみた。

「ぼくを利用しなかった理由は?」

 囁くついでに耳元を舐められて、びくっと女が体を震わせる。

「答えないと、また抱くよ?」

 返答は知っているけれど本人に言わせたくて、男は方を撫でていた手を脇の下からくぐらせて、女の胸の膨らみを掌に包み込む。

「……、い、てぇ……」

 細い声だった。返答ではなく苦情だった。けれど口を開いたことに免じて揉みしだくことはしないで、張り詰めた重みと手ごたえを愉しむだけで許してやる。

「どうしてボクを、あの時に見逃した?」

 誘い出されて駆けつけた料亭で、このままでは法律上、腹の中の子供の父親が近藤勲になってしまうと嘆かれれば、誘いに乗っただろう自分を分かっている。捜索に来るだろう沖田総悟と一騎打ちになったら、勝てないかもしれないことも知っている。

「ボクを排除するにはいい手段だ。だが、キミも姦通の罪を背負ってしまう。ボクと刺し違えるつもりだったかい?」

 責める口調ではない。むしろ穏やかで、いっそ優しかった。

「キミらしいやり方だ。自己犠牲を厭わないことをボクは褒めないよ。正直に言ってキミの一番、愚かなところだと思ってる」

 男は言いたい放題。この頭のいい、良すぎて嫌味な男が状況分析をべらべらと喋るのは、策略を放棄して自棄を起こしているように見える。それは愛情の告白と、呼べるものかもしれない。

「なぜ、ボクを殺さなかった?その為にボクにカラダを抱かせたんだろう?」

 社会的に抹殺するために。

「……どうして?」

 知らぬ間に自分が罠に嵌められていたことと、同じく知らないうちに捕えられた檻から放たれていたこと。二つを同時に悟って男の心には強い風が吹いた。何もかもをなぎ倒す春の嵐が。

「キミは、ボクを……」

 首に掛けられた絞首刑の縄から、逃がしてくれたのは、好意としか呼べない。

「好きになったんじゃ、ないかい?」

 優しく尋ねる。舌に乗せた言葉が物凄く甘い。

「告白してくれていいんだよ?」

 調子に乗って、そんな風に言ってみる。

「……ぷ」

 女の肩が震えて笑い出す。

「はは……、は」

 笑われても腹は立たなかった。

「違ったかな?」

「自惚れンなよ、ばぁか」

「じゃあ正解を教えてくれないか」

 下手に出て乞う。

「あんた俺よりだいぶ若いよな」

 女はあっさり、『正解』を口にした。

「ひとつふたつだよ」

「三つ四っつだ」

「だから、なんだい

「ふた親は故郷でご健在」

「まあ元気だ。あまり交流はないがね」

  実家は裕福な地元名士。天領なら代官といった役職を務めている古い地侍の系譜。

「ふろ上がりのあんたがやけに幼くて」

「ちょっと引っかかるな」

「あんまり悪い事すんのは止めとこうと思った」

「誘ってくれればよかったのに」

「あんたに見つかるのは予想外だったぜ」

  女がだるそうに寝返りを打つ。胸に添えていた掌を外して、体に手を添え身動きを助けてやる男は甘い。

「総悟が頼んだのか?」

「話を教えてくれたのは彼だよ」

「余計な真似しやがる」

「つまれは彼も、近藤さんよりボクの方がキミに相応しいと認めてくれた訳だ。……嬉しいね」

 男の感慨は自惚れではない。沖田総悟の来訪はそういうこと。

「……車は?」

 幸福感に浸っている男に、女は現実的なことを尋ねる。

「持ってきている」

「鍵、くれ。帰る」

「ナニを言っているのか分からない」

「よく分かっただろ、オレが悪ぃヤツなのは」

「いまさらだ。……そこを愛してる」

「こんなロクデナシはやめとけ」

「キミの価値を、ボクほど知っている男は居ないと思うよ」